2012年3月24日から26日かけて開催された「第1回 科学の甲子園 全国大会」。同大会では、2010年のノーベル化学賞受賞者で、科学技術振興機構(JST)の総括研究主監を務める根岸英一氏が、参加した生徒たちに向かって、講和を行った。ここでは、同氏の講和の内容をレポートしたい。

2010年のノーベル化学賞受賞者で、科学技術振興機構(JST)の総括研究主監を務める根岸英一氏

日本の未来を明るくするためには理工系の人材が必要

今日はサイエンスをやることの楽しさを語りたいと思います。私は中高生と無線弄りを楽しんでサイエンスの世界に入りました。

日本は資源の少ない国だし理工系の人材が頑張らないといけない。他にもあるかもしれないけど、世界の理工系、産業分野も含めて理工系の人材が一流国としてリードしていくしか、日本の未来を明るくできない。

私は昔から利根川進先生が言うように、21世紀を救うのはサイエンスだと言っている。私もそう思う。特に私は化学者なので、21世紀を救うのは化学だと思っているわけです。それはただ、そう闇雲に信じているわけでなく、実際にそう思っています。

なぜ化学かというと、例えば、この(会場となってる)体育館は無機化合物が多いですが、人間は有機化合物でできています。そして我々が生きていくためには、主として有機化合物を摂取していかないと生きていけません。それから着るもの。これも主に有機化合物でできています。

建造物はちょっと部が悪いですが、テーブルも机も、絨毯も、皆、有機化合物です。それから忘れてはならないのが燃料。一方で少子化問題ということで、人間が減っていくということも問題になっていますが、世界全体で見ると、人口は増えています。そのため、今後、衣食住のために必要となる有機化合物を供給するためには、100年くらいで、もう1つ地球が必要になるほどとも言われています。そこで、君たちにも、そうした問題をどうやったら解決できるか考えてもらいたい。私は有機化合物を人工的に作ることができれば大きな助けになると考えています。それが私の大きな目標の1つであり、それを目指して5~60年研究をやってきました。

海の向こうから日本を見る

私が東京大学(東大)を留年して5年で卒業した後、帝人に入社しまして、さらにその2年ほど後に当時の社長から「若者よ、海外に出て、日本を見ろ、そのためには英語も、フランス語もドイツ語もできなくてはいけない」と言われました。その当時、少し前から英語の勉強をしないといけないと思っていた矢先の話で、フルブライトの奨学金を得て、留学をして、そこから(今の分野の研究に対する)崖のぼりを50年以上続けることとなってます。

その当時、こういう言い方は許してもらわないといけませんが、「俺ってどれくらいできるかな、という意識として、高校出たころは1000人に1人、大学で遊んだんだけど、フルブライトで50-100人に1人なので、ちょっと大ぼら吹いて、1万人に1人の人間なのかな」と思ってました。振り返ってみると、2010年にノーベル賞をもらったけど、ノーベル賞は過去110年の間に1000万人に1人の割合で授賞している。となると10の7乗(1000万分の1)ですので、もはや宝くじの範疇です。ちなみに、私は宝くじは当たらないから買うの辞めました。

フルブライトの試験を受けて米国に行ったのが25歳の時。その時に1万人に1人の資質と大ぼらを吹きました。10の4乗です。崖のぼりといっても、その中でさらに1000人に1人という業績を出せたことが結果として、振り返ってみれば、ノーベル賞授賞の1分の1になったのかもしれません。

今日、ここに集った若者たちは、すでに1000人に1人ばかりだと思います。そうでないと思う人が居たら、私も高校2年の時から猛勉強を開始した経験がありますが、そうして勉強して、できるようになれば良いと思います。高校時代に習ったことが、それ以降の専門レベルを行っていくための基礎の部分になります。数学、物理、化学、英語もそうですが、高校で習ったことが私の今の研究の基礎になっています。そう考えれば、高校での勉強は、いくらしっかりやっても損はない。そう思います。入学試験のためということもありましたが、節目節目の時に、あの時がむしゃらに勉強していて良かったと思ってます。

研究者として重要なのは「発見」をするということ

皆さん、理工系ですから、数学を中心として展開していくと思います。どの研究でも、そこからは離れられません。それから物理や化学に発展します。

私も研究を50年以上やってきましたが、大きな発見ほど重要なものはありません。クロスカップリングの「根岸カップリング」は私が付けた名前ではありません。自分で付けちゃいけないんです。自分でつけられれば100以上、根岸何とか、とかつけちゃうんですけどね。どこかで使いやすいとして、活用されるようになって自然と呼ばれ始めるんです。

その「発見」をする、ということが重要です。何かを発見することを1つ、できれば2、3つ。若いうちから発見できれば良いけど、我々の分野では25歳くらいから始まって、45歳くらいまでの間で発見できなかったら、もう目は出ないだろうといわれますが、もし見つけられれば、もう楽しくて楽しくてやめられなくなるんです。

"発見"に関わる10の項目

私としては、仕事でいただいている給料よりも、より多くのものを社会に還元できるか、それが研究者の1つの目安だと思います。世の中、みんなが自分がもらう給料よりも多くのものを社会に還元できれば、素晴らしいものになって、色々な問題が解消されるんじゃないかなと思ってます。

方向転換による敗者復活があっても良い

科学や物理分野の大きな発見としては、例えばニュートンの万有引力やアインシュタインの相対性理論、そしてワトソンの遺伝の原理。そう考えると、有機化学はまだ何にもないんです。君たちには発見をする喜びというものを多少の時間がかかると思うが追及していってもらいたい。そうした意味では、特にどういうことを基準に考えるか2つある。

1つはそのものごとを良くできること。いくら好きでもできなければ意味がありません。よくできて、さらに勉強してよくできるようになれば、ますます好きになります。今日だって、勝ったチームは素晴らしい気分になると思います。大きな発見をすれば、それを持ち続けられるし、それをさらに広げていくことができます。そのためにはよくできることをやる必要があります。三振ばかりしていたら、プロ野球の選手にもなれません。もう1つはそれを好きだということ。この2つがあるのであれば、その分野にまい進していけばよいと思う。

私は敗者復活という言葉が好きで、35歳くらいまでは1~2年やって、好きじゃないと思ったり、できると思ってやってみたけど、性に合ってないと思ったら方向転換すれば良いと思ってて、2~3回程度ならそういう方向転換も良いと思ってます。これを私の大きなメッセージとして伝えたいと思います。

気候変動と有機化学の意外な関係

ここからは自分の自慢になりますが、私がどういうことを考えて研究してきたのかを語りましょう。

先ほどサイエンスが21世紀を救い、豊かにするとの利根川先生の言葉を言いました。中でも私は特に化学が重要と言いました。衣食住、食は太古の昔から、自然にできたものを採取して、食べてますが、未だにそれが一番おいしいからしかたないですね。化学的な食べ物、人工調味料とかありますが、その程度でこれからです。みなさんの時代には出てくる可能性があります。

また、衣食住の"衣"はその多くが人工物です。今日、私が着ているスーツの素材はテイジンテトロン(ポリエステル)とか、しわにならない人工物です。ウールなのか、ポリエステルなのか、普通の人は見てもわかりません。100年前を振り返ると、繊維類はほとんど天然でした。繊維の形で出てきたものをよってできたのがウール製品でシャツなどは綿でした。ですが、この(着ている)シャツも綿とポリエステルの50:50の製品です。そしてもう1つ。絹がありますが、私も最近、絹製品を着たという記憶がありません。

最近、帝人に天然繊維と人工繊維の割合を聞きましたら、化学で作られたものが圧倒的な比率だとのことでした。ナイロンが絹を置き換えました。ポリエステル、アクリル、これらもみんな石油、石炭から作られた人工のものです。これが化学の力だと思っています。化学繊維が登場して100年たらずで、ここまで来ました。これが20世紀の革命です。

後は"住"の問題がありますが、それは置いておいて、最近問題になってるのが燃料の問題です。燃料は昔から石炭、石油など天然のものを使っています。私はこういう時代は長くは続かないだろうと思っています。そこは化学が何とかしないといけない重要な話です。燃料を人工的にどう作るか。石油は燃やしてエネルギーを得ますが、そこから出てくる主なものは炭酸ガスと水です。消費すると炭酸ガスが出るので、世界中がこれを減らせと言っています。私はこれは間違っていると言っています。よくよく考えると、炭酸ガスは歴史的に有機物の原料の重要な1つで、実は炭酸ガスさまさまなんです。

植物は太陽と青い葉っぱを使って、炭酸ガスを吸収して成長したり実を作ったりしてますが、それでも限界があり、結果、炭酸ガスが出すぎていると言う話になっている。

ただ、有機化学的には炭酸ガスは、C(炭素)が入っているので有機化合物を作れます。この変換ができれば世の中はハッピーになります。5-10年後、大人になってこういうテーマを真剣に取り組むというのは、素晴らしいことだと思います。今、地球規模でそういう問題を抱えていて、これが科学者、有機化学者の目標となっているわけです。

化学の答えは周期表の中にある

では、過去はどうだったかというと。ノーベル賞をもらうに至ったのが以下のスライド。これが何を意味しているかというかと、R1、R2、このRは有機のグループです。2つの有機のグループが一重結合で結んでいるもので、大学院2年生の時、こういうものがどんどんできれば、有機化合物は何でもできてくる可能性があると、夢みたいなことをドンキホーテ的に思ったわけです。

触媒を用いることで、R1とR2の2つの有機物化合を合成するアイデアのイメージ図

では実際にどうすれば良いか。当時レゴブロックが流行りだして、それと同じようにR1を半分に切って、Xにハロゲン的な物質、マイナス性が強いものをくっつけてやるR1はプラス性が強いので中性になります。R2の方のMは金属で、金属は周期律表の中で、使える金属として60程度あります。そのうち、10程度の金属がクロスカップリングができることが確認されました。

B、Mg、Al、Si、Mn、Cu、Zn、Zr、In、Sn。金属はプラス性を持つので、R2はマイナス性。理論的に私よりも以前にこういうことを考えていた人たちが居て、実際にやってみると、時々はできるけど、全体としてうまくいかない。考えていたように、どんなものでも作れるというわけではないんです。そこで、何が重要かと考えたときに、触媒というものが考えられた。触媒は、2つの物質を融合するときに必要な高いエネルギーを下げてくれるのです。もう1つ、触媒の素晴らしい点は、原則として無くならないという点です。

R1とR2をくっつける仲人役が触媒で、くっついた後に触媒が取れて、化学式的にはもとに戻ります。原理的に無限回反応を起こせるわけです。実際には不純物が混ざるので、無限にはできません。この触媒探しが重要だったんです。我々よりも先にニッケルを見つけた人たちもいました。

そこで私がよくするのが周期律表歩きです。我々が使える元素は70種類くらいしかないので、どんなことをしても、その答えはその中にしかないんです。私が何をしたかというと、70だと少ないということで、70と70を組み合わせたらどうなるかと考えた。そうなると70×70、バイナリコンビネーションとなって5000近くの可能性が出てくる。その中で、パラジウムが良いということが出てきたんです。鈴木先生とHerbert C. Brown先生はボロンをやっててボロン屋という屋号で呼ばれていました。私は屋号を捨てましょう、と言ってきたんですが、45歳のころの話ですね。この結果から、ひょっとして、世界で広く使われるようになったら、ひょっとしてひょっとするかな、と思ってたんですよ。

すべての化学の答えは周期律表の中にあります。使えないのが40程度。残りは70、その中で10ほどの有機の元素は有機化合物を作るので使わないといけません。それを除いて60ほどの金属が考えられます。よく使う典型金属が20ほどで、そのほかに、中国が握っている、いわゆる希土類があります。そして今日、強調したいのは、これらの残り、23のDブロックの遷移金属が重要だということです。なぜか。これらが触媒に適しているからです。

周期律表。黄色で塗られた部分がDブロックの遷移金属元素。1つだけ使用できない原子番号43のTc(テクネチウム)は、すべての同位体が放射性であるため、使用には適さない

我々が研究を始める前の1970年ころのクロスカップリングから、現在に至る過程でほとんどの場合でうまく行くようになりました。発見をするときに、どういうことが重要かと言うと、フロンティアオービタルセオリー(フロンティア軌道理論)です。すでに、21世紀に入って以降、有機化学分野だけでも約10人の科学者がノーベル化学賞を授賞しています。また、近年は中国の躍進がすさまじく、すでに世界の大家になっている人物もいます。それだけ、有機化学が重要になっています。

左がかつてのクロスカップリングの状況。赤色になるほど、出来ていなかった。右が近年の状況。赤系がなく、ほぼ出来るようになっていることが分かる

時間がきてしまったので、最後に、繰り返しになりますが、よくできることを見つける努力と、それと同時に、それが本当に好きなことなのかを見極めてもらいたい。多分、よくできることが好きになる。優勝したチームは科学の甲子園が大好きになるでしょう。好きなことをやったら良いんです。私も企業に入ったり、学会に入ったり、大きな方向転換を何度もしている。35歳までならありだと先ほども言いましたが、それ以降も、一度方向転換をしたいと思ったときもありました。それはワトソンとクリックのDNAの構造の話が出たとき。あの話を聞いたとき、この分野はすごいなと思って変えようと思いましたが、今になって思えば、変えなくて良かったと思ってます。みんなも、いろいろな想いが出てくるでしょうが、自分のやりたい道を突き進んでいってもらえればと思います。