2011年のIT業界のトレンドの1つは「モバイル」だったが、その傾向は2012年も続きそうだ。モバイルネットワークやモバイルデバイスの進化はビジネスに限らず、教育にも大きなメリットを与える。ITと教育を組み合わせた取り組みが増えているが、最近ではEricssonが2011年11月に教育をテーマにしたフォーラムを開催、12月末にはマサチューセッツ工科大学(MIT)がオンライン教育イニシアティブ「MITx」を立ち上げている。

早くから途上国の教育改善のため「子供1人にノートPC1台を」を目標に取り組んでいるのが、Nicolas Negroponte氏だ。同氏は2005年、自身が立ち上げたMITメディアラボで「One Laptop per Child(OLPC)」というプロジェクトを立ち上げた。当初、100ドルノートPCという価格が話題となったが、Negroponte氏らプロジェクトは現在も挑戦を続けている。2011年11月、米サンフランシスコで開かれたモバイルイベント「Open Mobile Summit 2011」でNegroponte氏がOLPCの最新の動向について報告した。

MITメディアラボで「One Laptop per Child」というプロジェクトを立ち上げたNicolas Negroponte氏

教育は「すべての問題の解決策」となる

教育の重要性はいうまでもなく、さまざまな点から論じることができる。Negroponte氏は「すべての問題にとって長期的な解決策となるのが教育」といい、なかでも初等教育がカギを握ると続ける。その理由は、「初等教育を誤ると、アンドゥ(Undo)して取り戻すのに大きな努力が必要」と同氏。

では、なぜ子供たちにノートPCが必要なのか? 例えば、アフガニスタンでは25%の教師は読み書きができず、学校に行く子供は男子が50%、女子は25%程度だという。こうした事情から、同氏は「こうなると、学校を作って教師をトレーニングするというわけにはいかない。子供たちが自分で学べるようにすることが急務だ」と話す。

読み書きと話し言葉の違いもある。話し言葉は自然に獲得するが、読み書きを自然に獲得することは難しく、目的を持った学習が必要だ。読み書きができるようになって初めて、(書かれたものを)読んで学ぶという段階に移行するわけだが、読むことができなければ学びへの道は大きく制限される。「学校に行けない」「学校で学習できる時間が短い」といった場合も、ネットワークと自主学習できる端末があれば、子供は学習できる、というわけだ。

コンピュータが教育に役立つことを実証している例はいくつもある。例えば、1992年のセネガルがそうだ。亡くなったSteve Jobs氏が500台の「Apple II」を寄贈したところ、「英語もフランス語も話せない子供たちが、ピアノを弾くようにキーボードを叩き始めた。識字率に関係なく、電気製品を見たことがない子供でも、15分もすればコンピュータを使い始める」と、同氏は言う。

同氏にとって、大きな契機となったのは「カンボジア北部での経験」だ。そこは、1人当たりの所得が年間40ドルという貧しい地域で、学校には電気が通っていなかった。2001年、サテライトを利用したインターネット環境を用意しコンピュータを与えたところ、教育に役立っていることがわかった。また、原始的な話だが、自宅ではコンピュータが家の中で一番明るい光となり、親も大喜びだったという。

この時、同氏は「これを拡大してプロジェクトにできないか?」と実感したそうだ。「市場原理が動かないことを実行すること」を行動指針とする同氏は、教育向けの安価なコンピュータは「経済開発と教育に役立ち、かつ、市場原理が動かないこと」と判断し、非営利組織を立ち上げることにした。

最新の取り組みは「タブレットの開発」

OLPCが最初にスポットライトを浴びたのは、2005年にチュニジア・チュニスで国連が開催した「世界情報社会サミット(WSIS)」だ。Negroponte氏はここで、当時国連事務総長を務めていたKofi Annan氏の前でプロトタイプを披露、斬新な黄緑色、充電のためのクランクなども話題になった。

100ドルという部分が強調されながらも、実際には100ドルを達成していないこともあってメディアの関心は薄れたが、その後もプロジェクトは続いている。「2005年の設立から10億ドルを費やした。大きなプロジェクトだ」と同氏。ネパール、アフガニスタン、ウルグアイ、エチオピア、ナイジェリアと、さまざまな国で子供たちがOLPCのノートPCを使っている写真が披露された。現在25言語に対応、約40ヵ国で300万台を出荷したという。子供1人に1台を達成しつつある国が1国、このほか2つの国でも近い状態にあるという。

同氏は子供たちがコンピュータで自ら学ぶ例として、Sugata Mitra教授が約12年前にインドで行った「壁の穴(Hole in the Wall)」プロジェクトを引き合いに出した。これは、インドのスラム街で壁の穴にコンピュータを用意したところ、子供たちは30分もしないうちにインターネットサーフィンを始め、お互いに教えあうようになったというもので、自己教育や集合学習の例として知られる。

OLPCが進めている最新の取り組みの1つが、2009年に明らかにしたタブレットだ。「タブレットはキーボードがないノートPCではないし、大きな携帯電話でもない」と、同氏はタブレットの潜在性を語る。

OLPCのタブレットはソーラーパネルカバーを持つほか、防水・防塵、耐久性を特徴とする。「30フィート(約9メートル)の高さから落下しても壊れない」と同氏。今後の計画として、「文字通り、タブレットをヘリコプターから落とす。1年後、子供たちが読み書きできるようになるかわかるだろう」と述べた。同氏は「最もドラマティックな表現」と述べたので、実際にタブレットをヘリコプターから落とすかどうかはわからないが、タブレットが子供たちの読み書きや教育に役立つ自信があることが伺える。

2009年に発表されたOLPCのタブレット

OLPCのタブレットはソーラーパネルを持つ

同氏はまた、非営利団体としてOLPCを開始して6年の間、当初想定していたような問題はなかったとも報告した。学校に行かずに働いてほしいという親の反対もなく、教育に対する姿勢が変わったようだという。

ペルーのある子供は、シカゴ商品取引所にアクセスし、コモディティの価格を親に教えているという。また、ネパールでは読み書きを学んだ子供が、親に読み書きを教えているという。こうしたことは、これまでの親と子の立場を変えるものでもあり、「子供たちが自分に自信を持つようになった」と同氏は満足顔だ。

OLPCが開発したコンピュータを使う子どもたち

子供1人に1台のコンピュータ――野心的にみえるOLPCの目標だが、Negroponte氏は可能性を信じて挑戦を続ける。