アドビ システムズがクラウド・サービスを絡めた新戦略に乗り出すようだ。米ロサンゼルスにて、10月3日(太平洋夏時間)より開催されている、Adobe主催のユーザ・カンファレンス「Adobe MAX 2011」。その基調講演の場において、同社のCTOであるKevin Lynch氏が、新しいクラウド・サービス「Adobe Creative Cloud」と、タブレット端末向けのアプリケーション群「Adobe Touch Apps」を発表した。

基調講演に登壇したKevin Lynch氏

Creative Cloudを構成する3つの柱

Creative Cloudは、PCやタブレット端末、スマートフォンなどといったの様々なデバイスで作成したコンテンツを、オンラインで管理・共有することができるクラウド型サービス。リアルタイムなデータの同期をサポートし、ユーザの端末とクラウドとのシームレスな連携を実現する。基調講演に登壇したLynch氏は、この新しいクラウドは「サービス」、「コミュニティ」、「アプリケーション」の3つの柱から構成されると説明した。

まずサービスとしては、最初に提供されるものとして「Business Catalyst」、「フォント」、「ディジタル・パブリッシング」の3つを挙げている。フォント・サービスの展開としては、この日サブスクリプション・モデルのWebフォント・サービスを提供しているTypekit社の買収を発表し、豊富なオンラインフォントによるWeb上のユーザ経験の向上を約束した。ディジタル・パブリッシングの分野では、InDesignで作成した出版物の配信を行うツール・スイート「Adobe Digital Publishing Suite」に個人でも利用できるSingle Editionが追加され、小規模からの電子出版のサポートに乗り出した。Business Catalystはすでに提供中のサービスだが、今後はCreative Cloudに統合されることになるという。

Typekitによるフォント・サービス

ディジタルパブリッシングでは読者もインタラクティブに関わることができる

ふたつ目の柱である「コミュニティ」とは、作成したコンテンツのクラウド上での共有や、それを通じたコミュニケーションを、Creative Cloudが中心となってサポートしていくこと。Lynch氏は、コンテンツの質を高めるためにはコミュニケーションが重要であり、そのためのコミュニティ形成のハブにCreative Cloudがなると語っている。

コミュニケーションを促進する共有ギャラリー

タブレット向けデザインツール群「Adobe Touch Apps」

3つ目の柱の「アプリケーション」は、Creative Cloudに対応した端末側のアプリケーション群を指す。すなわち、Creative Cloud上での管理・共有の対象であるコンテンツを作成するためのクリエイティブ・ツール群のことである。Lynch氏は、その一環としてタブレット端末向けのタッチアプリケーション群「Adobe Touch Apps」を発表した。この日に発表されたのは以下の6つのアプリケーション。いずれもタッチ・インタラクションの活用を念頭に置いて制作されたものである。

・Adobe Ideas
・Adobe Kuler
・Adobe Collage
・Adobe Debut
・Adobe Proto
・Adobe Phothoshop Touch

Ideasはスタイラスペンや指先を使ってスムーズな描線の描画が行えるベクタルベースの描画ツール。製作物をCreative Cloud経由でPC上のIllustratorやPhotoshopで加工することができる。Kulerはカラーテーマの作成や編集管が容易に行えるカラーツールであり、作成したカラーテーマをCreative Cloudを通じて共有することが可能。

スタイラスペンを用いたイラストの作成

Collageはイラストや画像、テキストなどといったCreative Suiteの成果物を取り込んで、1枚のイメージボートに統合するツール。Debutは作成した成果物を他社にプレゼンテーションし、フィードバックを受け取って完成度を高めていくためのツール。Creative Cloudを通じて成果物を共有すれば、効果的に双方向のフィードバックを行うことが可能となる。

ProtoはWebサイトやモバイルアプリケーション向けUIのワイヤーフレームやプロトタイプを作成するためのツールである。タッチやジェスチャーのインタラクションをフル活用し、アイデアをスムーズにUIに反映させることができるようになっている。ワイヤフレームやプロトタイプはHTMLやCSS、JavaScriptとして書き出されるため、クラウド経由でDreamweaverに取り込んでWebサイト構築の雛形として使うこともできるようになっている。

タッチ操作によるWebサイトのプロトタイプの作成

Photoshop Touchはタブレット向けにカスタマイズされたPhotoshopアプリケーション。Photoshopのコア機能は全て使うことができる上、タッチジェスチャーによる指を使った写真の編集を行うことが可能となっている。画像中のオブジェクトの輪郭をなぞるだけで選択が行えるScribble Selectや、端末を傾けるとレイヤーを3D表示する機能など、タブレット端末専用の機能も備える。

タブレット端末上でPhotoshopを使って写真を加工

タブレットのカメラとPhotoshopを組み合わせた合成写真

Samusungによる圧力感知型タブレット端末を使って、タッチ入力に筆圧を導入

上記6つのツールと、すでにiOS向けに提供が開始されているAdobe Carouselが、初期のAdobe Touch Appsを構成するタブレット・アプリケーション群となる。Carousel以外はAndroidアプリとして11月よりリリースされ、iOS版については2011年初めに発表する予定とのこと。また、Carouselも追ってAndroid版が公開される予定。

その他、既存のCreative Suite製品についてもCreative Cloudの仲間入りをする予定で、それぞれがクラウドに接続し、コンテンツの共有や管理が行えるようになるという。

Adobeはクラウド参入によって生まれ変わる?

現時点では、Creative Cloudに関する料金体系などの詳細は明らかにされていない。詳細情報の発表は11月初旬に行われる予定となっている。Lynch氏によれば、将来的にはサードパーティ製品を接続するためのAPIの公開なども視野に入れているとのことだが、それがどのような形で提供されるのかもまだはっきりしていない。

この日の基調講演は「革新的なツールの紹介を中心としたもの」とLynch氏も語っているように、サービスとしての細かな内容はまだ不透明であり、評価する材料が少ない。しかし今回の発表はAdobeの大々的な戦略の変更を示唆する極めて重要なものである。AdobeといえばCSシリーズを中心としたパッケージ・ベンダーとして確固たる地位を築いてきた。その同社が、Creaive Cloudによってクラウド型ソフトウェアの世界に参入した。これは、デザインツールをパッケージで販売するという従来の戦略を大きく転換させる出来事である。

この新しいクラウドがどのように展開していくのか、既存のパッケージ製品群が今後どうなるのか、気になることは多い。タブレットを中心としたツールの数々が果たしてクリエイターに受け入れられるのか、それを見通すことも簡単ではない。いずれにせよ、Creative CloudやAdobe Touch AppsはAdobeによる新たな道へのチャレンジと言っていいだろう。