──やはり、ネットの有効活用という点において、企業や広告業界はまだまだ保守的であある、ということでしょうか

中川 残念ですが、そうですね。まあ、実際に企画や運営に携わっている企業のサイト担当者とか広告代理店のプランナーなど、現場レベルではずいぶん柔軟な考え方ができる方、オレの提案に賛同してくれる方も、この数年で増えてきたように感じています。が、今年はもっと、以前からある"企業サイトはこうあらねば"みたいな常識をぶっ壊す手伝いを頑張っていきたいです。

「ネットの常識を疑え」に関連しては広告業界にも問題があって、「ACC全日本CMフェスティバル」とか「カンヌ国際広告祭」などで賞をとることありきで、妙に凝ったり、上品に仕立てたりしている側面もある。しかもそのスタンスを、ネット展開にも持ち込んだりするんです。「トータルキャンペーンです」とか言って「テレビとSP(セールスプロモーション)とネットを連動させて、世界観、メッセージを共通させましょう」みたいなことをしたがる、と。それが美しいキャンペーン施策だと思い込んでいて、社内的にも評価が高かったりするんですね。すべての広告を一気通貫させる考え方は、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌という4マスなら、まあアリだと思います。でも、たとえばイベントみたいな場なら、実施場所や集まる客層に応じて配布ノベルティを変える、出し物を変える、みたいな工夫をするじゃないですか。それはネットでも同様なんですね。完全に別の切り口で、ネットの特性に合わせた施策が必要。なのに「他の媒体と整合性がとれない」「世界観を壊す」みたいな物言いが入って、上品だけど「で?」みたいなページができあがったりするんです。

現実のネットユーザーは、別にその企業の、その商品の世界観に興味なんてないんですよ。面白い、得する、楽しい……といった、欲望に訴えかけてくるかどうかで判断するもの。テレビCMみたいに半ば強制的に見せるものなら共感する人も出てくるかもしれないけど、ネットのクリックは自発的な行動ですから。見たい、知りたいと思わせて、クリックしてもらうことが重要なんです。だから、2ちゃんねるのまとめブログやニュースサイトは、見出しで多少の"釣り"をしかけるわけです。それは、ブランドや商品の世界観とはまったく違う視点だったりすることが間々あります。

──「常識をぶっ壊したい」という中川さんが、2011年、具体的に注力したいと考えている取り組みを教えていただけますか

中川 いろいろありますが、ネットマーケティングとかコンテンツ制作という観点で、今いちばん稼げる可能性があると考えているのは、ネットニュースとのタイアップ企画ですね。多くの企業がネットで話題をしかけたい、バイラルを起こしたいと考えていることはすでにお話ししましたが、そのためにはニュースサイトに取り上げてもらうことが端的なSEO対策になる、という点にようやく企業も注目するようになってきました。ひとつのニュースサイトに取り上げてもらうと、その他のニュースサイトでも紹介される可能性があるんです。というのも、ニュースサイトは他のニュースサイトの記事にもリンクを張ったり、「あるニュースサイトに掲載された話題が盛り上がっているよ」と紹介記事を書いたりすることで、相互にコンテンツ補完をしているから。結果、広告代理店やPR会社がクライアント企業に提出する報告書も、非常に賑やかになる。クライアントも満足するし、代理店やPR会社も感謝されて評価が上がるし、SEO効果もあるからさらなるバズが起こることも期待できる。これを30万円くらいのコンテンツ企画として売るビジネスが非常に増えていくと思います。それをばんばん受注できるニュースサイトが勝ち残っていけるでしょうね。

それから、ネットの良い点であり、悪い点でもあるのですが、ページビュー(PV)といった数字が端的に見えてしまうのは絶対的に意識しなければならない。とはいうものの、一方でPVは非常に水物でもある。たとえば目標PVを設定して、それに届かないとすぐに「減額だ」「縮小だ」なんて言ってくる企業も多いけど、キャンペーンコンテンツを掲載した日に有名芸能人のスクープ記事が出たりしたら、そちらにユーザーが流れてとたんにPVが伸びなくなったりするんです。それくらい水物なことも踏まえておかなきゃならない。

その前提を踏まえつつ、やはりクリックされることが正義なんです。だから、本書にも詳しく書きましたけど、カッコつけずにユーザーの欲望に訴えかけ、ユーザーにすり寄る必要がある。PVを稼ぐことありきだと、企業イメージを損なってしまうのではないか、下品と思われないか、炎上するんじゃないか、などと考えられがちなのですが、そこは一歩踏み出さないといけない。面白い企画なら数字は稼げるんです。クリックされないかぎりは見てもらえないのですから、ネットユーザーに喜んでもらえる、ネタにしてもらえる情報をしたたかに提供していく……そういった"あざとさ"は必要だと思いますね。

後編はこちら:ソーシャルメディアで人生は変わらない──中川淳一郎が語るネットの"幻想"