講義のコンセプトとシラバス

高木教授は、学生が現在の『IT業界の全体像』をイメージできるように、情報システムを基盤とする総体図を作成している。携帯電話、EC、放送、ERP、CTI、サーチエンジン、ナレッジマネジメント、ネットワーク機器、ネットワークシステム、コンピュータシステム、コンピュータセキュリティ、広告といった一連のサービスのつながりが見えるように一枚のマップに描き、それをシラバスの軸として、各方面の企業を選択し、講義を依頼するのだ。これまでに、ソフトバンク、楽天、TBS、SAP、沖電気工業、Google、ヤフー、ジャストシステム、シスコシステムズ、日本エリクソン、シマンテックといった企業が趣旨に賛同し講義を行ってきた。

講義の内容については「最先端の話だけでは、学生たちにはまだつながらない。いま勉強していることと、将来どういう仕事をしていくのかを結び付けるような話をしていただきたい」と、リクエストしているそうだ。

評価に際しては、講義の前に関連する内容の課題を出し、それについての予習レポートを提出させるという方法を採っている。

今回の授業で上原氏は、「クラウドコンピューティングの活用は企業では必ずしも浸透していない。その理由を考え、対策について検討、提言せよ」という課題を出していた。そのほかには、「最近のコンピュータセキュリティに関する事故と、その原因、解決策を考えよ」「Googleの機能について調べ、その改善案を示せ」といった、これも具体的な内容の課題が出されている。

講義後に内容の理解度を試験するといった方法ではなく、あらかじめ授業の内容を踏まえたレポートを提出させ、その予習を評価するのだそうだ。そこには、当日の講義内容の理解を助けるため、また疑問や興味を持って受講させるといった狙いも含まれている。

カリキュラム開発、講師開拓と企業訪問、そしてエピソード

このカリキュラムを作成するにあたって、高木教授は知り合いに頼まないということをポリシーにし、企業の代表電話に飛び込み営業のごとく、電話を掛けることから始めたのだという。

「実は、おそらく企業が受けてくれるのは無理だろうと思っていましたが、意外なことに各会社に対応していただけて、それなら話しましょうという方向に進んでいった」と語る。

そこには沢山のエピソードがあった。楽天の代表電話に電話した際、講義の趣旨を説明したところ、「それでは三木谷でよろしいでしょうか」と回答があり、「それは困ります」となったこと。学生からのリクエストもありソフトバンクに戦略の話を聞きたいと申し込んだところ、「戦略の話には一切お答えできません」と回答を受けて困っているうちに、話が副社長の松本徹三氏まで伝わり、趣旨に賛同した松本氏から「私が話しましょう」との申し出によって講義が実現したこともあった。最初は、講師の開拓が大変だったそうだ。講演依頼の承諾を得た後も、講義の内容を話し合うために一社ずつ訪問したという。

学生たちの反応は? 感想は?

では、実際に受講している学生たちの反応はどうなのだろうか? 今回の講義終了後に何人かの学生に訊ねたところ、「具体的な事例を分かりやすく説明してもらって、いつも勉強しているものが、実際にどの部分に当てはまるのかがイメージしやすい」「ただプログラムをやっていればいいというわけではないと実感できる授業」「会社名だけ知っていても実はどのようなことをやっているかがまったく見えていなかった」といった感想があった。

ある企業が行った授業では、授業中にツイッター上での発言を促したところ「聞けば聞くほど、大学の授業だけでは駄目だということが分かってきた」「この授業は、大学で一番役に立ちます」といった反応もあったそうだ。

大学の講義は、あくまでアカデミックであるべきか?

これまでは、社会つまり企業側では、新入社員の能力に対して、大学教育への疑問を投げ掛け続けてきた。特にITなどの専門能力を要求される分野においては、企業内のOJTなどで対応してきた。しかし、いまやこれまで以上に「即戦力」が望まれ、それに呼応するかのように新卒者の就職問題や派遣労働者の問題、そして、これまでの国内での開発からインド、中国や韓国といった海外への業務委託も増え続けている。

人材を欲しがる企業としては、その解決のためにはきっと協力を惜しまないであろうし、すでに講師として迎えられた各企業では、独自に学生向けの取り組みを始めている企業もある。だが、高木教授のように『大学が変化して教えていく』こと、そして『どこまでを大学で教えるべきか』と問題点を捉えて取り組む教授は、本人が言うように今はまだマイナーな存在だ。