今回お話を伺ったSAPのフレデリック・ラルヨー氏。肩書きは「Office of CFO、SAP BusinessObjects部門パフォーマンス最適化アプリケーション担当グローバルバイスプレジデント」

読者の皆さんがCFO(Chief Financial Officer)という言葉を聞いて喚起される人物像はどんなイメージだろうか。日本語訳では"最高財務責任者"が一般的だが、言うなれば経理部長や財務部長、もしくはそれらにすこし"役員"的なエッセンスを付加したような人物を思い浮かべる人も多いだろう。経理/財務畑で長年キャリアを積んできた人物の"上がり"のポジションという捉え方もできる。企業が取る戦略に対し、財務という数字的な裏付けを付与する立場なのだから、昔から重要な役職であるには違いないのだが、エキサイティングな職務というよりは、裏方に徹して後方からビジネスを支援しているイメージのほうが強いかもしれない。

だが、現代のCFOが負っているプレッシャーはそんな甘いもの、簡単なものではないとSAP Americaでグローバルバイスプレジデントを務めるフレデリック・ラルヨー(Frederic Laluyaux)氏は断言する。「財務は企業オペレーションすべての中心に位置するもの。それを預かるCFOの役割と責任は年々大きくなっており、逆に言えばCFOの洞察のレベルが低ければ(poor insight)、企業を取り巻くリスクは増大し、経営が危機的状況に陥る可能性が高い」とラルヨー氏は言う。以下、現代のCFOが抱えているリスクと課題、さらにはそれらに対するSAPのソリューションについて、同氏に伺った話を簡単にお伝えしたい。

現代はCFOにとってきびしすぎる時代!?

社会の変化が急速で激しい現代、企業の財務部門が求められている課題は以下の3つに大きく分けられるという。

  1. グローバルなビジネスネットワーク
  2. すぐれたインサイト(洞察)と透明性
  3. コンバージョン(変化への対応力)

このうち、最もプレッシャーが増大している、つまり顧客および市場からの要求がが強いのが2の「インサイトと透明性」だ。これは単に粉飾決算をしていないとか、来期の売上/利益の見込みを提示するといったレベルの話ではない。買収などで急な資金繰りに迫られたとき、市場から商品を回収しなければならない事態に陥ったとき、事故で多額の補償をしなければならなくなったとき……そういった不測の事態が起きた場合に備え、CFOはどんな準備をしているのか、あるいはどんな戦略をもっているのか、といったことまでが問われているのだ。そして、実際に不測の事態が起きた場合、つまりリスクが現実の出来事となった場合、CFOがいかに軌道修正を果たしていくかが非常に重要になってくる。現代のCFOはCEOに次いで強いリーダーシップを要求される役職なのだ。

5つのプリンシパルとSAPの提案

このようにCFOの役割は増大する一方だが、これを低減し、企業の社会的評価を高めるために、ITの面からCFOを支援するソリューションとしてどのようなものが考えられるのだろうか。

ラルヨー氏はまず、IT環境を次の"5つのプリンシパル"に沿って構築することを提案する。

  1. ITのシンプル化 … プラットフォームは1つに
  2. コントロール(統制) … とくに例外事項の管理
  3. プロセスの自動化 … 人力作業の低減
  4. コラボレーション … 情報の共有の活性化
  5. インサイト … 正しい決断のための正しい情報カスケード

ここでも最も重要になるのが5の"インサイト"である。そしてすぐれたインサイトをもつためには、情報のカスケード管理が重要だと同氏は言う。CFOが重要な決断を下すとき、決断の決め手となる情報は、情報そのものの正しさに加え、その情報がどういう経路で伝わってきたのかも考慮されなくてはならない。正しいデータが正しく伝わるためのシステムを確立しておけば、将来予測も立てやすく、また仮に誤った決断をしてしまった場合でも軌道修正が容易になる。つまりは情報カスケードの質に、CFO正しいインサイトを導き出せるかどうかがかかっている。

加えて現在は経営判断も"スピード"が重要だ。的確な決断を早く下すために、上記のプリンシパルに沿ったIT環境の存在は非常に大きな助けとなるとラルヨー氏は語る。

これらを実現するITの手段としてSAPが提供するソリューションの代表がBusinessObjectsポートフォリオだ。いずれも業界1、2を争うシェアを誇り、とくにEPMに関しては全世界で6,000社を超える顧客を抱える。

  • EPM(Enterprise Performance Management)
  • Business Intelligence
  • GRC(Governace, Risk, Compliance)
  • Enterprise Information Management

これらの製品群を導入することで、財務とオペレーションのパフォーマンス管理、リスクとコンプライアンスの管理、財務情報の共有、情報の管理(共有すべき情報と人間の設定)、財務リスクの管理、入出金の管理などが、透明性を保持しながら高いレベルで自動化すること可能になるという。SAP ERPに最適化されているが、他社製品との統合も可能だ。

SAP BusinessObjectsのファイナンスソリューションの構成

財務情報を正しくカスケードするには、まずコアとなる第1層(黄色で示された部分)をきちんと構築することが重要だとラルヨー氏は言う。「企業として成熟するためには、この第1層の構築が不可欠」 - ベースとなる情報が透明性をもった正しいものでなければ意味がない。この部分にITシステムを導入して自動化を図るだけでも効率は大きく高まる

SAPは2010年当初から、ワールドワイドで「On Device, On Demand, On Premise」というメッセージを謳っている。モバイルを含むあらゆるデバイス上で、いつでもどこでもデータにアクセスすることを可能にするとしている。財務に関する情報も同様で、CFOがどこにいても、どんなデバイスを使っていても、アクセスできる環境を提供するとしている。一方でラルヨー氏は「財務管理にあたって最も重要なソリューションはこの3つを統合するオーケストレーションだ」と言う。個々のツールよりも、財務管理を支援するITソリューション全体をどうデザインするか、これをIT担当者だけの判断で決めるのはむずかしい。CFOこそが把握し、決断しなければならないポイントだ。「どんなにすばらしいITソリューションがあっても、それを使う人に決断力がなければ意味がない。企業の不祥事や残念な事故がなくならないのもそこに起因する」(ラルヨー氏)

日本はそんなに遅れていない?

ひところほど騒がれなくなったが、IFRS適用決定が2012年にもなされるのではという予測もあり、IFRS対応を急ぐ企業は多い。内部統制がスタートしたとき、その対応に追われ、日本企業はずいぶん体力を消耗したと言われる。IFRSでまた同じことが繰り返されるのでは……という危惧は少なからずあるが、ラルヨー氏は「日本企業はさまざまな経験を積んできているので、痛みを最小限に抑えることができるのでは。とくにIFRS関連のソリューションについては、日本企業のCFOはベストオブブリード(最適な組み合わせ)がわかってきているように見える」と、楽観的に捉えているという。

財務に関するインサイトという面でも、日本企業は決して世界の潮流から遅れていない、むしろすぐれている、とラルヨー氏は断言する。「日本市場は競争も激しく、社会の変化もまた激しい。このような環境の中では企業は変わらざるを得ない。コンプライアンスを例にとってみても、数年前と現在では、企業の認識も大きく変わっている。市場のニーズに合わせて企業の財務が透明性を増していくのも当然の流れ」

CFOが下すべき決断のスピードについても、とくに日本企業がとりわけて遅いということはないとのこと。だが、企業規模が大きくなるとどうしても組織がサイロ状になり、"情報の正しいカスケード"が阻害されやすくなる場合は往々にしてある。そのための解決策のひとつとして「5つのプリンシパルの"コラボレーション"を積極的に図るようにしてみてほしい」とアドバイスする。

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最後に「すぐれたCFOとはどういう人物なのか?」という質問に対し、ラルヨー氏は「リスクとオポチュニティ(機会)を的確に見定めることができる人」と答えてくれた。リスクを軽視して無謀な決断をすることも、リスクにおびえてばかりで勝負のときを逃すのも、どちらも可能な限り避けなければならない。ITソリューションは正しい決断のための助けにはなるが、ITが決断するわけではない。だが、"正しい情報カスケード"が実現していれば、決断の精度は大きく高まるという。ITソリューションの導入を検討する前に、現在、社内の情報は誰に、何が、どのように伝わっているのか、財務情報に限らず今一度見直したほうが良さそうである。