お堀の向こうに北の丸公園を望む、東京・九段下の千代田区役所。その9、10階にあるのが『千代田区立千代田図書館』だ。2007年、新しい千代田区役所ビルに同館がリニューアルオープンする際、施設の運営を民間企業などが代行する「指定管理者制度」が導入され、それまでとは全く異なる形での運営が開始された。自治体の中央図書館としては決して大きい規模ではないが、その中身には先進的な取り組みと地域の事情や利用者のニーズを的確に捉えたサービスが詰まっていた。

目的があり、機能を持つ図書館

千代田図書館のメインフロアは9階部分。ここは大きく「一般開架ゾーン」と「調査研究ゾーン」に分けられる。一般向けの書籍が並ぶ一般開架ゾーンは、ゆとりあるレイアウトと北の丸公園に面した大きな窓という、開放感ある空間だ。反対側は調査研究ゾーンとして、ビジネス書や業界紙、辞書、年鑑、白書などの資料が置かれている。10階は児童書コーナーで、フロアの一角が広々とした子ども室になっている。おむつ替えのできるトイレや授乳室もあり、乳幼児連れの保護者も安心して利用できる。

9階は緑の棚が一般開架ゾーン、赤い棚が調査研究ゾーンとなっている

児童書コーナーにある子ども室。絵本や紙芝居が置かれ、閲覧室とはドアで仕切られている

館内での検索設備はかなり充実している。時間を効率よく使って調べ物をしたいビジネスパーソンにはありがたい

施設が新しいことによる利便性もあるが、同館を大きく特徴付けているのはそのサービス面。お役所的でない柔軟さと、今後の図書館の形を考えた新鮮さが随所に見られる。これは指定管理者制度の導入により、民間企業の視点で運営が行われていることによるものだ。

限界のある蔵書量を補う目的で、電子書籍を貸し出すWeb図書館も運営。今後力を入れていきたいという

指定管理者制度とは、地方公共団体が指定する民間事業者などに公共施設の管理を代行させる制度。現在千代田図書館の運営を行っているのは、ヴィアックス、サントリーパブリシティサービス、シェアードビジョンという3つの企業だ。大手書店や他の図書館などへの人材派遣を行うヴィアックスは、貸し出し・返却など図書館の基幹となるサービスを受け持つ。サントリーパブリシティサービスは、サントリーの工場やミュージアムで接客・施設サービスを行う企業で、そのノウハウを取り入れて広報や利用者への情報提供などを行っている。シェアードビジョンは公共施設のコンサルタントを行っており、同館全体の企画やシステム部分の運営を行っている。

同館ではその運営の基本に"5つの機能コンセプト"──千代田ゲートウェイ、創造と語らいのセカンドオフィス、区民の書斎、歴史探求のジャングル、キッズセミナーフィールド、──を掲げている。中でも、区の施設として広く地域の情報を発信する「千代田区ゲートウェイ」と、区内に勤める多くのビジネスパーソンが利用しやすい環境を提供する「創造と語らいのセカンドオフィス」という2点に関しては、ユニークで先進的な施策が多数ある。この点を中心に、同館の特徴や取り組みについて広報の坂巻氏にお話を聞いた。

彷徨えるビジネスパーソンに公共の"セカンドオフィス"

千代田図書館 広報 坂巻睦氏

千代田区は企業や学校などが多く、区民約4.7万人に対し"昼間区民"が約85万人にのぼるという非常に特徴的な立地にある。そうした昼間区民に利用してもらう環境を整えることを目指したのが「セカンドオフィス」というコンセプトだ。

ビジネスパーソンにとってまず月~金曜が22時まで開館という点がありがたい。実際に18時以降は仕事や資格のための勉強に利用する人が非常に多いという。席を占めるのは圧倒的に男性。その理由について坂巻氏は、「当館を利用される方にリサーチしたところ、『家に帰ると居場所がない』『家ではダラダラして勉強ができない』などの理由を挙げる人が多いですね」。ニーズを把握し的確なサービスを提供している事例と言えるだろう。

館内のデスクはコンセントとLANジャックを完備し、PCや資料を広げても余裕の広さ。受付で申し込めば、より個室に近い環境の「キャレル席」が利用できる(1日1回2時間まで)。

これだけ良い条件の場所が無料で使えるとは、何と"公共"の素晴らしきかな

キャレル席は壁際に16席。集中して勉強するには時間制限も良い条件だ

また、低料金で利用できる予約制の研修室(4室)は、会議や打ち合わせなどのビジネス目的で使うことも可能だ(営利目的は不可)。研修室と一部の閲覧スペースでは無線LANが提供されている。PCを持ち歩いていない人には、インターネット専用端末が設置された「情報探索コーナー」がある。さらに、新聞・百科事典・官報などのオンラインデータベース専用端末も利用できるので、調べ物に不自由することはないだろう。それでも調べ方に困ったら「レファレンスカウンター」で専門員が資料探しをサポートしてくれる。

蔵書の面では「調査研究ゾーン」にビジネス誌・業界専門紙、国や都の行政資料などがまとめられ、図書館ならではの豊富な資料が利用しやすい形で提供されている。ビジネス書は一般的な分類でバラバラに置かれてしまうことを避け、一ヵ所に集めた上で「古典に学ぶビジネス」「業界・企業研究」など独自の分類で並べ、館内閲覧のみと定めている。これは、来館者が探しやすく読みたい時にいつでも読めるようにという理由からだ。

知の宝庫である図書館をビジネスで活用することに思い至らなかったのは、我々利用者の方かもしれない。これは十二分に活用しなくてはもったいないというものだ。

ビジネス書籍は独自に分類。ビジネス誌・業界専門紙も多数置かれている

PCを広げるために喫茶店やファストフードを彷徨うことも減らせるかも

ところで、同館でビジネス書が館内閲覧のみとなっている理由について、坂巻氏は「地場産業である出版業に配慮し、読んでみて必要だと思えば購入してくださいという、音楽で言う"試聴"的な意図も込められて」いるという。古書店街があり出版社が多い千代田区において、図書館は地域とどのような関係にあるのだろうか。

次回は千代田区図書館による地域連携の取り組みを中心にレポートする。

利用案内『千代田区立千代田図書館』
住所 千代田区九段南1-2-1 千代田区役所9・10F
電話番号 03-5211-4289・4290
開館時間 月~金 10:00~22:00/土 10:00~19:00/日・祝および12月29日~12月31日 10:00~17:00
休館日 第4日曜日、1月1日~1月3日、特別整理期間
料金 無料
アクセス 東京メトロ東西線、半蔵門線/都営新宿線「九段下」駅下車 徒歩5分
Webサイト こちら