独SAPは10月18日から22日まで、米ラスベガスで開発者向けの年次カンファレンス「SAP TechEd 2010」を開催した。今回は、先の米Sybase買収もあり話題豊富なイベントとなったが、SAPのメッセージは古くて新しい統合プラットフォーム「NetWeaver」といえる。19日の基調講演でSAPのCTO、Vishal Sikka氏は来場者を前に、デモを交えながらSAPの描くエンタープライズシステムの進化形を示してみせた。

5,500人が参加した今年のSAP TechEd。ドイツ、米国に続き、12月にはインドと中国でも開催する

すっかりSAPの顔となったSikka氏

CEO交代、米Sybaseの買収と、今年は新しいSAPを予感させるニュースが相次いでいる。5月の「SAPPHIRE 2010」では、オンデマンド、オンプレミス、オンデバイスという方向性を強調するとともに、インメモリコンピューティングへの取り組みも大きく紹介した。

創業時から30年以上の付き合いという顧客も多いSAPのメッセージは、崩壊(disruption)を伴うイノベーションではなく「進化(evolution)」、そして「新しい視野」だ。

Sikka氏はまず、エンタープライズシステムのランドスケープを、成長する都市にたとえる。開催地のラスベガスはこの6年で約2倍に規模を拡大したというが、世界中の都市は既存の風景の上に発展していく。エンタープライズのランドスケープもこれと同じで、継続的に進化を続けていくという。「どの企業も既存のランドスケープを進化させ、新しいイノベーションを取り込みたい、新しい視野に対しオープンでありたいと思っている」とSikka氏。そして、「どちらか、ではなく、AND(どちらも)の時代。信頼性、堅牢性、性能など既存の特徴に使いやすさ、拡張、シンプルさなどのイノベーションを加えることができる」と述べ、「(SAPなら)進化と(And)新しい視野の両方を得ることができる」と続ける。崩壊を伴う革新ではなく、あくまでも既存のシステムを進化させる、とSikka氏は約束する。

1つ目の進化では、先週独ベルリンで開催したTechEdで発表した「NetWeaver 7.3」だ。

NetWeaverはSAPが2002年に発表したミドルウェア。当初から「人、データ、プロセスの統合」を掲げてきたが、「NetWeaverはわれわれのプラットフォーム。これはずっと変わっていないしこれからもそうだ」とSikka氏。SAPが業務アプリケーション、ビジネス分析、モビリティでそれぞれナンバー1であるための土台であり、中核であり、戦略的なものだと強調する。

SAPだけではない。NetWeaverは6万2,000以上の運用システムで動いており、この数は年間35%で増えている。顧客数は2万以上で、この数も年間27%で増えている。顧客の80%以上がバージョン7系で動いており、非SAPとの連携や拡張を行っているという。「SAPだけではなく、顧客やエコシステムにとってもプラットフォームだ」とSikka氏は述べる。

最新版は、これまで個々にアップグレードしていた「Process Integration」「Composition Environment」「Mobile」などの主要コンポーネントを、一貫性のある形で同時にアップグレードするなどコミットを示す内容となっている。

Bjoern Goerke氏「NetWeaver 7.3では、Java EE 5認定も受けている」

NetWeaverの新機能を説明した技術/イノベーション担当シニアバイスプレジデントのBjoern Goerke氏は、崩壊なき進化として、以下のような方法を示した。「Business Suite」のコアはこれまで通りNetWeaver7.0上でアプリケーションやコアプロセスを動かし、7.3でNetWeaverアプリケーションにイノベーションをもたらす。一方のBusiness Suite側も、Enterprise Portarlなどの特化したコンテンツをリリースする。「これにより、Business Suite顧客に、崩壊のないイノベーションをもたらす」とGoerke氏。

最新版のメリットは、CTOの削減、メンテナンスとサポートの改善など。同一ハードウェアインフラで対応する顧客数は40%以上増加し、システムのダウンタイムも大きく削減するとのことだ。エンタープライズポータルシステムの場合、ダウンタイムは「数時間だったのが5分」とGoerke氏は言う。

NetWeaver Portalのソリューションの1つ、「Enterprise Workspaces」のデモ。コンテンツのパーソナライズにより効率や生産性を改善でき、エンドユーザーをエンパワーする。プリパッケージされたコンテンツにより、分析情報、トランザクション情報、フィード、Webコンテンツなどを自由に配置できる。カスタマイズした画面の共有も可能になった

進化の2つ目は、やはり先週発表したBIの最新版「SAP BusinessObjects 4.0」だ。BusinessObjects買収から2年半が経過するが、現在ユーザー数は6万7,000以上で、15万7,000以上のシステムが動いているという。最新版は「Aurora」という開発コード名を持つもので、立体的セマンティックレイヤーなど多数の新機能を盛り込んだ。

NetWaver 7.3とBusinessObjects 4.0は、2010年内に出荷開始の予定だ。

進化の3つ目は、7月に買収完了し、SAPカンパニーとなったSybaseだ。Sikka氏はリレーショナルデータベース「Sybase ASE」、カラムナーデータベース「Sybase IQ」など、Sybaseのデータベース技術を挙げた。だが、「最もエキサイティングなのはモバイルプラットフォーム」とし、「Sybase Unwired Platform」などのモバイル技術を紹介した。

今後Sybase技術の統合を進め、2011年にはBusiness Suiteや「Business Warehouse」をASEに対応させ、BusinessObjectsをIQに対応させるなどの計画を明らかにした。

SAPの「Event Insight」とSybaseのリアルタイムデータ分析エンジン「Sybase CEP」を利用し、生の情報をリアルタイム分析できる。デモでは、石油会社が油田掘削装置(リグ)の稼働状況をモニタリングし、生産量が減少しているリグをドリルダウンし、問題箇所を発見してみせた。クエリビルダーを使って容易に作成/変更できるという

後半は、"新しい視野"として、クラウド、モバイル、インメモリの3分野での取り組みを紹介した。これらは、インターネットの普及と携帯電話などモバイル端末の急速な拡大、ハードウェアの進化などのトレンドをエンタープライズに取り入れるものだ。

クラウドでは、SAPはハイブリッドアプローチをとる。「既存のオンプレミスシステムはなくならない」とSikka氏。既存システムを補完する手段としてのクラウドに重点を置くようだ。

SAPはクラウド製品として「Business ByDesign」を米国、ドイツなど6カ国で提供している。Business ByDesignは中規模企業向けという位置づけだが、今後は営業管理など大企業向けのLOBにも拡大していく。

Sikka氏はここで、シンプルで軽量、補完的あるいは差別化につながるアプリケーション開発技術プロジェクト「River」を紹介した。SAPは温室効果ガス排出量を測定する「SAP Carbon Impact」をオンデマンドで提供するが、Carbon ImpactもRiver技術を利用しているという。RiverはNetWeaverと同じ土台技術をベースとするもので、「今後は拡張性のあるコアアプリケーションと補完的なアプリケーションの2つの方向に発展させていく」とSikka氏は述べた。Riverについては、12月に改めて詳細を発表するという。

2つ目のモビリティは、SAPが大きな差別化としようとする分野だ。ここでは、

  1. 既存のアプリケーションのモバイル化
  2. まったく新しいタイプのアプリケーション

の2つが挙げられる。1ではSybase Unwired Platform、2では、モバイルメッセージングの配信や決済などの包括的なメッセージングサービス「Sybase 365」などの技術を利用するという。2)の例としては、位置情報やユーザー情報を知っているモバイル端末だからこそ可能な、モバイルバンキング、モバイルコマースなどの例を挙げた。Sybase 365は現在、900社以上のオペレータと提携しており、1日に20億件以上のSMSやMMSを支えているとのことだ。

特徴は、土台からモバイル対応のモバイルエンタープライズ。計画としては、2011年前半にモバイル向けのSDKとモバイルアプリケーションを提供、既存のSAPシステムと接続する「Project Gateway」も2011年前半に発表する予定だ。

Sikka氏はステージ上で、Project Gatewayの一部である米Microsoftとのプロジェクト「Duet Enterprise」も紹介した。SharePoint/OfficeとSAPとの連携を実現するもので、早期ユーザーの仏Cap GeminiはMicrosoftと共同で、SAPアプリにアクセスできるSharePointベースのポータルをこれまでの半分の時間で作成できたという。

Gatewayのデモ。ステージ上でアプリを構築し、「iPad」で動かしてみせた。Gatewayでは、6倍高速に開発できるという

3つ目のインメモリは、「土台からのシフト」となる。

この10年でハードウェアは大きく進化した。メモリは安く、大きく、高速になり、処理能力も進化した。中でも「2003年のマルチコアにより新しいパラダイムがうまれ、ハードウェア側の進化を活用できないか、とシステムレイヤの再考を促した」とSikka氏。

そこでSAPが取り組んだのが、システムのメインメモリを利用することで高速なデータ分析を実現するインメモリ技術だ。5月のSAPPHIREでは、共同創業者のHasso Plattner氏がインメモリデータベースの可能性について語っている。

その後6月、ある小売顧客向けに、POS端末が生成する640Tバイトものレコード数のデータセットをSAPのインメモリ技術で分析することに成功した、とSikka氏は報告する。速度は20倍、標準的なハードウェアを利用することで価格性能比は200倍も改善できたという。膨大な量のデータをリアルタイムで分析し、「ビジビリティを得ることはビジネスに大きな影響を与え、新しい可能性を提示する」とSikka氏。

そして、やはり5月のSAPPHIREで発表したインメモリを利用するBIアプライアンス「HANA(High-Performance Analytic Appliance)」を紹介した。

HANAはBusiness Suite、NetWeaver Business Warehouse、BusinessObjectsなど既存製品に付属して利用できるほか、スタンダロンとしても提供する予定だ。ハードウェアでは当初明らかにしていた米Hewlett-Packardと米IBMに加え、米Cisco Systems、富士通テクノロジー・ソリューションズとの提携が発表されている。ローンチは11月30日。「プランニング、フォーキャスト、シュミレーション、スマートメーター分析などさまざまな可能性を開くだろう。これまでのエンタープライズを再考させるものだ」とSikka氏は予言する。

HANAのデモとして、SAP社内でライブ稼動しているという営業計画アプリケーションを披露。ある取引の予想売上高を変更すると、瞬時に売上予想などに反映、iPadからもアクセスしてみせた

Sikka氏は、ライバルである米Oracleと対比しながら、「顧客はスタックを求めているのではない。問題を解決するソリューションを求めている」と述べる。「進化的な技術や土台から変えるような技術が現れたとき、本物の価値は既存のシステムを再考すること」とSAPの道筋を示した。