東京大学大学院 情報理工学系研究科の苗村健准教授の研究室が、3月5日に自身の研究室の成果を公開するオープンハウス『Naemura Lab | Open House 2010』を実施した。苗村氏の研究室はデジタル映像技術を中心に、メディアやコンテンツの表現手法、それらによるコミュニケーションなどに関わる研究を行っている。発表された研究内容の多くも、映像技術を応用した複合現実感や超臨場感コミュニケーションをテーマにした作品が中心だった。

SteganoScan 可視光通信プロジェクタを用いた空間拡張型ディスプレイ

「可視光通信プロジェクタを用いた空間拡張型ディスプレイの研究」では、空間の中で自由に動き回れるディスプレイ技術として「SteganoScan」と「SteganoScan Orbs」という2つの実装が紹介された。上写真はSteganoScan Orbs。簡単に説明するならば"動くピクセル"と言ったところだろうか。アートやエンターテイメント分野での応用を目指している。

ここで使われるプロジェクタは「PVLC (Pixel-Level Visible Light Communication) プロジェクタ」と呼ばれる、映像の中に視覚的に感知できないメタデータを埋め込める特殊なプロジェクタで、専用の受信機で映像からデータを読み取ることができるというものだ。PVLCプロジェクタは、2008年度に先駆的なデザイン活動としてグッドデザイン賞を受賞している。

写真の球体は内部に受信機とLEDが組み込まれており、プロジェクタからの可視光を受けて発光する。プロジェクタから出力されている映像は人間には光にしか見えないが、この光に球体をかざすと位置によって色が変化する。多くの球体を並べることで、絵が浮かび上がるといった演出が可能になる。

ExFloasion 多層空中像を用いた複合現実感システム

「ExFloasion 多層空中像を用いた複合現実感システム」では、展示物の周囲に複数の空中像を多層的に表示した展示支援のデモンストレーションが行われていた。鑑賞者は特殊なメガネなどを装着する必要がなく、裸眼で鑑賞できる。空中像には前面用と背面用に2つずつ、計4台のディスプレイが使われており、4つの映像を同期させて動かすことで立体的な演出を行っている。

※初出時の「ExFloasion」の説明を一部修正しました。

FloasionTable 多方向から観賞可能な空間立像ディスプレイ

写真提供:苗村健准教授研究室

「FloasionTable 多方向から観賞可能な空間立像ディスプレイ」もまた複合現実感に関連した研究の実装で、鑑賞する方向(4方向)によって異なる映像を表示する空中像ディスプレイだ。写真からは、パネル上に立体的なキャラクタが表示されているように見える。また、パネル上のオブジェクトを動かすことで、キャラクタを回転させることができる。

なお、上記のExFloasionとFloasionTableはディスプレイ内の映像からレンズと鏡を通して空中像を表示しており、どちらも元の映像にはiPod touchの画面を利用していた。他の展示物でもiPod touchやiPhoneの利用例が見受けられた。すでにiPhoneには拡張現実技術を応用した「セカイカメラ」があるように、デジタル世界と実世界の融合をテーマとする分野には、機能的にも価格的にもiPhoneが適しているデバイスなのかもしれない。

iPhone の全面タッチスクリーンはモバイルの新しいユーザー体験を示したが、タッチスクリーンを受け入れられない人も存在する。理由は様々だが、そのひとつに指紋汚れが気になるという人がいるだろう。また、入力時に指で画面の一部が隠されてしまうのも問題とされている。これを解決するために、透明の両面タッチスクリーンが考案されている。

※初出時、「FloasionTable」を「FutionTable」と誤記していたため修正しました。

透明な両面タッチディスプレイの操作性に関する評価実験

「透明な両面タッチディスプレイの操作性に関する評価実験」は、同研究所の両面タッチ入力が可能な透明インタラクティブディスプレイ「LimpiDual Touch」を応用したもので、反応速度と正確性を評価した実験の結果を展示していた。実験は、画面右端に表示されている格子の1つをタッチするという動作を、前面、背面、両面で繰り返したもので、反応時間は前面入力が最も速く、正確性は両面入力が最も高いという結果だった。

しかし、市場にある製品では背面入力が可能なデバイスが存在しないため、そもそも被験者の熟練度が前面入力に偏っている可能性がある。実験協力者は16名で、20~38歳(平均25.5歳)で右利きとしている。今後、背面入力が可能なタッチスクリーンがどのように活用されるか注目したい。なお、LimpiDual Touchもまた2008年度にグッドデザイン賞を受賞している。

ちなみに、背面入力が可能なタッチデバイスはMicrosoft Researchも研究しており、TechFest 2008では「LusidTouch」というデバイスを公開していた。透明なタッチスクリーンという構想はMicrosoftが想像する未来の姿を映像化した「Productivity Future Vision」の中にも登場する。このようなデバイスは近い将来に製品化される可能性も高く、背面入力の操作性に関するデータは今後も集める価値があるだろう。

自由視点画像のための合成とセグメンテーションの連結手法

3D技術に関連した研究では、カメラアレイから入力された映像の物体領域を切り抜く「自由視点画像のための合成とセグメンテーションの連結手法」などが展示されていた。同研究所のカメラアレイについてはこちらの記事が詳しい。この実装は、入力された映像の背景だけを入れ替えリアルタイムで通信することができ、放送分野などでの応用が期待されている。Google ストリートビューのような地図サービスでも応用できそうだ。

ここ数年、現実世界とデジタル情報の距離が縮まっている。ユビキタスという言葉が霞むほど、我々の生活にコンピュータが溶け込み、どこからでも通信できる時代になった。こうした現代のコンピュータ環境と研究成果を活用した新しいデバイスやアプリケーションが登場する日も遠くないだろう。