BOOK REVIEW - 石井氏だからできる、PHP/PostgreSQL開発のわかりやすい解説

よくある「ソフトのバージョンだけ変えました」的な改訂で誤魔化していないのはさすが

「PostgreSQL」の開発・普及をリードされてきたオープンソース界の重鎮、石井達夫氏の新刊である。

位置づけ的には7年前に出版された同名著作のリニューアル版だが、内容は大幅に加筆訂正が行われている。よくある「ソフトのバージョンだけ変えました」的な改訂で誤魔化さないあたりに、氏の技術者、著述者としての誠実さが垣間見える。

「シーラカンス本」の愛称で知られる「PostgreSQL完全攻略ガイド」をはじめ、氏の著作には多くの技術者に長く愛読されるものが多いが、それも氏の常に変わらぬ誠実な姿勢が信頼されているためと言えるだろう。

第1部: 必要最低限の基本をコンパクトに凝縮

さて内容だが、広範なトピックがコンパクトにまとめられていて、これからPHPやPostgreSQLを学ぼうという初心者読者にも理解しやすいものになっている。

まず第1部では、実行環境の構築から、スクリプト言語PHPとPostgreSQLの基本的な使い方が解説されている。特に、PHPとPostgreSQLに関して、ソースからの導入方法が解説されているのは心強い。

最近は実際の現場でもパッケージシステムを利用して簡単にインストールしてしまうことが多いが、ソースからの導入手順を経験しておくことは、PHP、PostgreSQLの動作原理やモジュール構造をより深く理解するために有効だ。「知らない」のと「知ってて楽をする」のでは、いずれ必ず直面するトラブルシュートの局面で大きな違いが出るのである。

PHP、PostgreSQLの基本的な使い方に関しては、第2部を理解するための前段として必要最低限の事項を、限られた紙幅の中で上手にまとめて解説している印象だ。PHPもPostgreSQLもWeb上に詳細なマニュアルが公開されているので、そちらと併せて読むとより一層理解が進むだろう。

第2部: Webアプリの解説で著者が真骨頂を発揮

設計の話も、平易なことばでさらっと解説。PostgreSQLに限らず、データベースを業務で扱う皆さんに有益だ

続く第2部では、本書の主題であるWebアプリケーションの作成手順を、「画像管理」「雑誌記事管理」の2本のサンプルを用いて解説している。前者で基本的な枠組みを理解した後、後者で深くデータベース設計まで踏み込んだ学習ができる構成だ。

PHPの技術としては、「PEAR MDB2」によるデータベースアクセス、「Smarty」によるHTMLテンプレートの分離、基本的な「MVCモデル」などを取り上げている。フレームワークを用いた開発が主流化しつつある昨今だが、MVCデザインパターンの概念を改めて理解し直すことで、より効率的な開発が可能になるケースも多い。PHP上級者を自負している開発者も、再確認のつもりで読んでもらいたいところだ。

続くPostgreSQLとデータベース設計の解説は、さすがに著者の真骨頂という印象である。

実は、入門者が対象の技術書籍で設計まで踏み込んで解説するのは非常に難しい。著者本人に正しい知識が要求されるのはもちろんだが、それ以上に、いかに入門者にわかりやすい文章で表現できるかが鍵になるためだ。

しかし、本書では正規化やトランザクション設計、BTreeインデックスの原理に至るまで、平易なことばでさらっと自然に解説されている。PostgreSQLに限らず「データベースを業務で扱う人は必読!」と言いたくなる程、秀逸な内容である。

第3部: pgpool-IIの、開発担当者自身による解説

最終章となる第3部は、主に運用管理の話題だ。特に、PostgreSQL専用クラスタリングソフトウェア「pgpool-II」については、筆者自身が開発したソフトウェアだけあって、導入から設定までの手順が詳しく解説されている。

PostgreSQLは本体パッケージにレプリケーション機能が同梱されていないため、「負荷分散やデータ保全が難しい」「レプリケーション機能が無い」と誤解されてしまうケースもままあるが、実際にはpgpool-IIをはじめとしたサードパーティ製のツールはかなり充実している。このような誤解を解く、啓蒙する、といった観点でも、出版物という形態での技術解説を行っていくことは、地道ではあるが効果的な普及手段になり得るだろう。

オープンソースソフトウェアの利用経験が乏しい大手ベンダー系のエンジニアや、コストパフォーマンスの高い情報システムを求めるエンドユーザにも、是非一度目を通してもらいたいところだ。

*　　*　　*

本書は、Ajaxを使ったリッチなコンテンツの話題にも、流行のフレームワークの話題にも触れることはない。解説されている内容は、プログラミング初心者でも容易に理解できる、極めて基本的な事柄のみだ。

しかしだからといって「地味」な本ではない。実際の開発現場で本当の地力として役立つ技術、応用の利く知識が、ページ数には表れない「濃度」で詰め込まれているからだ。これからWeb系の開発に携わろうという方なら、読んでおいて決して損はしない本である。