米国やインドネシアが「愛国運動」のターゲットに

中国で暮らしていても、ハッカーについてのニュースは実に多い。最高度のセキュリティが求められる金融機関のホームページや、時には米ホワイトハウスやペンタゴンのような政府機関ですらハッカーに侵入される時代である。

1960年代の米国に起源をもつ「ハッカー(Hacker)」という言葉は、最初のうちはプログラミングに従事するコンピュータ業界の精鋭を指していたが、中国の短くも騒々しい「ハッカー史」を見ると、そのような語源に思いをはせる余裕はほとんどない。

ハッカーは、中国では最初「愛国者」の衣を着ていたが、時間の経過とともにビジネス色が濃厚となり、いまやハッカーはネット犯罪者の代名詞となっている。

過去10年間の中国ハッカー史を振り返って見ると、1998年5月にインドネシアで反華僑の大規模な暴動が起きた「インドネシア華僑排斥事件」や、2001年に中国海南島の洋上で中国の戦闘機と米国の偵察機が衝突した「米中機衝突事件」など、愛国者の感情を燃え上がらせる一連の事件の際、「愛国運動」を標榜し、敵とみなした国々のネットワークに大規模なハッカー攻撃をかけた。しかし、一連の事件で名を轟かせたハッカー組織、たとえば「緑色兵団」「中国ハッカー連盟」「紅客連盟」などの大半は、すでに解散したか有名無実のものになっている。

当時の大立者らはすでに普通の実業家になったり、引退したりしているわけだが、これに代わり、より露骨な営利主義者たちが新世代のハッカーとして台頭し、「金になることはなんでもやる」式の、職業的犯罪者と化している。本レポートでは、中国ハッカー史を振り返ることで、現代中国のハッカー事情に迫ってみたい。(以下、臨場感を増すために、「ハッカー(Hacker)」を中国での言い方「黒客(Heike)」に変えることとしたい)