11月に「Firefox Quantum」をリリースしたMozilla。特定のプラットフォームに依存しないオープンなブラウザとしてFirefoxは根強いユーザーを抱えているが、パフォーマンスでも高い競争力を備えて評価を上昇させていた。そんな勢いづくMozillaに先週末、逆風が吹いた。Mozillaが一部のユーザーのFirefoxに「Looking Glass」というマーケティングの色合いが強い拡張機能を密かに追加していたからだ。

Mozillaは同組織のマニュフェストにおいて「インターネットにおける個人のセキュリティとプライバシーは必須のものであり、オプションとして扱われるべきではありません」と述べている。そのMozillaが、ユーザーによって管理されるべき拡張機能の追加を、ユーザーの許可を得ずに行っていた。そうしたことが起こらないのがFirefoxであり、だからFirefoxを選んでいるユーザーは多い……そんな反応がLooking Glassに驚いたFirefoxユーザーの間から瞬く間に広がった。Redditで「What is Looking Glass」という投稿のスレッドが瞬く間に伸び、Hacker Newsで「Unknown Mozilla dev addon "Looking Glass 1.0.3" on browser... or is it just malware?」というサポートフォーラム・ページへのリンクが上位に食い込んだ。

  • Firefoxのアドオンに、いつの間にか追加されていた「Looking Glass」。説明も1行のみで当初はマルウエアが疑われた。

そもそもLooking Glassは何を目的とした拡張機能かというと、人気ドラマ「Mr. Robot」とFirefoxのコラボレーションによる代替現実ゲーム (ARG: Alternate Reality Game)のための拡張機能だ。有効にすると、「fsociety」「robot」などMr. Robotに関連した単語がひっくり返って表示され、いくつかのサイトでhttpヘッダが表示されるなど、ドラマと連動した表示になり、目の前のブラウザでARGを楽しめる。ドラマだからエンターテインメント性は強いが、「Mr. Robot」はオンライン・セキュリティとプライバシーの問題に正面から取り組んでいる作品であり、Mozillaとしては、Mr. Robotとのコラボレーションを通じて、セキュリティとプライバシーに関する同団体の主張を伝える機会になると考えた。

Looking Glassは、全てのユーザーに追加されたわけではない。新しいアイディアや機能を一部のユーザーから先に試してもらうSHIELDプロジェクトを通じて提供された。また、Looking Glassがブラウザに追加しただけではユーザーの環境に一切の変更はなく、代替現実ゲームでユーザーが使用をオプトインして初めてLooking Glassは機能する。

それなら予めLooking Glassを送り込む必要はなかったように思うが、流れるような一連の体験を実現するためにサイレントインストールを行った。ユーザーがARGに興味を持った時に拡張機能の追加を求めるダイヤログが表示されると興ざめになる。「楽しくユニークな方法でユーザーと関われるように、Mr. Robotと共に体験をカスタマイズした」とMozillaは説明している。ミステリー色を演出しようとしたのか、Looking Glassについてしっかりと告知せずに配布を開始し、また説明欄に「MY REALITY IS JUST DIFFERENT FROM YOURS」というマルウエアを思わせるような怪しい文言を記述したのみで配布したのもユーザーの不安を煽る結果になってしまった。

騒動を経て、MozillaはすぐにインストールしたLooking Glassを削除し、そしてLooking GlassをFirefox Add-onsストアに移した。またバージョン1.0.4で、ドラマとのコラボレーションに関する説明を加えている。

「クローズドで管理されているよりオープンで自由であるのが望ましい」がMozillaの立ち位置だ。しかし、Apple製品がそうであるように、厳しくコントロールされた環境の方が近年重視される体験をデザインしやすい。清廉にオープンで自由なブラウザを追求するだけでは、評価はされても、コンシューマプロダクトとしてユーザーを増やすのには苦戦する。オープンかつ自由であり続けながら、モダンなWebで求められる優れた「体験」を実現しなければ、Chrome、EdgeやSafariといったブラウザとは競争できない。だから、2015年にMozillaはAdobeのWebコンテンツ向けDRM技術をFirefoxに採用した。オープンで自由なWebを標榜するならDRMのない世界がWebの理想であるにもかかわらずだ。Looking GlassもコンシューマプロダクトとしてFirefoxの競争力を高める試みの1つなのだろう。

だが、今回のユーザーの同意を軽視したLooking Glassの配布は踏み込みすぎた感がある。Steve Klabnik氏もMozillaの判断の誤りを指摘しており、同氏がスクリーンショットを掲載している記事の「私が読んだコメントで、ユーザーは動揺だけではなく、失望感をあらわにしていた」という部分に多くの人々が同意している。

今回の騒動で思い出したのが、2014年にAppleがiTunesユーザーにU2の新作「Songs of Innocence」を無料進呈した時の騒動だ。U2の新譜が無料で手に入るのだ。歓迎こそすれ、拒む人などいないと思ってしまうが、少なからず批判の声を浴びた。AppleがユーザーのライブラリにU2の新譜を自動追加したからだ。追加がオプトイン形式だったら、反応はまた異なっていたかもしれない。一部でスパム・アルバム扱いされ、無理矢理聞かせるような手法が嫌われ、最終的にU2のボノが謝罪コメントを公開した。U2の新作を無料でもらえてもサイレントインストールは非難されるのだ。Looking Glassの配布方法は軽はずみだったと言わざるを得ない。

清廉にオープンで自由なブラウザを追求するだけでは「武士は食わねど高楊枝」になりかねない。ネットのトレンドに取り残されることなく、Chrome、EdgeやSafariに対抗するために試行錯誤を重ねる近年のMozillaの活動は素晴らしい結果の生み出している。今回のような失敗も起こるが、ユーザーの反応に対してMozillaは速やかに対応した。

ただし、MozillaはLooking Glass配布が混乱を招いたことを認めながらも、セキュリティやプライバシー保護に関するMozillaの原則に反するものではなかったとしている。その点で意見を異にするWeb開発者やFirefoxユーザーが多く、原則の部分でMozillaとコミュニティの間に大きな隔たりが生じているのは気になるところ。米国では14日に、米連邦通信委員会 (FCC)においてオバマ大統領が進めてきた「ネット中立性」の原則の撤廃が承認された。公平でオープンなインターネットに暗雲が立ちこめ始めている。Quantumのリリースを成功させた2017年はMozillaにとって同組織の歴史に刻まれる1年になった。2018年はオープンで自由を是とするMozillaの舵取りが問われる年になりそうだ。