盛り上がったり沈静化したり、を繰り返している安全保障関連議論の1つに「敵基地攻撃能力」がある。「実際に攻撃されるまで、座して待っていては対処できない。先に敵国の基地を叩けば攻撃を防げる」という考え方にも理はあるのだが、ここでは政治的な話は措いておくとして。

口でいうほど簡単な仕事ではない

一般に軍事施設というと「基地」と呼ばれることが多いので、「敵基地攻撃能力」という言葉が、もっとも人口に膾炙しているのではないかと思われる。しかし実際のところ、一般に想起される「基地」だけが対象とは限らない。それに、移動式のミサイル発射機が相手なら「基地」ではなくなる。

してみると、「敵基地攻撃能力」という言葉は正しいようでいて正しくない。そこで「策源地攻撃」という言葉も使われている。策源地とは、軍事作戦を発起する際の拠点となる場所(点ではなくて、ある程度の広がりを持つこともあり得る)と考えていただければ良いかと思う。

その、「策源地攻撃」という考え方の是非を論じるのは本稿の主題ではないので措いておくとして、ここでは技術的観点から考えてみたい。

これまでは事実上、空対空戦闘専任だった航空自衛隊のF-15J戦闘機に、対地攻撃能力を追加する動きがある。具体的にいうと、能力向上改修に併せて、空対地ミサイルAGM-158B JASSM(Joint Air-to-Surface Standoff Missile)や、対艦ミサイルAGM-158C LRASM(Long Range Anti-Ship Missile)の運用能力を追加しようという話になっている。

実はJASSMもLRASMも同じロッキード・マーティンの製品で、先にJASSMが登場した。GPS(Global Positioning System)と慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)で目標の近隣まで飛翔した後、最後は画像赤外線センサーで目標を捕捉して突入する。

  • 2016年の「国際航空宇宙展」にロッキード・マーティンが持ち込んでいたJASSMのスケールモデル。LRASMも同じ形をしている

そのJASSMを基にして誘導制御機構を変更、洋上を動き回る艦船と交戦できるようにしたのがLRASM、という関係になる。LRASMは終末誘導において、画像赤外線に加えてパッシブRF、つまり電波を逆探知して発信源に突入する方式も使用する。

JASSMやLRASMをそのまま使うか、それとも別の製品にするかはともかく、次世代戦闘機についてもスタンドオフ・ミサイルの運用能力が必要、という話は出てくるだろう。当節、ターゲットの頭上まで行って自由落下爆弾を投下するのは危険すぎる。

ただし、対地・対艦のどちらにしても、発射の際には目標に関する情報を与えてやる必要がある。恒久的に存在している陸上の固定施設であれば、事前に緯度・経度や対象物の外観を把握しておけるから、まだマシ。既知の空軍基地を叩くような場面が該当する。

しかし、急に出現した建物や仮設構造物になると、話は違う。また、近年では弾道ミサイルや巡航ミサイルを車載化して、移動式発射機にする事例が増えている。そうなると相手は自由に動き回れるから、事前に偵察衛星か何かの情報に基づいて位置標定しておく訳にはいかない。

これはLRASMの場合も同様。もともと洋上を動き回る艦船が相手だから、事前に目標の緯度・経度を把握しておくのは無理な相談である。

つまり、この手のスタンドオフ・ミサイルを使用するときには、ターゲティング(目標指示)が問題になる。長い槍だけ持っていてもダメで、その槍をどこに投げつければいいかがわかっていなければ、仕事にならない。

ターゲティングとプラットフォームの関係

戦闘機が敵地まで乗り込んでいって、目標を自ら確認して爆弾やミサイルをお見舞いするのであれば、話はシンプルだ。その代わり、敵の防空システムや迎撃戦闘機によって多大な被害を生じることを覚悟しなければならない。

それを避けるには長射程ミサイルを使い、いわゆるスタンドオフ攻撃を行う必要がある。その場合、目標に関する情報をどうやって把握するかが問題になる。ミサイルを搭載する戦闘機は目標のところまで行かないのだから、他の誰かに目標情報を提供してもらう必要がある。

次世代戦闘機における策源地攻撃能力とは、単にスタンドオフ・ミサイルを積めるかどうかという話ではなくて、そのスタンドオフ・ミサイルに対するターゲティングを確実に行う機能も備えなければならないということである。

と書くと「偵察衛星を使えば?」といわれそうだ。しかし、決まった軌道上を周回している偵察衛星は、必ずしも、必要なときに必要なところにいてくれるとは限らない。日常的な情報収集の手段としては有用だが、突発的に対処するための情報収集資産としては使いづらい。

となると、撃ち落とされる覚悟で無人偵察機を飛ばしてはどうか、といった話になるかも知れない。撃ち落とされる前に目標を確認して情報を送ってきてくれれば、それで十分。

ただし、状況はどんどん変化するから、送られてきた情報はその場で活用しないと役に立たない。すると、無人偵察機みたいな情報収集資産と、スタンドオフ・ミサイルを搭載する戦闘機はダイレクトにデータ通信網による “会話” をして、鮮度が高い情報を受け取れるようにする必要がある。鮮度が低い情報では使えない。

また、攻撃を担当する戦闘機が発進した後で、最新の目標情報や敵情を受け取ることになるかも知れない。そして、策源地攻撃となれば敵国に近いところまで進出するわけだから、本国の基地からは見通し線の圏外に出てしまう可能性が高い。すると、見通し線圏外で利用できるデジタル・データリンク(おそらくは衛星経由)が必要になると思われる。

ミサイルを発射した後で状況が変わったときにどうするか。という問題もある。実はこれについては答えが出ていて、発射母機とミサイルを双方向データリンクで結ぶ。発射後、飛翔中のミサイルに対して目標再設定の指令を飛ばす実証試験を行った事例は、すでにある。

  • AGM-154 JSOW(Joint Stand-Off Weapon)滑空誘導弾。最新型のJSOW C-1では、データリンク機能による目標情報アップデートにより、移動目標の攻撃を可能にした Image : USAF

では、双方向データリンクのうち、逆方向はどうか。ミサイルのシーカーが捕捉した情報を発射母機に送り返して確認するとか、ミサイルが位置情報を発射母機に送ってきて戦術状況を更新するとかいう使い方が考えられる。発射母機のコックピットにあるディスプレイで、味方が撃ったミサイルがどこにいて、どちらに向かっているかを確認できれば、状況把握や目標再設定の役に立つ。

こうした、交戦に関わる一連の流れのことをキルチェーンという。もちろん、「目標を捜索・捕捉する資産」「スタンドオフ・ミサイル」「それを搭載するプラットフォーム」で構成するキル・チェーンに、贋者が入り込んだり、贋情報をつかまされたりする事態は避けなければならない。誤り訂正、暗号化、通信相手が本物かどうかを確認する認証といった機能は、データ通信の世界ではおなじみのものである。

すると、信頼性が高く耐妨害性に優れた、かつ伝送能力が大きい無線データリンクが求められる。以前に「クラウド・シューティング」について書いた話の繰り返しみたいになってしまうが、策源地攻撃の場合、見通し線圏外(BLOS : Beyond Line-of-Sight)の通信も考えなければならないところが違う。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。