「人生100年時代」と言われる現代。20代でも早いうちから資産形成を進めることが求められています。一方で、どのように投資・資産運用の目利き力を磨いていけばいいのか、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
この連載では、20代の頃から仮想通貨や海外不動産などに投資をし、現在はインドネシアのバリ島でデベロッパー事業を、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏が、投資・資産運用にまつわる知識や実体験、ノウハウ、業界で面白い取り組みをしている人をご紹介します。
今回は、「映画ST(セキュリティ・トークン)」をテーマに、フィリップ証券株式会社 代表取締役の永堀真氏と、Securitize Japan株式会社 カントリーヘッドの小林英至氏にお話を伺いました。
フィリップ証券株式会社 代表取締役 永堀 真氏/東京大学理学部卒業後、同大学院理学系研究科を修了。1999年に野村證券に入社し、株式トレーディング業務に従事。2006年に米国・ニューヨーク支店へ転勤、インスティネット・ニューヨーク本店へ出向。以降、米国機関投資家向けの米国株トレーディングに一貫して携わる。帰国後の2009年、インスティネット東京支店にて株式業務を担当、2012年からは野村證券で日本株の電子取引業務責任者を務める。 2014年には、日本の株式代替市場(PTS)を展開するチャイエックス・ジャパンの代表取締役社長に就任。2017年からはモルガン・スタンレーMUFG証券にて電子取引部門の責任者を務めた後、2021年7月より現職。豊富な国内外での証券・金融マーケット経験を有する。埼玉県川越市出身。
米ブラウン大学数理経済学学位、シカゴ大学MBA取得後、メリル・リンチ・キャピタル・マーケッツ、ゴールドマン・サックスのニューヨーク本社・投資銀行部門勤務。帰国後リーマン・ブラザーズ投資銀行部門SVP、ドイツ銀行、アメリカン・エキスプレス法人事業部門在日代表、マスターカード・ジャパン副社長、ウェスタンユニオン在日代表、欧州インシュアテック・スタートアップ在日代表などを歴任、2020年2月より現職。
「投資をもっと身近に」映画STが描く新しい金融
――本日は、今年の9月に公開予定の映画『宝島』を事例に挙げ、映画STについて永堀さんと小林さんにお聞きしたいと思います。まずは、映画STの先駆けとなった『宝島』プロジェクトの始まりについて教えていただけますか?
永堀氏:私はかねてから、「投資をもっと身近なものにしたい」と考えていました。投資というと、利益を追求するものというイメージが強いのですが、そもそも投資の本質は"応援"や"支援"にあると考えています。そこで、ST(セキュリティ・トークン)の仕組みを使えば、多くの方が身近に、そして主体的に投資に参加できるのではないかと思ったのです。
そんなことを考えている中、2022年3月頃に映画『宝島』の制作プロダクションを担当している映画プロデューサーの佐倉寛二郎さん(クロスメディア 代表)とランチをする機会がありました。彼から、「映画産業は守るべき文化の一つであり、その想いに共感した人たちが支援できる形をつくりたい」という話を聞き、深く共感したのがきっかけでした。
――そこから、Securitizeさんと一緒に映画STという仕組みに落とし込んでいったわけですね。
永堀氏:はい。佐倉さんの提案は、映画関係企業が中心となって出資するような映画の投資枠を個人にも開放し、共感ベースで広げていこうというものでした。私たちはそれを映画STの形に落とし込み、多くの方々が共感によって映画製作に参加できる仕組みとして設計しました。
映画STは単なる資金調達の枠組みにとどまらず、共創型のプロジェクトとして機能するように考えました。地元で撮影された映画を応援したい、好きな俳優や監督を支援したい、そんな想いに応えるのが映画STの大きな可能性です。
映画STがつくり出した"投資家と製作者の共創関係"
――映画STは、「映画を一緒につくる」という感覚を投資家にもたらしてくれますね。実は、私は学生の頃に映画をつくっていました。学生映画ですから、大作映画とは違い小予算のインディペンデント映画です。みんなでアルバイトをしてお金を貯めて製作代にしたり、人づてに演者を探したり。それはそれで楽しかったのですが、映画STという仕組みが広まれば、映画文化の継承にもつながり、産業としてもさらに盛り上がりそうですね。
永堀氏:そうなんです。映画『宝島』のプロジェクトでは、投資家向けにイベントを企画しました。1口以上投資してくださった方に向けて、各方面にご協力いただき、飲み会を行ったりして、制作の裏話やキャスト選定の背景など現場の方から直接お話を伺うチャンスに恵まれました。
特に、企画・プロデュースの五十嵐真志さんが、投資家の皆さんを垣根なく"製作チーム"のように迎え入れてくれたことが象徴的でした。コロナ禍で撮影が二度延期されるなど困難もありましたが、その過程も共有され、応援する側も一緒に乗り越える一体感が生まれました。
――まさに共創ですね。投資家というよりも「仲間」という表現がしっくりきます。
永堀氏:そのとおりです。投資家の方からは「映画をただ観るだけじゃなく、自分がつくる側に立てることが嬉しい」「エンドロールに名前が載るのが誇らしい」といった声をいただきました。中には「この作品をもっと広めたい」「支援する活動をもっとやっていきたい」と自主的に動いてくださる方もいて、ファン・ミーティングから自然と飲み会をやろうとなるなど交流が広がっていきました。
グローバル展開も視野にSecuritizeを選んだ
――映画STの発行や管理にSecuritizeを選んだ理由は、何だったのでしょうか?
永堀氏:一言でいえば、グローバル展開とパブリックチェーンへの対応力です。ST市場を長期的に育てていくには、ノンパブリックな仕組みでは限界があります。透明性の高いオープンな市場で、多様な参加者が自由に売買・共感できる環境が不可欠です。
Securitizeさんは、パブリックチェーンの活用実績が豊富で、グローバルにも展開している。今後、日本だけでなくアジア、世界へと視野を広げていく中で、長く共に歩めるパートナーだと感じました。映画STをきっかけに、セカンダリーマーケットなど新たな展開にも一緒に挑戦していきたいですね。
小林氏:ぜひ挑戦しましょう。ST市場はまだ発展途上にありますが、将来的にはP2Pに近い形へと進化することが望まれます。グローバルスタンダードとしてのパブリックチェーンを軸に、STの本当の可能性を引き出すプロジェクトを一緒に実現していきたいと思います。
――映画は「3部作」のような大作もありますし、シリーズものになる映画もあります。世代を超えて愛される長期シリーズの映画もありますし、映画STが代々受け継がれたり、別の投資家にわたってもプレミアがついたり。そんな発展があると、映画STがもっと身近で面白い投資になりそうですね。
投資家=ファン=製作チームという新しい関係
小林氏:永堀さんに私からもお聞きしてみたいのですが、映画『宝島』に参加された投資家の方々は、いわゆる証券投資のイメージとは違って、エンタメや文化に関心が高い方が多かったのでしょうか?
永堀氏:まさにそうでした。映画STを通じて集まったのは、利益だけでなく"応援"や"貢献"を動機に投資する方々です。金融商品としての魅力だけでなく、文化への共感、映画業界への想い、新しい挑戦への期待感など、非常に多様な熱意が集まりました。
中には、「会社と家を往復するだけの生活に、ちょっと違う刺激が欲しいと考えており、映画製作の一部を担える体験に魅力を感じた」という理由で投資された方もいらっしゃいました。映画STによって投資の世界に入る敷居が下がり、人生を豊かにする新しい関わり方として受け入れられているのだと実感しました。
アンケートへの回答率も非常に高く、皆さんとても協力的でしたね。映画業界を理解し、作品の価値を信じて投資してくださる方々と、真剣に共創できたことは非常に心強かったです。
STは文化を支えるエコシステムに
――映画STのような投資・支援の形が広まれば、映画だけでなく他の分野の若手クリエイターも助けられると感じています。
永堀氏:本当にそうですね。映画だけでなく、音楽、現代アート、伝統文化など、素晴らしい価値を持つのにスポットが当たりにくい分野はたくさんあります。そうした分野こそ、共感をベースにしたSTによって支援できるはずです。
映画やアートに関わる方の中には、生活のためにアルバイトをしながら創作を続けている方も多くいらっしゃいます。才能があっても環境が整わずに埋もれてしまうことがある。そこにSTという手段で光を当て、「生業として創作を続けられる環境」をつくることが、私たち直接金融に携わる者の役割だと思っています。
小林氏:映画STを起点に、音楽ST、エンタメST、文化ST…と広げていければ、創作の場にも、金融の世界にも新しい風が吹くはずです。STは、資金調達の手段であると同時に、仲間を増やし、文化を支え、未来をつくる仕組みですから、ファンづくりや推し活、投げ銭といった活動とも相性が良いと思います。
――映画『宝島』というプロジェクトの成功を礎に、今後もフィリップ証券さんとSecuritizeさんで多様な価値をつなげるエコシステムをつくっていただきたいですね。