細部までこだわり抜かれた仕上がり|美しきマシン、マセラティ3500GT【後編】

この記事は「特別なレストアを受けて甦った!|美しきマシン、マセラティ3500GT【前編】」の続きです。

【画像】プロジェクトメンバーが心血を注いで仕上げたマセラティ3500GT(写真7点)

正確なラインと輝きすぎない塗装

ボディワークの段階で細部まで綿密に注意を払ったことで、当然ながら全体の仕上がりが向上した。それでも、このあとに行う塗装で、レストアの成否が左右されかねない。この作業を任されたカロッツェリア・トゥーリング・スーパーレッジェーラ(CTS)の熟練職人、マッシモ・デ・ヴィータは、14歳で車の塗装を始めたと教えてくれた。今やその経験は36年におよび、さらに増え続けている。「私たちはまず金属にブラシをかけて、汚れや酸化の原因になるものを払い落とします。次に、ベースとしてエポキシ樹脂のプライマーを塗り、これをやすりで研磨してから、フィラーを薄く塗布します。こうすると、板金作業でボディのラインが鈍っていたとしても、改善できるのです」

3500GTは、複雑な曲線美と印象的な外観を誇る車だけに、普段にも増して正確な仕上げが求められる箇所もあった。「ヘッドランプ上部のラインが延びて、リアのフィンまで続いています。この部分を仕上げ直す必要がありました」とデ・ヴィータは話す。

CTSの職人たちは、試験的な組立を何度か行って、すべてのパネルやトリムが完璧にフィットするか確認する。その1回目を、プライマーを塗った段階で行った。「ここで品質をさらに高められるのです。クロームパーツもすべて最終確認を行います。この段階なら、まだ銅めっきしか施しておらず、研磨できるからです」

こうした作業に約5週間を費やし、そのあとようやくカラーコートを施す段階になる。「私たちは直接、ラッカートップコートを吹きつけます。クリアコートは使いません。これはテカリを抑えるためで、当時と同じ手法です」

多くのレストアはここで終了するだろうが、CTSは違う。このあとボディ全体をポリッシュしてから最終組立を行い、その後もう一度磨き上げる。

「研磨やポリッシュはすべて手作業で行います」とデ・ヴィータは明かした。「この車では、ラインをきちんと出す作業に時間をかけました。ほかのレストアを見ると、ラインがパリッとしていないものもあります。私たちは、シャープで正確なラインになるよう特に注意を払いました。また、クロームトリムがぴったりフィットして、下部に隙間ができないように気をつけました」この見事な出来栄えを見れば、デ・ヴィータら職人たちが労を惜しまなかったことは明らかだ。

そうはいっても、車のレストアの真価は、どれほど美しいかだけでなく、走りがいかに素晴らしいかで決まる。3500GTは、私たちの訪問にぎりぎり間に合うタイミングで完成した。ここで再びあの並木道に戻って、CTSの努力が心をとりこにする走りとして結実しているか確かめよう。

レーシングエンジンのDNA

運転席に乗り込んでみると、190cm近い長身の私はぎりぎりで収まった。居心地が悪いほど窮屈ではないが、このマセラティがミッドセンチュリーの体格を念頭に造られたことは明らかだ。視界は抜群にいい。ピラーが細く、前後のウィンドウがラップアラウンドで、左右もガラスが取り巻くため、見渡す限りほとんど遮るものがない。

ペダルの配置はややオフセットしているが、これも扱いにくいほどではない。それは、太ももに触れるほど低い位置にあるステアリングも同様だ。これは比較的初期の3500GTなので、ZF製4段トランスミッションを搭載する。エレガントで人間工学に適ったレバーのノブに、シフトパターンがはっきり示されている。

ギアシフトは積極的な感触で、エンジンもそれに合わせて嬉々として回転を上げる。私は徐々にペースを上げ、ブレーキを慎重にテストした。ペダルの踏み込みはいくぶん長いが、しっかり利く。想定していた制動距離を頭の中で調整し直すと、もう少しエンジン回転が上がるに任せてみた。すると、エグゾーストからの低音が一定のペースで徐々に高まり、控えめだが紛れもなくスポーティーな咆哮に変わる。

3500GTの直列6気筒は、レース用エンジンをベースに開発されたから、そのDNAを消すことは不可能なのだ。もちろん、消えてほしい訳ではないが。これは組み立てて間もないクラシックカーの初めてのシェイクダウンなので、タコメーターの端まで試す訳にはいかない。とはいえ、比較的おとなしい速度でも、エンジンが十分すぎるほどのトルクとパワーを発生し、素早く加速できる。

乗り心地のよさには低速域でも感心したが、イエーガー製の端正な速度計で細い針が振れるにつれて、感銘はますます深まった。この車はやはりあくまでもGTなのだ。しなやかで快適な乗り心地が前面に出ている。だからといってハンドリングが期待外れな訳ではない。少なくとも、1950年代の車であることを忘れなければ。優れたボディ制御の中でわずかなピッチングを見せるのは、非常にきついコーナーだけで、それを除けば、名車の風格が漂う落ち着きぶりだ。

この傑作マセラティをドライブしてみて、CTSに対する私の予想は立証された。彼らの細部への気配りやこだわりは、誇張ではないのだ。私と同じように、現代のモデルには心意気や魂が欠けていると感じている人でも、CTSを訪問してみれば、きっと見方が一変する。単に、昔ながらのコーチビルドの技が受け継がれているだけではないのだ。マウスとキーボードではなく、人間の手を使った作業の経験や技術を尊重する、かつての仕事のあり方、そして仕事への純粋な情熱が、ひしひしと伝わってくるのである。

CTSのワークショップを率いるルイジ・クリッパはこうまとめた。「ここでこの車に最初に手を触れたのは私です。チームの全員が、1個1個のボルトやワッシャーに至るまで、すべて正しいものにしようと、時間をかけてじっくり取り組んだことを誇りに思います。トゥーリングでは、こうしたプロジェクトへの情熱を全員が共有しています。まさに心血を注いでいるのです」

レストアを依頼するオーナーにとっては、職人が自分と同じようにクラシックカーに愛情を注いでくれると信頼できることが重要だ。その意味で、このマセラティにとっては、すべてが始まった場所への里帰りに勝るものはなかったのである。

1959年マセラティ3500GT

エンジン:3485cc、直列6気筒、DOHC、ウェバー製ツインチョークDCOE 42キャブレター×3基

最高出力:220bhp/5500rpm

最大トルク:35.1kgm/3500rpm

変速機:前進4段MT、後輪駆動

ステアリング:ボールナット

サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、油圧式ダンパー、アンチロールバー

サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、油圧式ダンパー

ブレーキ:4輪ドラム

車重:1300kg

最高速度:215km/h

0-100km/h:7.7秒

編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵

Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA

Words: John-Joe Vollans Photography: Lorenzo Colombo & Carrozzeria Touring Superleggera S.r.l