初夏の気配が街を包みはじめ、頬をなぞる風にも、じんわりと滲む汗の気配が混じるようになった。汗といえば夏が本番のイメージがあるが、驚くべきことに実はこの季節の汗の方が、真夏の汗よりも臭いのだという。さらにはこの季節にしっかり汗をかいておかなければ熱中症になりやすくなる恐れも…?
なぜ、5月頃の汗は臭いのか、そのメカニズムや熱中症予防について、渋谷スクランブル皮膚科の皮膚科医である下方征先生に聞いてみた。
■この時期の汗のニオイが臭いメカニズム
昨今、巷でよく聞くようになった「暑熱順化」。これは「体が暑さに慣れる」ことをいう。本格的に暑くなる前段階から、だんだんと体を暑さに慣れさせれば、熱中症のリスクの高い環境にさらされても熱中症になりにくくなるということで「暑熱順化」という言葉が注目され始めているのだが、実は「暑熱順化」時の汗には、真夏の汗よりも臭いという落とし穴がある。これはなぜだろうか。
「まだ本格的な夏を迎える前の初夏は、気温の上昇もまだ途中段階で、発汗量もこれから増えていく時期です。そのため、夏に比べて汗に含まれるタンパク質や脂質の濃度が相対的に高くニオイが強くなりやすいといわれています」(下方医師/以下同)
春は冬で低下した汗腺が急に活発になる時期。気温上昇で汗をかき始めるが、この時期はニオイ成分を多く含んだ「悪い汗」が出やすくなる。いわゆるミネラルが多く含まれた「ベトベト汗」だ。さらに新生活のストレスからも悪化するため、冬から春への移行期は体臭の変化に特に注意が必要な季節なのだ。ちなみに、このベトベト汗が衣服などにつくとどうなってしまうのか。
「汗に含まれる脂質やタンパク質が皮膚常在菌によって分解される過程で、酸っぱい臭いや、脂質の酸化による古い油のような臭いが発生します。特に衣類が湿った状態で長時間放置されると、細菌が増殖して汗臭さを強く感じるようになります」
続けて下方医師は、サウナを例にとって「ベトベト汗」をニオイの少ない「サラサラ汗」に変える手段を説明する。「サウナに入る方ならわかると思いますが、最初の数回はベトベトした汗が出て、何度か繰り返すうちに汗はサラサラに変化します。汗は体温調節のために出るもので、毛穴にたまったタンパク質や脂質が排出された後は、サラサラの汗になり、ニオイも比較的少なくなるのです」
要は「暑熱順化」のなかには、「ベトベト汗」を「サラサラ汗」へと変える過程も含まれている。そしてこれは決して、ニオイだけの問題ではない。
■ニオイだけではなく熱中症のおそれも
「そもそも、汗の役割は、気化熱によって体温を下げることです。冷房ばかりに頼っていると、炎天下で汗をうまくかけず、熱がこもりやすくなります」
暑がりの人のなかには、すでにもう冷房を使用している人もいるだろう。また湿気も多くなってくるこの季節……「ベトベト汗」を嫌って、冷房の乾燥効果を狙っている人もいるかもしれない。だがこれは「ベトベト汗」からニオイの少ない「サラサラ汗」へと変化させるのを阻害しているばかりか、逆に熱中症のリスクを高めかねない。来る真夏に向けて、熱中症予防のために「サラサラ汗」に変えておく必要があるのだ。何度もいうが「暑熱順化」の重要性はここにある。
「夏にエアコンの効いた室内ばかりにいないで、熱中症に注意しながら外出して適度に体を動かし、常に汗をかく習慣を保つことが大切です。これにより汗腺が鍛えられ、暑さに強い体が作られます。また、体温調節のためにサラサラの汗をかけるようにするには、日常的に運動を取り入れてください。特に、散歩や水泳などの有酸素運動がおすすめです。また、夏はシャワーだけで済ませがちですが、ぬるめのお湯での半身浴も効果的です。リラックスしながら毛細血管や汗腺を鍛えることができます」
ただ、ストレスやホルモンバランスの乱れによって、うまく汗がかけない、逆に必要以上に汗をかいてしまい、生活に支障が出る「多汗症」という状態になることもある。汗にもこうした個人差があることから、気になる人は医師にかかることがおすすめだ。
また、わきがの人にとっても汗をかき始めるこの季節は気になるだろう。「わきがは、アポクリン汗腺から出る汗が原因で、脂質を多く含むためニオイが気になりやすい特徴があります。気になる方は、朝もワキを洗うのがおすすめです。また、ワキ毛を脱毛または短く整えると、汗がたまりにくくなり清潔を保ちやすくなります」……通気性のよい衣類やパウダータイプの制汗剤の活用も効果的だそうだ。
春から夏への季節のうつろいのなか、重視しなければならない「暑熱順化」。個人差はあるが、最初から誰もが「サラサラ汗」なわけではなく、ほとんどの人は「ベタベタ汗」の過程を踏まなければならない。この季節、その対策法はあるのだろうか。
「自分の汗臭さが気になるだけでストレスになることもあります。ただし、制汗剤の香りでニオイをごまかそうとすると、逆に気になってしまうことがあります。臭いがなく、皮膚への刺激も少ない“ミョウバン”入りの直ヌリタイプの制汗剤などはおすすめです。“ミョウバン”は汗を抑え、細菌の増殖を防ぐ効果があるため、これからの季節に活躍してくれます」
ミョウバンは古代ローマ時代からある歴史的なデオドラント。さまざまなニオイ対策、汗対策はあるが、古代の人の知恵を借りるのもいいかもしれない。5月頃、ほとんどの人が「ベタベタ汗」のニオイに悩む。だが「暑熱順化」して「サラサラ汗」になれば、ニオイも減り、熱中症対策にもなる。ニオイのストレス、熱中症のリスクを回避するため、今のうちに汗をかいておきたい。