
このところ欧州ブランドのBEV戦略が明らかにトーンダウンしている。”それみたことか”とEVの存在理由まで否定する意見もまたぞろ出ているが、これまた的外れというべきだろう。市況や環境の変化とEVの将来的な是非(産業にとってもユーザーにとっても)とは論点が異なる。
【画像】目を見張るほどゴージャス!メルセデス・マイバッハEQS 680 SUVのインテリアに注目(写真7点)
もちろんユーザーあっての「クルマ」(消費財)だから、使う側が完全にNOを突きつけたというのであれば考えを改めなければならないが、例えばメルセデス・ベンツの場合、落ち込んだと言われる2024年の乗用車販売台数のうち、減ったとはいえいまだ10%くらいはBEVな訳で、BEVそのものが否定されたとは言えない。むしろBMW(とミニ)あたりはBEVも絶好調だし、市場的にみてもBEVの販売台数が依然として増加中のマーケット(北米などは鈍化したものの増えている)も少なくない。
特にメルセデス・マイバッハのような超高級ブランドとBEVの関係性は、環境の変化とは無縁なものとして語られるべきだ。マイバッハブランドにとってオール電化は魅力的な選択肢として未だ残り続けているのだから。
そもそも超高級ブランドにはBEV がお似合いだ。ボディサイズが大きな重量級モデルが多く、車両価格も高価なため、重くて大きなバッテリー搭載に関する物理的および経済的なハードルが普通車に比べてとても低い。実用面においても静粛性や重厚なライド感が求められるためBEVとの相性は抜群。そのうえ決まったルートを使うことの方が多く、遠距離ドライブとはほぼ縁がない。たいてい立派なガレージで日々を過ごしているし、ショーファードリブンも少なくない。これほど好条件が揃うとBEVでない方がかえっておかしいとさえ思う。ロールス・ロイスのサルーンモデルなどは本来その典型だろう。
メルセデス・マイバッハもその高級の志向性ではロールス的なものであると分類できるから、セダンやSUVといったショーファーモデルに限っていうとBEVとの相性は最高だ。
そもそもベースモデルであるEQS 4504マチックSUVが乗用車として最高ランクの車だった。マイバッハとなってもボディサイズは変わらず、内外装がいっそうゴージャスになり、超贅沢な4シーター仕様になったというのだから、これはもう試乗する前から”合格印”をスタンプして良いだろう。
それにしても内装のゴージャスさには目を見張った。今のマイバッハは外観以上に中の変化がすごいんだぞと見せびらかしながら走りたい気分に。そんなインテリアの豪華さがドライブに与える精神的な影響も少なからずあったのかもしれない。なったことはないのでわからないけれど俗にいう”金持ち喧嘩せず”といった感覚がおそらくこれに近いのではないか。これだけ素晴らしい空間に座っていると周りの状況も余裕をもって泰然と眺めることができ心は自然と平静を保っていられる。ちょっとマナーの悪い他車に巡り合ったとて平然とスルーできる。心で舌打ちすることさえない。
決してドライバーズカー的な気持ちよさではないことは事実だ。街中から高速まですべてを任せて安心かつ快適に移動できるといった類の気持ちよさ。たとえばロールス・ロイス・カリナンの方がまだしもドライバーズカー的な心地よさがあって、それとは少し種類が違う。もちろんドライバーへの忠誠度はこのマイバッハでも非常に高く、ドライバビリティには優れているのだけれど、積極的に関与しているという感覚が薄い。車から常に「大船に乗った気分でいろ」と言われているようなライドフィールだ。
ということはつまり、精神的かつ肉体的に疲労も少ないことを意味する。実際、500kmの長距離テストに供した際も、充電以外に休憩を欲することなどついぞなくかった。ちなみに航続距離が長く、高性能バッテリーを積むため、500km程度の東名阪の高速道路移動であれば150kW充電器に15分(要するにトイレ休憩レベル)も繋げば事足りる。
”運転席に座っているだけでラク”に移動できる感覚があった。そんな車はひょっとして初めてかもしれない。内燃機関付きのマイバッハもこのEQS SUVに比べるとまだしもドライバーズカーに思える。だからこそEQS SUVの乗り味がマイバッハ流のラグジュアリィな新たな個性になり得る。ドライバーをもパッセンジャーの一人として扱ってしまえるほどの高い完成度を誇っていたのだから。
巨体ではあるものの箱根の峠道でも落ち着いてドライブすることができた。繰り返しになるけれど泰然としたドライブフィールはいつも心に余裕を与えてくれたし、また、威風堂々としたスタイルで周りから急かされることも少なく、狭い道でも落ち着いて進路を探りつつ走って行けた。静かな走りをしみじみと味わいつつ…
念願だった後席にも座って移動することができた。その快適さだけは先代のマイバッハ62譲りだと思った。
文:西川 淳 写真:佐藤亮太
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Ryota SATO