がんは本当に治る病になったのか?
一昔前は「不治の病」とされていた「がん」。近年は、医療技術の向上や、がんについての研究が進み、治る病気という認識に変わりつつある。しかし、それでもまだまだ5年相対生存率(がんと診断された人のうち、5年後に生存している人の割合)が低いがんも多く残されているのが実情だ。
そうしたいわゆるたちの悪いがんの1つに、脳にできる悪性腫瘍(悪性脳腫瘍)の中でも悪性度がもっとも高い4と位置づけられる「神経膠芽腫(グリオブラストーマ)」がある。
その治療の基本は、手術で腫瘍を摘出した後、抗がん剤と放射線治療を行うというものであるが、多くの患者で、放射線治療を終えた後、しばらくするとがんの再燃(再発)が確認されることから、治癒が難しく、その治療法の確立が求められている。
なぜ腫瘍を摘出し、抗がん剤と放射線を用いてもがんが再燃してしまうのか。慶応義塾大学医学部の佐谷秀行 教授(慶応義塾大学病院・副院長)は、「手術を行うと、一見すると、ほとんどの目に見えるだけの腫瘍を摘出することができるが、それでもがん細胞を生み出すがん幹細胞が体内に残ってしまう。その結果、再燃や治療抵抗性を持つがん細胞が生み出されている可能性が見えてきた」と、がん幹細胞の存在を指摘する。
すべての細胞は幹細胞から生み出されることは現代では良く知られていることだが、がんも同様で、がん幹細胞から、さまざまながん細胞が作り出されることが分かってきた。佐谷教授は、「がん幹細胞が女王蜂とすると、さまざまな役割を担う働き蜂ががん細胞」といったイメージで説明するが、近年の研究から、このがん幹細胞には、さまざまな治療に対する抵抗性があることが分かってきたという。
もちろん、こうしたがん幹細胞を特異的に駆除する薬剤の開発なども進められている。佐谷教授の研究チームも、そうした薬剤を用いて2013年より治験を進めている。しかし、そこで問題となってきたのは、「腫瘍の中におけるがん幹細胞の数は少なく、薬剤が本当にがん幹細胞に効いているのか、効いているのであれば、どの程度の効果を発揮しているのかが見えない」(同)、といったがん幹細胞の検出が既存技術では難しいという技術的な壁であった。
基礎科学は役に立つ
がん幹細胞にどの程度の薬剤が到達し、どれだけの効果を発揮しているかを身体の外から評価できるシステム。こうしたがん治療に向けたシステムの開発に、宇宙科学の分野で生み出されたテクノロジーが役に立つ可能性がでてきた。具体的には、宇宙を飛び交うX線やガンマ線を測定するイメージング技術の活用だ。
基礎科学の分野である宇宙科学のテクノロジーを医療という社会に直接関わる分野に展開することを目指す組織が、2018年4月1日付けで東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)内に設立される。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大学共同利用連携拠点として稼動するその拠点の名を「JAXA - Kavli IPMU/東京大学 硬X線・ガンマ線イメージング連携拠点」という。 3月26日に開催された拠点の本格始動に向けた説明会においてKavli IPMUの村山斉 機構長は、「実は真に破壊的なイノベーションは基礎科学発のものが多い。世界で誰もやってこなかった観測や実験を行う必要があるのが基礎科学であり、それに対応する極限的な技術を生み出していく必要があるためだ。また、研究者の好奇心にもとづいて、誰もやらなかったことをやってみるのが基礎科学の性質であり、これをやればこれができる、というものではない点から、結果としてとんでもないものが生み出される可能性がある」と、基礎科学の重要性を強調するほか、Kavli IPMUの設立に向けた提案書にも、「(数学、理論物理、実験物理、天文学を融合する純粋基礎科学の国際拠点である)本拠点の研究で得られた手法やテクノロジーは間接的に社会に役立っていくに違いない」と記載されていることに触れ、その応用先として、「診察やレーザー医療等の医学分野で役立つ可能性がある」とも記載されていることを紹介。今回の連携拠点の設立により、初めて、この提案書に記載した取り組みが実現できる段階に到達したとする。
また村山機構長は、「(宇宙を飛び交う)ガンマ線やX線を検出するイメージングデバイスが医療に役立つ可能性がでてきたということで、我々の研究が医学の発展に役立つ。(この連携拠点の活動を通して)基礎科学が社会の役に立つということを証明したい」とも述べ、今回の連携拠点の稼動により、基礎科学が社会の役に立つ準備が整ったとした。