米Appleが6月30日(米国時間)に、音楽サービス「Apple Music」を日本を含む100カ国以上で開始した。日本では定額制ストリーミングサービスを開拓する存在だが、欧米ではSpotifyの成功によってストリーミング市場が急成長しており、Apple Musicは後発参入である。本稿ではSpotifyで音楽ストリーミングサービスの魅力や可能性を知り、真打ちと呼べるようなサービスの登場を待つ欧米ユーザーの視点でApple Musicをレビューする。

Spotifyの成功で開けた音楽の未来

欧米における状況は、2001年に初代iPodが登場した時に似ている。すでにMP3プレーヤーはいくつも存在し、アーリーアダプターの支持で瞬く間に市場が形成されたものの、違法ダウンロードの影響を危ぶむ音楽産業の反発から伸び悩んでいた。そこにAppleがデジタルハブ構想と共にiPodを投入し、デジタル音楽を一気に普及させた。

今日の定額制ストリーミングサービスも音楽の未来を感じさせる一方で、デジタルダウンロードを置き換えるような存在にはなり得ていない。また一部のレコード会社やアーティストの反発にも直面しているのが現状だ。

WWDC 2015の基調講演でOne more thing...として「Apple Music」を発表

2003年にiTunes Music Storeを発表した時に、当時AppleのCEOだったSteve Jobs氏は、ユーザーが安心して便利に使えるオンライン音楽ストアが存在すれば、手間ひまのかかるファイル共有は使われなくなると主張した。同ストアは違法ダウンロードに対して一定の効果を上げたが、Jobs氏の言葉の正しさをiTunes Music Store以上に証明したのがSpotifyである。

iTunes Music Storeを発表した際に、Jobs氏はライバルは他のオンライン音楽ストアではなく海賊だと断言

2000年代前半から失敗続きだった定額制ストリーミングサービスで、なぜSpotifyが成功できたのか? ストリーミングはダウンロード不要なので、違法なファイル共有が発生するリスクを避けられる。だが、昔のストリーミングサービスは再生ボタンやスキップボタンを押す度にデータのキャッシュに待たされ、音が途切れることも度々で、音楽ファンが納得できるような体験ではなかった。

µTorrentのCEOだったDaniel Ek氏が開発したSpotifyはレスポンスよく動作し、ストリーミングであることを感じさせなかった。ネットユーザーがクラウドの活用を意識し始め、ストリーミングに対する抵抗がやわらいだのも追い風になった。そうした中、CD販売の下落に直面した欧州のレコード産業が、新たな可能性としてSpotifyに関心を持ち、コンテンツ提供で協力。新譜を含む豊富な楽曲を揃えたストリーミングサービスが実現した。しかも、それをフリーミアム・モデルで提供。違法ダウンロードは無料でダウンロードし放題だが、不便も多く、リスクをはらむ。無料でも使用できる使い勝手の良い合法サービスの登場に、ネット世代の音楽ファンが飛びついた。

ストレージ容量に関係なく膨大なライブラリにアクセスできるのがストリーミングのメリットの1つ、スマートフォンやタブレットの普及も「Spotify」の成長を後押した

ストリーミングを思わせないなめらかな再生操作、欧米における豊富な楽曲数など、Apple Musicは定額制ストリーミングサービスのあるべきポイントをしっかりと押さえたサービスになっている。Spotifyの後追いという声も聞こえてくるが、大きな違いがある。Apple Musicはフリーミアムではなく、有料サービスである。Spotifyのフリーミアム・モデルは違法ダウンロード対策として有効だったが、アーティストの犠牲の上に成り立っているという議論が根強い。印税率に不満を表明するアーティストも少なくない。

Apple Musicでは、サブスクリプションの範囲での提供、iTunes Storeでの販売、またはソーシャル機能「Connect」を通じた無料配信など、コンテンツを提供する方法をアーティストがコントロールできる。Appleは広告ベースの無料モデルでは、長期的に音楽産業を支えるのは無理だと考えているのだろう。アーティストがファンに作品を届け、報酬を得られる場になるように、Apple Musicで作品を作る側をサポートしている。アプリ開発者とiOSデバイスユーザーを結ぶApp Storeのような共栄の場を目指している印象だ。

左からSpotifyのブラウズ画面、Beats MusicのHighlights、Apple MusicのNewタブ。後発のApple MusicはSpotifyとBeats Musicの長所を融合させている