今回Octopusで採用されたのは、このFeliCaチップ搭載の切り替え方式の次にあたる、FeliCa処理をソフトウェアで動作させる「FeliCaエミュレーション」と呼ばれるものだ。FeliCa OSの動作をすべてアプリ内でパッケージングすることで、ソフトウェアのみでUSIM上でのFeliCa動作を実現している。USIMカードは「Java Card」と呼ばれるJavaアプレットが動作する小さなコンピュータとなっているが、この上で動く「Java OS」の動作のみでは暗号等の重い処理を実装するにはきついため、一部処理をJava OSのより深い階層のインターフェイスに近い部分に置き、処理速度を稼いでいるという。これにより、Suicaなどで実現されている100msという読み取り時間には及ばないものの、英ロンドンの交通局で利用されているOysterの250ms (Closed Loop時)クラスのスピードは実現できているという。

また単純なJavaアプレット以外にOSに手を加えているという話だが、USIMに格納されるアプリのフォーマットや領域を定義したGlobalPlatformの2.2仕様に準拠しており、さらにSWP (Single Wire Protocol) / HCI (Host Controller Interface)といった標準プロトコルやインターフェイスもそのまま利用できるなど、ハードウェアや標準仕様に特に手を加えたわけではないようだ。現在はXperia 6機種のみとのことだが、今後対応キャリア拡大に加え、対応機種の拡大も視野に入れており、標準的なNFC対応端末であればどれでも将来的にOctopusをモバイル対応サービスを利用可能になりそうだ。

日本ではどうなる?

ただし現在のところ、ローンチキャリアはPCCWのみであり、アプリの提供方式もおサイフケータイのようなOTA (Over The Air)による配布ではなく、5000ユーザーに提供されるUSIMカードにあらかじめインストールされた形での提供にとどまる。つまり、ベータテスト対象者以外は利用する手段がない。ソニーによれば、香港のOCLはまだ運用形式について検討中であり、今回USIMを提供したGemaltoのTSM (Trusted Service Manager)を使うかどうかについても未定だという。ゆえにアプリ提供方式も不明であり、現地携帯キャリアとの契約を直接行えない旅行者などが、モバイルOctopusを利用できるかは未知数だといえる。

なお、これで期待されるのは日本へのFeliCaエミュレーション技術の導入だ。もし実現すれば、NFC (Type A/B)のみに対応したグローバル端末を持ち込んでも日本でおサイフケータイのサービスが利用可能になる。ただし前述のように、香港で実験が進んでいるFeliCaはSuica等の一部事業者の要求水準を満たせない可能性が高いため、全面導入というのはまだ難しそうだ。一方でKIOSKや店舗などでの物販での決済にはそれほど速度が要求されないため、特に「Edy」「nanaco」「WAON」などでは導入のハードルがそれほど高くないとみられる。また非常に高い速度を要求するSuicaにおいても、物販等を中心に一部利用事業者に対して100msという速度基準を緩和し、遅い通信での利用を許容しているといわれる。実際、「シンクライアント」と呼ばれる暗号化データをそのままクラウド上のサーバへと送信する安価なPOS端末ソリューションが出回っていることもあり、用途によって速度基準を変えているようだ(インターネットを経由すると1秒近いロスが発生することがある)。

今後日本での動向を予測すると、MasterCardのPayPassやVisaのpayWaveに対応した非接触決済端末が広く普及すると同時に、既存のFeliCa事業者の一部がType A/BベースのUSIM方式でのテストを実施し、利用のハードルが下がっていくと思われる。まだ数年を要するとは考えられるが、交通系やアクセスコントロール等の一部用途を除いて、今後こうしたソリューションへと置き換わっていくだろう。

(記事提供:AndroWire編集部)