QRコード決済が普及した中国において、2強のひとつとして知られるのがテンセントの「WeChat Pay」だ。訪日外国人の増加が続く日本においても、インバウンド需要を見込んで導入する企業が急増しているという。

  • 阪急阪神百貨店がWeChat Payを利用した化粧品の事前注文サービスなどを開始

その中でも大阪を中心に百貨店を展開する阪急阪神百貨店は、WeChat Payの活用に積極的だ。一時の「爆買い」ブームは去ったとの指摘がある中で、訪日中国人の取り込みを進める狙いはどこにあるのだろうか。

決済だけではないWeChat Pay、マーケティングに有用

大阪・梅田の阪急本店では、訪日外国人による免税売上310億円のうち、8割を中国本土からの訪日客が占めているという。その買い物体験を向上させるべく、2017年から試験的に導入してきたのがテンセントの「WeChat Pay」だ。

現在では全国14店舗のうち、食料品中心の小型店などを除いた9店舗に導入する。決済以外にも、WeChatを活用したマーケティングを展開しており、中国国外で初めて「旗艦百貨店」の認定を受けている。

  • テンセントからWeChat Pay活用で認定を受けた「スマートフラグシップ百貨店」に

中国のQRコード決済として知られるWeChat Payだが、その機能は決済だけではない。LINEのようなメッセージングアプリであるWeChatは、中国で月間11億人が利用する。そのユーザー基盤の上にWeChat Pay(月間8億人が利用)など、さまざまなサービスを展開しているのが特徴だ。

たとえばWeChatのアプリ内には「ミニプログラム」と呼ばれるアプリ内アプリの仕組みがある。WeChatのアプリから阪急阪神百貨店の機能を呼び出し、テーブルオーダーや店舗案内、VIP客向けの会員カードを利用できるのだ。

  • WeChatアプリのミニプログラムから

実際に阪急阪神百貨店のレストランでは、WeChat Payを利用したテーブルオーダーの導入を進めている。テーブルごとに置かれたQRコードをアプリで読み取ると、メニューの説明や原材料を中国語で確認できる。アプリ上で注文と決済もできるため、店員にとっても接客の手間が減り好評だという。

  • 阪急うめだ本店のしゃぶしゃぶ店が導入した、WeChat Payテーブルオーダー

店舗内のガイドマップもWeChatのミニプログラムで提供しており、自分のスマホでいつでも調べられる。VIP客に配っている会員カードは中国に置いてきてしまう客が多いことから、WeChatのアプリに登録できる電子化を導入した。

これらのサービスに共通するのが「買い物のストレスを減らす」との方向性だ。訪日客が日本での買い物体験を投稿したWeChatの口コミや、3万5000人のフォロワーを持つ阪急阪神百貨店のWeChat公式アカウントを通して、リピーターを獲得していくことがその狙いといえる。

「爆買い後」を見据えた戦略、国内勢が目指す姿か

新サービスとしてWeChatを利用した化粧品の事前注文も開始した。中国では越境ECの規制があることから、家族や友人から買い物を頼まれることが多いという。事前注文なら専用カウンターで素早く受け取れるため、余った時間に別のショッピングや観光を楽しめるというわけだ。

  • WeChatを利用した化粧品の事前注文サービスを開始した

中国の経済成長は鈍化しており、2015年には流行語にもなった「爆買い」は終わったとの見方がある。だが阪急阪神百貨店の荒木直也社長は、「一時的に消費は落ち着いているが、中国市場は巨大だ。長期的な視点で情報発信や利便性向上に取り組みたい」と語った。

  • 発表会の囲み取材に応じた阪急阪神百貨店の荒木直也社長(左)とテンセントWeChat Pay副総裁のフリーダム・リー氏(右)

テンセント側は阪急阪神百貨店での買い物に40中国元の割引クーポンを提供するなど、日本市場の開拓を加速している。インバウンド需要の増加を背景に、日本でWeChat Payを導入した企業は2019年6月までに前年同期比で665%と急増しているという。

  • 40元の割引クーポンのキャンペーンも

今後の展開として気になるのが、日本人向けサービスへの応用だ。荒木社長はテンセントと組む理由として、「優れたマーケティング会社だ。中国ではスマートライフが進んでおり、テンセントとの取り組みが今後は日本のお客様へのマーケティングにつながる」と説明した。

日本でWeChatに近い位置にあるのはLINEだろう。メッセージングのユーザー基盤の上に決済やミニアプリなどの仕組みを導入している。他の事業者も同様に、アプリによる決済を軸としながらポイントや金融などの連携を進めているが、WeChat Payはそれらが描く未来を先取りした存在といえそうだ。