東京大学(東大)と産業技術総合研究所(産総研)は5月15日、「窒化ホウ素(BN)フィラー」と、環動高分子の「ポリロタキサン」(PR)を複合化し、金属のように熱を通す絶縁体のゴムシートを開発したことを共同で発表した。

同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の長谷川瑠偉大学院生(産総研 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(オペランドOIL) リサーチアシスタント兼務)、同・井上健一大学院生(現・名古屋大学低温プラズマ科学研究センター 特別研究員)、同・宗岡均助教、同・伊藤剛仁准教授、同・伊藤耕三教授(現・東大特別教授)、同・寺嶋和夫教授(オペランドOIL 特定フェロー兼務)、オペランドOILの桐原和大主任研究員、同・伯田幸也ラボ長、産総研 ナノ材料研究部門の清水禎樹部門長らの共同研究チームによるもの。詳細は、ポリマーや強化材を含む複合材料などに関する全般を扱う学術誌「Composites Part A:Applied Science and Manufacturing」に掲載された。

デバイスの高機能化や小型化に伴い、電子部品からの発熱密度が拡大し続けており、その熱を放熱部品に逃がして電子部品の昇温と誤動作を防ぐ、放熱シートの「熱層間材」が求められている。熱層間材は、シートの厚み方向の高い熱伝導性だけでなく、さまざまな形の電子部品に密着して熱を受け渡すための柔軟性や、外部から電子部品を電気的に保護する絶縁性も併せ持つ必要がある。しかしこれまでのところ、金属並みの10W/mK以上の熱伝導率と、ゴムのような柔らかさの指標となる100MPa以下のヤング率に加え、電気絶縁性をも兼ね備える熱層間材は実現されていなかったことから、研究チームは今回、その実現を目指すことにしたという。

  • BNフィラーを配向させた高熱伝導性ゴムシート

    (左)BNフィラーを配向させた高熱伝導性ゴムシート。(右)今回の技術ポイント(出所:東大大学院 新領域創成科学研究科Webサイト)

PRは、直鎖高分子(ポリエチレングリコール)と、その上で動く環状分子(シクロデキストリン)からなる「超分子」の一種で、その環状分子を架橋点とするゴムは、伸びやすくちぎれにくい性質を持つ。フィラーとは、プラスチック(樹脂)やゴム、塗料などに機械強度や機能性の向上のために添加される物質のこと。金戒の研究では、PRに均一にフィラーを分散させる手法として、研究チームが得意とする水中プラズマ処理により表面に水酸基などの官能基を導入(改質)する方法が用いられた。

  • ゴム複合材料中のBNフィラーの電界配向と構造評価結果

    ゴム複合材料中のBNフィラー(平均粒径7μm)の電界配向と構造評価結果。(左)X線回折パターン。電界印加の無い場合に大きな(002)面のピーク強度が、電界印加によって小さくなると共に、(100)面や(101)面のピーク強度が大きくなり、平板状フィラーが厚み方向に配向したことが示されている。(中央)BNフィラーと高分子の複合化の模式図。電界印加無し(下)に対し、パルス交流電界の厚み方向印加でフィラー配向が可能。(右)X線CT像。黒色のBNフィラーが電界印加方向に整列する像が確認できる(出所:東大大学院 新領域創成科学研究科Webサイト)

BNは窒素とホウ素からなる化合物で、中でも六方晶窒化ホウ素は固体潤滑剤として利用されるほか、電気絶縁体であり、392W/mK(20℃)という高い熱伝導率も示す。そのBNを用いたBNフィラーは、板状の単結晶構造を持ち、板面に沿った方向に高い熱伝導性を持つため、ゴムと複合化する際にフィラーの板面が互いにそろうように配向させる必要があった。しかし、表面改質したフィラーを高分子溶液中で配向させる際、従来の「正弦波交流電界」では電界強度の不足や、長時間の印加で生じる誘電加熱により溶液のゲル化が促進され、十分な配向ができなかったという。そこで今回の研究では、パルス交流電界が採用されることになり、その上で電極配置の改良も行うことで、電界強度が従来の50倍に高められた。これにより、短時間の印加で高分子のゲル化を抑制しながらBNフィラーの配向度を高めることが可能になったとする。

  • BNフィラー複合ゴムシートの熱伝導率

    BNフィラー複合ゴムシートの熱伝導率。平均粒径が7μmと0.2μmの2種類のフィラーを9:1の割合で、合計65重量%の濃度で複合化。(左)ポリロタキサンを構成する高分子を架橋させる際に電界印加を行わない場合。平板上フィラーが自然にシート面内配向して積み重なるため、面内方向の熱伝導率が厚み方向の2倍以上の値を示す。(右)高分子を架橋させる際にパルス交流電界印加を行った場合。厚み方向の熱伝導率が面内方向に比べ3倍程度となり、異方性が変化している(出所:東大大学院 新領域創成科学研究科Webサイト)

また、正弦波交流電界印加では、フィラー濃度が30重量%以上では配向困難であることが報告されていた。それに対して今回のパルス交流電界印加では、最大65重量%でも配向を示すことができたという。実際に、パルス交流電界印加されたBNフィラーとゴムの複合シートでは、厚み方向の熱伝導率が金属並みに高い11W/mKの値が示されたとした。

同時に、今回開発されたシートはヤング率が58MPaとゴムレベルの低い値を示し、体積電気抵抗率は1.9×1011Ωcmであり電気的に絶縁体であることも確認されたとする。研究チームが2018年に高い放熱性能を持つゴム複合材料を発表したが、それに対して今回は、低いヤング率を維持しつつ、シートの厚み方向に1桁高い熱伝導率が実現された形だ。金属のように熱を通しながらも絶縁体で、ゴムとしての柔軟性も併せ持ったシートであり、多くの電子デバイスの放熱に応用可能な、新しい熱層間材の実用化が期待できるとした。

  • ヤング率と熱伝導率の関係

    ヤング率と熱伝導率の関係。従来工業材料と今回のゴム複合シートの比較。図は、M.F.Ashby,and Y.J.M.Brechet,Act.Mater.,2003,51,5801を参考にプロットされたもの(出所:東大大学院 新領域創成科学研究科Webサイト)

研究チームは今後、フィラーの電界配向条件や複合化条件をさらに最適化し、熱伝導性と柔軟性の向上を図るとする。また企業と共同で、熱層間材の実用性能や耐久性を高める研究を行い、放熱シートとしての実用化を目指すとしている。