東京大学(東大)と情報通信研究機構(NICT)の両者は4月26日、超高磁場のfMRIを用いた検証を行い、同じ匂いを嗅いだ場合でも、その匂いに対して異なる「言葉ラベル」(その匂いを表す言葉)を与えられると、ヒトは匂いの感じ方、および「一次嗅覚野」の脳活動が変化することを明らかにしたと共同で発表した。

  • 言葉ラベルが、ヒトの匂いの感じ方・脳活動に与える影響

    言葉ラベルが、ヒトの匂いの感じ方・脳活動に与える影響。同じ匂いに異なる思い込みを与えるために、今回の研究では、1つの匂いに対し、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉ラベルがそれぞれ同時に呈示され、その際の主観評定、および一次嗅覚野の脳活動が比較された(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科の岡本雅子准教授、同・東原和成教授、大阪大学大学院 生命機能研究科の西本伸志教授、NICT 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センターの黄田育宏副室長らの共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトの脳マッピングに関する全般を扱う学術誌「Human Brain Mapping」に掲載された。

ヒトは言葉や概念を扱うことができるため、複雑な事象や物体なども端的に表すことが可能だ。たとえば、「胴体を中心に、上部には脳や感覚器官を備えた1つの頭、両脇には精密な作業も行える1対の腕・手、下部には長距離を移動できる1対の脚、そして胴体内部には心臓や肝臓などの重要な臓器を備えた、現在地球に80億が生息している知的生命体」などと長々と特徴を説明しなくても、「ヒト」や「人類」などといった一言で間に合う。

このように、言語や概念により世界を認識したり理解したりしやすくなっている一方で、同時にそれらによる影響を受ける(思い込みが生じる)可能性もあり、五感が捉えた世界に対する認識が変化することもある。特に、匂いの感じ方は匂いを表す言葉(今回の研究では言葉ラベルと定義)の影響を強く受けることが知られていて、言葉ラベルがヒトの匂いの脳内情報伝達に与える影響を解明することは、ヒトが世界をどのように認識するのかを理解する上で重要な足がかりとなるという。しかし、言葉ラベルが脳情報処理に与える影響は、十分に解明されていない状況だった。

一次嗅覚野は、匂いの感じ方との密接な関係が知られる脳領域だ。しかしこれまでの研究では、一次嗅覚野よりも下流の「前頭眼窩野」や「前帯状皮質」といった領域において、言葉ラベルの影響が報告されていたとのこと。一次嗅覚野における言葉ラベルの影響が解明されていない理由の1つには、同領域が非常に小さいため、言葉ラベルの影響を検出するのが困難だった可能性があるという。

そこで研究チームは今回、高解像度な計測が可能な超高磁場fMRIを用い、従来よく用いられてきた3mm角の解像度と比較すると27倍もの解像度にあたる1mm角の空間解像度で、一次嗅覚野の脳活動を検証。また同じ匂いに対して異なる思い込みを与えるため、1つの匂いに対して、その匂いの名前として違和感のない2つの言葉ラベルをそれぞれ同時に呈示したという。それに加え、この実験系で匂いの感じ方が変化するのかどうかを検証するため、言葉でラベルされた匂いの主観的な感じ方の違いについての評定も実施したとする。

まず主観評定を検証したところ、同じ匂いに対して同じ言葉がラベルされた場合に比べて、2つの異なる言葉がラベルされた場合の方が、これまで知られていた結果の通り、匂いをより違って感じることが示されたという。このことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると、匂いの感じ方が変化することが改めて示されたとした。

次に、一次嗅覚野の脳活動に対して脳情報デコーディング解析が行われた。その結果、同じ匂いに対して2つの異なる言葉がラベルされた場合に、その活動の空間的なパターンが異なることが示されたことから、同じ匂いであっても異なる言葉ラベルが与えられると、一次嗅覚野の活動が変化することが示されたとする。

最後に、一次嗅覚野の活動が言葉によって変化するメカニズムを探るため、同領域と嗅覚野以外の領域について機能的結合解析が実施された。すると、一次嗅覚野と、言葉や記憶の処理に関わる脳領域とが連携して機能していることが示唆されたという。

今回の研究成果によって、ヒトの匂いの脳内情報処理の一端が解明された。匂いの脳内情報伝達経路の中でも、上流に位置する一次嗅覚野に言葉ラベルの影響があったことは、ヒトにおける匂いの脳内情報処理機構、ひいてはヒトがどのように世界を認識するのかを包括的に理解するための足がかりとなることが期待されるという。また研究チームは、産業応用の面において、今回用いられた脳活動から匂いの微細な違いを読み出す技術が、香料のもたらす印象を予測する技術への足がかりになることが期待されるとしている。