東北大学は1月30日、化学材料の組成探索を「量子アニーリング」と、機械学習技術の「ベイズ最適化」手法を連携させ、新規組成探索を実施した結果、これまで未探索であった目標特性値を持つ新規化学材料の組成を発見したことを発表した。

同成果は、東北大大学院 情報科学研究科の大関真之教授らと、LG Japan Labの共同研究チームによるもの。詳細は、基礎および応用計算科学に関する全般を扱う学術誌「Frontiers in Computer Science」に掲載された。

量子アニーリングとは?

量子アニーリングは、極低温の原子や分子などの非常に小さいスケールにおいて存在する、結果が確率的に変動する「量子揺らぎ」を利用して、揺らすことで引っかかりのない安定した配置へ誘導する仕組みの量子コンピューティング技術の一種。回答を得るのに時間がかかってしまうため、従来のコンピュータが苦手としてきた「巡回セールスマン問題」のような組み合わせ最適化問題に適した解法として活用されている。

量子アニーリングは、1998年に東工大の門脇正史大学院生(研究当時)と西森秀稔名誉教授から提案され、現在ではカナダのD-Wave Systemsがその原理に従ったコンピュータを発売するなど、量子コンピュータとして活用が進められつつあり、実社会においても効率的に組み合せ最適化問題を解決していこうという機運が高まりつつある。ただしその利用には、数式によるプログラミングが必要となり、いわばパズルのルールを明示的に書き下す必要があった。

また、複雑な化学現象を背景に持つ材料の開発、実際の動作がもたらす影響を考慮する必要があるロボティクス、複雑なルールの絡んだ工程を含む製造プロセスなどの分野において、明示的に数式で表現することが困難である場合や、得られた結果を実際に検証する時間的・資源的なコストがかかる場合には、量子アニーリングマシンの計算速度の恩恵を受けることが難しいという問題を抱えていた。

量子アニーリングマシンとベイズ最適化で未探索だった目標特性値を持つ新規化学材料を発見

そこで研究チームは今回、量子コンピューティング技術において注目されがちな計算の速度という観点ではなく、量子力学を利用した効率的な探索性能に注目することにしたという。そして、実際の化学材料の組成探索において、量子アニーリングマシンとベイズ最適化という枠組みを利用し、これまで未探索だった目標特性値を持つ新規化学材料を発見することにしたとする。

ベイズ最適化とは、可能な限り少ない回数でブラックボックス関数の性質を理解し、この関数を最適化することを実現するための手法であり、その基本的な考え方は、既存のデータセットからブラックボックス関数をモデル化する代理関数を定義することから始まる。そして、その代理関数に基づき、ブラックボックス関数の次の探索点を決定する獲得関数を定義した後、獲得関数を最適化することで得られた次の探索点を実際にブラックボックス関数で評価し、得られた入出力関係を既存のデータセットへ追加し、代理モデルを更新。この手続きを反復することで、ブラックボックス関数の最適化を目指すというものだという。

実際の研究においては、これまで未探索だった目標特性値を持つ新規化学材料を発見することに成功。科学的に新しい帰結を得るために膨大なデータを対象にした分析を行う学問を「データ駆動科学」というが、今回の研究成果は、量子アニーリングによるデータ駆動科学の端緒を開く画期的な成果になるとする。

また今回の研究で用いられたアプローチは、化学材料の組成探索に限らず、製造工程の最適化など、産業の実社会課題への適用も期待できるという。今後も東北大では、基礎研究から得られた知見を、企業との共同研究などを通じてさまざまな産業の課題解決に役立て、社会に還元していくとしている。

  • 縦軸が得られた頻度、横軸が物性値

    縦軸が得られた頻度、横軸が物性値。赤い点線は、望ましいターゲット材料特性値として定義したカットオフ値(0.880)が示されており、ここに相当するデータが多く生成されることを目指しているという。最下部のrandom samplingの結果と比べ、4つの図で示す提案手法については初期データセットからカットオフ値に近いものを多く生成している様子が読み取れる (出所:東北大プレスリリースPDF)