NECプラットフォームズは8月29日、同社の掛川事業所内に新設した工場「新A棟」の報道関係者向け見学会を開催した。同施設は2023年8月より本格稼働を開始しており、今回初めて報道関係者に工場内部が公開された。

同社の掛川事業所では、NECグループで提供しているネットワーク関連機器や組み込み製品、車載製品などの開発・製造を行っている。

見学会では、主にホームネットワーク製品を製造している新A棟の設備面の特徴とともに、新たに導入されたAGV(無人搬送車)とAMR(自立走行搬送ロボット)を組み合わせた自動搬送システムや、2023年1月に発表された量子コンピューティング技術を活用した生産計画立案システムの現場での運用例が紹介された。

  • 掛川事業所に建設された「新A棟」の外観

    掛川事業所に建設された「新A棟」の外観

生産ラインごとのセグメンテーションでサイバーセキュリティを強化

新A棟は地上4階建て、延べ床面積は1万5632平方メートルで、主に5Gモバイルルータ、5Gホームルータ、ホームゲートウェイ、企業向けLANスイッチ、無線LAN製品などを製造している。

NECプラットフォームズは中長期的にネットワーク関連機器を安定供給すべく、国内の生産体制強化の一環として今回、新工場を建設したという。背景には、サプライチェーン網の強靭化や経済安全保障への対応に向けた生産体制の高度化、生産年齢人口の減少による人手不足など、経済・社会的な動向がある。

長年、NECグループのものづくりを担ってきた経験・ノウハウを活かし、新A棟では製品品質と物流効率を高めるため2階から3階、4階へと、上に向かって製造工程が進むようにしている。2階には表面実装部品の製造工程を設け、3階から4階で後付け部品の製造や製品の組み立て・検査・梱包などの後工程を行う。

  • 「新A棟」のフロアレイアウト

    「新A棟」のフロアレイアウト

ICカードと顔認証を組み合わせた入退出システムによる人の入出管理や、カメラによるフロア全域の監視などセキュリティ対策にも力を入れる。塵・ホコリや浮遊微生物の発生を抑えるために各フロアの入り口にエアシャワー付きのバスボックスを設置するほか、AGV用と作業員用のエアシャワーも導入した。

また、新A棟の屋根には太陽光パネルを設置し、自家消費型の太陽光発電システムを導入している。同システムでは年間約281Mwhの発電量を見込んでおり、新工場の消費電力の約10%を再生可能エネルギーで賄い、約120トンのCO2(一般家庭約40世帯の年間排出量に相当)を削減できる予定だという。

掛川事業所の責任者であるNECプラットフォームズ 執行役員の石塚直美氏は、「新工場ではローカル5GやAMR、量子アニーリング技術などの先端技術を導入し、サイバーセキュリティとBCP(事業継続計画)の考え方を取り入れた『セキュア生産』を採用した。加えて、ISO14644-1が分類したクリーンルーム清浄度のうち、クラス7相当のクリーン度(清浄度)を目指す運用をしている点が特徴となる」と説明した。

  • NECプラットフォームズ 執行役員 石塚直美氏

    NECプラットフォームズ 執行役員 石塚直美氏

特に、セキュア生産においては業務に応じて入退出可能な区画を設定し、前述の入退出システムを導入してフィジカルセキュリティを強化するほか、生産ラインのネットワークのセグメンテーションを行い、UTM(Unified Threat Management、総合脅威管理)機能などを搭載したセキュリティ機器を導入することでサイバーセキュリティリスクの軽減も図っている。

  • 「新A棟」で採用した「セキュア生産」のイメージ

    「新A棟」で採用した「セキュア生産」のイメージ

プリント基板への部品実装で量子コンピューティングを活用

見学会では2階のプリント基板の生産ラインと、4階のホームネットワークおよびビジネスネットワーク機器の組み立て・出荷ラインを見学できた。

2階の製造フロアには、プリント基板の上層階への搬送用にバーチレーターが導入されている。同機器により、荷物を水平にしたまま連続的に上下の搬送ができるため搬送の効率化が図れる。また、廊下やエレベーターなどを経由しないので、搬送中に塵・ホコリなどが混入するリスクを抑えられるという。

  • クリーン度強化のために新規導入したエアシャワーやバーチレーターなど

    クリーン度強化のために新規導入したエアシャワーやバーチレーターなど

プリント基板の製造では4つの生産ラインが設けられており、3人のオペレーター(作業担当者)が作業している。各オペレーターには、ラインリーダーから作業内容が割り振られる。

生産ラインは顧客の要望や納期などに合わせて稼働するため、毎回同じものを製造するわけではない。そのような状況で、オペレーターはこれまで割り振られた作業内容を確認し、自分で手順を判断して作業を進めていた。時には作業の重複や進捗遅れなどが発生し、リーダーが作業を担当することもあったという。また、リーダーも作業の割り振りを計画するのに時間がかかっていたそうだ。

今回、新A棟では電子部品をプリント基板に実装する工程で、量子コンピューティング技術を活用した生産計画立案システムを導入した。同システムでは膨大な作業手順の組み合わせから、数分で最適な作業手順を導き出すことができるという。現場では、同システムと「人作業ナビゲーションシステム」というオペレーターに作業を割り振るためのシステムと連携させている。

オペレーターにはタブレットが配布され、人作業ナビゲーションから作業内容の一覧が届くようになっている。オペレーターは一覧の上から順番に作業をすることで、最も効率的な順番で作業を進められる。作業手順は、各ラインの作業進捗状況を加味しながら柔軟に変更可能だ。

  • タブレットに映し出された「人作業ナビゲーションシステム」

    タブレットに映し出された「人作業ナビゲーションシステム」

定時・定ルートのAGVと自律走行のAMRで製品搬送を効率化

製品の組み立て・出荷ラインのある4階では17ラインが稼働しており、8台のAGVと17台のAMRが、部品や完成品の自動搬送を行っていた。

NECプラットフォームズは、部品・製品の自動搬送とそのためのレイアウトを生産システムの土台であると捉えている。元々、掛川事業所の工場内では部品などの搬送にAGVを活用していたが、新A棟ではさらなる生産効率化に向けてAMRが追加で導入された。なお、AGVとAMRを併用しているのは4階のみだ。

2階および3階で製造された部品を用いて、4階のオペレーターは組み立て作業を行って、完成品を箱詰めする。オペレーターの傍ではAMRが待機しており、完成品が詰められた箱を載せると、同フロア内の集荷所に運ばれる。箱の数が一定以上になると、今度はAGVが集荷場に箱を引き取りにやって来る。最終的には箱を載せたAGVがエレベーターに乗り、1階まで降りて、AGVは配送フロアのある別の棟まで移動する。

AGVとAMRは、自律移動ロボット管制ソフトウェア「NEC マルチロボットコントローラー(MRC)」で管理している。MRCでは複数台のタイプが異なるロボットを集中的に制御することが可能だ。

  • 「NEC マルチロボットコントローラー(MRC)」の画面イメージ

    「NEC マルチロボットコントローラー(MRC)」の画面イメージ

磁気センサを搭載したAGVは黄色い磁気テープに沿って走行するのに対して、AMRはMRCのシステム上で設定された仮想の走行エリア(グリッド)の範囲を走行する。

  • 黄色い磁気テープに沿って走行するAGV

    黄色い磁気テープに沿って走行するAGV

AMRにはカメラが搭載されている。撮影した画像をMCRと常時やりとりすることで、AMRは周囲の状況を把握しながら、渋滞を回避する最適なルートを自動で算出して走行できるという。MRCでは同時にAGVの位置情報も活用している。例えば、AGVとAMRが交差する箇所では、AGVが通路の交差点を通過するタイミングで、システム上で仮想的に遮断機を下ろすことでAMRの通行を制限している。

  • MRC上の仮想走行エリアを走行するAMR。見学会でもAGVのルートと交差するように走行していた

    MRC上の仮想走行エリアを走行するAMR。見学会でもAGVのルートと交差するように走行していた

AMRとの映像データのやりとりにはローカル5Gネットワークが利用されている。ローカル5Gのアンテナ1台で2430平方メートルある4階の生産フロア全域をカバーできているそうだ。

カメラ映像という大きなサイズのデータをやりとりし、多台数のロボットをリアルタイム制御するため、ある程度の容量・回線速度があり専用回線として利用できるローカル5Gが採用されたそうだ。なお、NECグループの製造現場でローカル5Gを実運用するのは掛川事業所が初となる。

  • 4階の天井に設置されたローカル5Gのアンテナ

    4階の天井に設置されたローカル5Gのアンテナ

NECプラットフォームズでは、AGVを定時・定ルートで移動する「貨物列車」、AMRを小さな単位でも柔軟に搬送可能な「宅配便」に見立てて、今後も自動搬送の運用を続けていく計画だ。同社は今回導入した、先端技術を活用した製造工程の自働化・高度化の仕組みを活用することで、掛川事業所全体で生産効率の30%向上を目指す。