海洋研究開発機構(JAMSTEC)と名古屋大学(名大)は7月31日、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミック時の世界的なロックダウンにより、大気中で作られる人為的なエアロゾル量がどの程度変化し、地球の熱エネルギーバランスにどのような影響を与えたのかを解明したと発表した。

同成果は、JAMSTEC 地球環境部門 地球表層システム研究センターの関谷高志研究員、NASA ジェット推進研究所(JPL)の宮崎和幸研究員、名大大学院 環境学研究科の須藤健悟教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

人類活動によって排出される窒素酸化物(NOx)や二酸化硫黄(SO2)などから、大気中で生成される硫酸塩・硝酸塩などの人為的なエアロゾルは環境に大きな影響を与えている。それらは大気汚染の産物だが、地球温暖化に関しては太陽光を散乱させて地上に到達するエネルギーを減少させる「日傘効果」などにより、「ブレーキ」的な効果を有しているという。

  • 2020年1~6月のロックダウンによるNOx(左)と、SO2(右)の排出量の変化

    2020年1~6月のロックダウンによるNOx(左)と、SO2(右)の排出量の変化。JAMSTECとNASA JPLで開発されたデータ解析システムを、ESAによる衛星観測と組み合わせて推定した結果が示されている。(出所:JAMSTEC Webサイト)

COVID-19により世界的にロックダウン措置などが取られ、その結果社会経済活動が急激に低下したことから、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスとエアロゾルのどちらも排出量が減ったとされる。シミュレーションでは、アクセルもブレーキも緩むことで相殺し合い、地球規模の気候変動に検出可能なほど大きな変化はもたらされないと報告されていた。しかし、評価の前提となる排出量や濃度の変化については、この時点では情報が限られており、詳細な評価が待たれていたという。

  • 2020年4月のロックダウンによる対流圏大気中の硝酸塩エアロゾル(左)と、硫酸塩エアロゾルの平均濃度の変化

    2020年4月のロックダウンによる対流圏大気中の硝酸塩エアロゾル(左)と、硫酸塩エアロゾルの平均濃度の変化。硝酸塩と硫酸塩は、それぞれ主にNOxとSO2から大気中の化学反応で生成される。排出量減少の推定値と全球化学気候モデルを組み合わせて推定した結果が示されている。(出所:JAMSTEC Webサイト)

  • 米国東部、欧州、中国東部地域における2020年4月と2015~2019年4月平均の間のNASA衛星観測によるエアロゾル光学的深さの変化(オレンジ色)と、排出量推定値と全球化学気候モデルを組み合わせた二次エアロゾルのエアロゾル光学的深さの変化(青色)

    米国東部、欧州、中国東部地域における2020年4月と2015~2019年4月平均の間のNASA衛星観測によるエアロゾル光学的深さの変化(オレンジ色)と、排出量推定値と全球化学気候モデルを組み合わせた二次エアロゾルのエアロゾル光学的深さの変化(青色)。これらの地域では、ロックダウンによりエアロゾルによる太陽光の散乱・吸収量が減少することに伴い、地表に到達するエネルギー量が増加、その変化には人為的エアロゾルのエアロゾル光学的深さへの寄与が大きいことが示されている。(出所:JAMSTEC Webサイト)

人為的なエアロゾルの評価のためには、自然由来とは区別する必要がある。衛星観測ではそれができないため、ロックダウンに伴う社会経済活動の変容が、エアロゾルに与えた影響のみを取り出すことは困難だ。そこで研究チームは今回、従来とは異なるアプローチを用いて、ロックダウンによる影響の定量的な評価を試みることにしたという。

まず、JAMSTECとNASA JPLが開発した、大気物質を同時に取り扱える複数のデータ同化システムが欧州宇宙機関(ESA)の衛星観測データに応用され、NOx・SO2排出量の変化が算出された。その上で、ロックダウン時の人為的なエアロゾル量への影響度と気候への波及効果の評価を行うことで、これまでの課題を解決し現実的な排出量変化に基づく評価を可能にしたとする。

まず、衛星観測とデータ同化システムを組み合わせた推定から、NOxとSO2の2019年(平時)と2020年の排出量推定を詳細に比較し、ロックダウンの影響が定量的に評価された。それにより、2020年4月に主要排出地域(東アジア、北米、欧州)のNOxとSO2の排出量がそれぞれ19~25%、14~20%減少と推定された。

その上で化学気候モデル「MIROC-CHASER」を活用し、ロックダウン中のNOx・SO2排出量の減少が、地球規模のエアロゾル量にどの程度の影響を与えたのかが見積もられた。その結果、特に中国東部、米国東部、欧州では、短期的に人為的なエアロゾル量が8~21%減少したことが突き止められた。

これは、NOx・SO2排出量減少がロックダウン時のエアロゾル変化に大きな寄与を与えたことを示唆するものだという。また、モデルの詳細分析によりSO2排出量の減少が、NOx排出量の減少によるエアロゾルの減少を部分的に打ち消すなど、複雑な生成メカニズムも同時に確認されたとした。

最終的に、これらの結果に基づいてロックダウン時のエアロゾル量の減少が、地球全体の熱エネルギーバランスにどのように影響するのか定量的な評価が行われた。その結果、エアロゾルの日傘効果が薄れ、地球に入る正味の熱エネルギーは0.14W/m2増加していることが推定されたとする。ロックダウンがほかの大気物質を通じて熱エネルギーバランスに与えた影響と比較すると、エアロゾルの昇温効果の方がCO2減少の冷却効果、対流圏オゾンの冷却効果よりも大きいことが判明した。

今回の研究成果からは、エアロゾルによる打ち消しでCO2排出量の削減効果が見えにくくなることが示されているという。これは逆説的に、今後の気候安定化のためには、エアロゾル量の削減が引き起こす昇温を打ち消すほどの、さらなるCO2排出削減努力が必要になることを示唆しているとした。

研究チームは今後、CO2に次ぐ温室効果ガスであるメタンについても、排出量変化から気候影響までを一貫して評価可能にするためにデータ同化システムを強化し、社会経済活動と大気物質その気候への波及効果を統合的に明らかにしていく計画とした。