――改めて、当時『クイズ!年の差なんて』は、どのように立ち上がったのですか?
王:ある時会議で、若いスタッフに、尾崎紅葉の『金色夜叉』を「なんて読む?」って聞いたら、「きんいろよるまた」って本当に言ったんですよ。それを聞いて笑ってたら、その子に「王さん、若い子は今こういう言葉をしゃべってるんですよ」「そんなことも知らないですか?」って言われて、がく然としたのと同時に、このジェネレーションギャップはクイズゲームになるって思ったんです。
坂上:今回やってみて思ったんですけど、アダルトチームの方が、「これ分かんないだろうな」っていう問題を当てたり、「これは分かるんじゃないの?」っていう問題にこっちが想像できない答えを書いたりして、そこからヤングチームの人も入ってきて、世代を超えて楽しいお話になっていくんですよ。生意気なんですけど、やっぱりうまくできた番組だなあって思いましたね。
――アダルトとヤングが実は一緒にチームプレーをしていたんですね。その感じも、当時と変わらなかったですか?
王:変わってないですね。
坂上:ご本人は一生懸命考えてるんだけど、とんでもない答えが出たときに、そこから自然と会話が生まれるので、司会が何かやろうという感じじゃなくて、答えを待っていればネタが出てくるような感覚がありましたね。これは、解答者だった当時には気づかなかったです。
――そうやってスタジオが盛り上がるの同じように、お茶の間で見てる側も親子で会話が盛り上がる番組だったんですよね。
坂上:そうだと思いますね。
王:まさに当時はコンセプトとしてそれを狙って作っていましたね。ジェネレーションギャップというテーマは未来永劫で、形を変えるかもしれないけど、これからもできるものだなと思いました。
――王さんの手がけた番組は『年の差なんて』以外でも、『なるほど!ザ・ワールド』はレギュラー終了後に復活版が何回も放送されましたし、『ドレミファドン!』は今も特番として続いており、長く愛されるものばかりです。
王:本当にありがたいですね。ただ、『なるほど』はインターネットが発達してしまい、海外の情報がすぐ調べられるようになったので、今はなかなか難しいのかなと思います。
■高島忠夫さんが光GENJIの人数を答えられなかった理由
――今回の収録では、当時と同じシンキングタイムのBGMに坂上さんも「懐かしい!」とおっしゃっていましたし、形を変えて名物の「NGワード」(※)もありました。
(※)…事前に設定され、解答者がそのワードを答えてしまうと減点、相手チームに加算されるルール
王:「NGワード」は当時、スタッフが相当悩んで考えていたんですよ。勘違いしそうな答えを狙って…。
坂上:あれは結構引っかかるんですよね。僕、結構書いちゃってましたよ。
王:「これは間違えて書くだろうな…」と思って、実際に書いてくれると、サブ(副調整室)はもう「やったー!」って大喜びでしたよ(笑)。まさにスタッフと解答者の戦いでした。
――王さんは、当時の印象に残る珍解答を挙げるとすると、何でしょうか?
王:「光GENJIは何人いるでしょう?」という問題をアダルトチームに出したんです。そしたら高島忠夫さんの答えが「わからない」で、理由を聞いたら、「ローラースケートでいつも動いてるから、数えられない」って(笑)。これはもうひっくり返るほどウケましたね。あとはヒデちゃんが、やたらと石原裕次郎さんのエピソードに詳しくて、バシバシ当てるんですよ。本当は年齢サバ読んでるんじゃないかって言われてましたよね。
坂上:ありましたね(笑)