「こんなの初めて!」が恋を加速させる理由
あなたには、夢中になった恋愛ドラマがありますか? 泣いて、笑って、キュンキュンして、エネルギーチャージした、そんな思い出の作品が。この企画では、過去の名作を恋愛ドラマが大好きなライター陣が、当時の思い出たっぷりに考察していきます。
※このコラムには『過保護のカホコ』結末のネタバレが含まれます
「こんなの初めて!」という気持ちが、恋を加速させるのかもしれない――。
2017年に放送されたドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)を見ていると、そんなことを考えさせられる。
本作のヒロイン・カホコ(高畑充希)は、現代が生んだ“過保護の象徴”のような女子大生。
21歳にしてアルバイトをしたこともなければ、1人で服を選ぶことさえできない。洋服を両手に抱えては、「ママ〜どっちがいい?」と母・泉(黒木瞳)にお伺いを立てる。
カホコの年頃なら、親に「こっちの方が似合うわよ!」「そんな寒そうな格好して!」なんて言われても、自分の意志を貫いてしまいそうなもの。
だが、彼女はそのような反抗心を抱かず育った、史上最強の箱入り娘なのだ。
そんな彼女が、画家志望の苦学生・麦野初(竹内涼真)と出会ったことで、“抗菌のビニールハウス”から、“雑菌まみれの世界”へと飛び込んで行く。
ちなみに、麦野は7歳の時に母親に捨てられ、児童養護施設で育った24歳。甘やかされているカホコに対して、「お前みたいな過保護がいるから日本がダメになるんだ!」と厳しい言葉をかける。
初めて自分に向けられたトゲのある言葉に、ショックを受けるカホコ。『花より男子』で道明寺がつくしに頬を殴られた時のような……そんな衝撃を彼女は感じたのかもしれない。
人は、自分の価値観を変えてくれた人をなかなか忘れられないもの。麦野に対しての「こんなの初めて!」が、次第に恋心に変わっていくのだ。
カホコが生まれて初めて受けた“拒絶”
ピュアなカホコは、「好きだよ、初くん。カホコと付き合ってください!」とまっすぐに思いを伝える。
しかし、「ごめん、無理。悪いけどお前みたいなガキっていうか、過保護? あんまりタイプじゃないんだ」とあっさり振られてしまう。「お前みたいな世間知らずと、俺が合うわけがない」と。
それは、無償の愛を受けて育ったカホコが、初めて受けた“拒絶”だった。
自分がいくら「好きだよ」と言っても、「好きだよ」と返してくれない。愛とは時に残酷なものだ。あまりのショックに、カホコは「もう会いに行きません」と心の扉を閉めてしまう。
一方の麦野は、カホコのことを恋愛対象として見ていなかったものの、どこか喪失感を抱く。それもそのはず。カホコが、たくさんの“初めて”をもらったのと同様に、彼もカホコに“初めて”の感情を教えてもらっていたのだから。
カホコは、画家志望の麦野が描いた絵をいつも全力で肯定していた。「やっぱり、初くん天才だよ! 絶対ピカソ超えるよ!」と。
まっすぐな褒め言葉は、純粋なカホコだからこそ言えたことであり、また麦野もこれほどまでに自分の絵や存在価値を認めてもらえたのは初めてだった。
自分の思いに気づいた麦野は、カホコを呼び出してこう言うのだ。
「正直、まだ恋愛感情とか持てないけど、俺にはお前が“必要”なんだよ。お前が俺の絵を良いって言ってくれたら、それは嘘やお世辞とかじゃなくて、心からそう思ってるって信じることができる」
他人を信じることができない麦野にとって、まっすぐで嘘がないカホコの言葉は、唯一信じられるものだったのだろう。
家族のために自分を犠牲にしたり、まっすぐに誰かを想ったり……そんなカホコの温かい優しさが、凍っていた麦野の心を溶かしていく。
生きる上で、私たちが恋をする意味とは
2人は、お互いがお互いを“必要”としていたのだと思う。
カホコは、親頼みの日常から抜け出して自立するために。麦野は、母に捨てられたトラウマを乗り越え、誰かを愛するために。
相手のことが“必要”だと思う気持ちは、強い絆を生み出すものだ。
「この世界で、家族以外にも自分を必要としてくれる人がいて、いつでも会いたいって思ってくれるのって、こんなに嬉しいんだね。なんか、自分も生きてていいんだよって言われてるみたいで」
無償の愛を受けて育ったカホコが言うからこそ、深みが増す。
誰かに必要とされていると思うだけで、強くなれることがあるだろう。その“誰か”を探すために、私たちは恋をするのかもしれない。
生活の三大要素は“衣食住”だが、それに“愛”が加われば、世界はもっとパワフルになる。どんなにつらくても、ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、好きな人の手を離さないで生きていきたい。
決して忘れたくない温かさが、『過保護のカホコ』には詰まっている。
(文:菜本かな、イラスト:タテノカズヒロ、編集:高橋千里)
※この記事は2021年08月28日に公開されたものです