製品は長年の改良を経て成熟し、設計の改善点を見いだす難易度は年々高まっている。加えて、製品の高度化・複雑化が進むことで、性能向上のために検討すべき要素やトレードオフは増え、1つの設計変更にかかる工数や影響範囲は、むしろ拡大しつつある。その一方で、グローバル競争は激しさを増し、製品開発に求められるスピードはさらに加速している。こうした時代の流れの中で、限られた時間と人材で、より多くの案を検討し、より良い設計にたどり着くためには、これまでの延長線上のやり方では限界が見え始めているのだ。
こうした状況に対してが打ち出されたのが、性能予測を高速化する「Ansys SimAI™(アンシス・シムエーアイ)」と、既存形状から新たな設計案を生み出す「Ansys GeomAI(アンシス・ジオムエーアイ)」だ。これらの技術は、設計という仕事をどう変えようとしているのか。米Synopsys, Inc(以下、シノプシス)傘下のAnsys Franceのプリンシパル・プロダクトマネージャー、イリヤ・トルチンスキー氏と、アンシス・ジャパンのシニアスタッフエンジニア 、岡本氏に話を聞いた。
-

(左)Ansys France SAS Principal Product Manager AI Ilya Tolchinsky(イリヤ・トルチンスキー)氏
(右)アンシス・ジャパン株式会社 Applications Engineering, Sr Staff Engineer 岡本 竜馬 氏
製品が高度化するほど、設計改善は難しくなる
物理シミュレーションソフトウェアを幅広く提供してきたアンシスは、2024年にAIを活用したシミュレーション用のAIプラットフォーム「Ansys SimAI(以下、SimAI)」をリリース。2026 R1ではSimAIのポートフォリオを刷新し、新製品「Ansys GeomAI(以下、GeomAI)」を加えた。
その背景にあるのが、製造業の設計・開発現場が抱える構造的な課題だ。製品の機能は年々増え、検討すべき設計案も大幅に増加。エンジニアに求められるスキルも高度化の一途を辿っている。
「製品が複雑になるほど、開発に必要な労力は増えていきます。高度なスキルを持つエンジニアを見つけることも、年々難しくなっているのが現実です」とイリヤ氏は指摘する。
しかも、改善の余地そのものも小さくなってきている。たとえば自動車分野では、長年の改善によって性能水準はすでに高く、わずかな改善にも大きなコストと労力が必要になっている。
「50年前、コンピュータがない時代にも素晴らしい自動車は作られており、そこからずっと改善が続けられてきました。そのため、今はわずかな改善を実現するためにも、非常に大きな努力が要求されるのです」(イリヤ氏)
-

Ansys France SAS Principal Product Manager AI Ilya Tolchinsky(イリヤ・トルチンスキー)氏
加えて、新興メーカーの台頭もあり、グローバル競争は一層激しさを増している。開発期間は短くなり、エンジニアは限られたリソースの中で、より良い製品を生み出さなければならない。さらに日本では、人手不足という事情もある。
「特に日本のお客様からは、人手不足によるリソースの制約をAIで解決できないかというご相談を、数多くいただいています」(岡本氏)
では、AIは設計の何を変えるのか。イリヤ氏はこう語り始めた。
「AIがすべてを解決するわけではありません。今エンジニアが実際にやっている仕事を速く、シンプルにすること。そこから始めるのが大切だと考えています」(イリヤ氏)
SimAIとGeomAIは、「評価」と「発想」をどう変えるのか
設計プロセスを突き詰めると、大きく2つの問いに行き着く。1つは「性能をどう評価するか」、もう1つは「次の案をどう発想するか」だ。SimAIは前者、GeomAIは後者を大きく変える技術として位置づけられる。
従来のCAE(Computer Aided Engineering:コンピュータによる設計・解析)では計算時間の制約から、検討できる設計案の数に限界があった。そこで登場したのが、過去の解析結果を活用するサロゲートモデルだ。
しかし、従来のサロゲートモデルには課題があったと岡本氏は説明する。
「従来のサロゲートモデルは、数値と数値の関係性を学習するものでした。『ここを動かしたらここが変わる』というように、あらかじめパラメータ化された対応関係がある形状しか扱えなかったのです。SimAIはこうした制約を超えて、形状そのものを直接インプットできます。これが大きな違いです」(岡本氏)
-

アンシス・ジャパン株式会社 Applications Engineering, Sr Staff Engineer 岡本 竜馬 氏
SimAIはまた、企業が蓄積してきた過去のシミュレーションデータを学習素材として活用できる。これにより、新しい検討のたびに大量のシミュレーションをゼロからやり直す必要がなくなるのだ。イリヤ氏はSimAIを「特定の設計課題のために用意した、専用の高速なソルバー」のようなものだと表現した。
こうしたSimAIの考え方を、さまざまな企業環境で活用できるよう、2026 R1リリースでは、クラウドで提供される「SimAI Premium SaaS」と、デスクトップ版「SimAI Pro」の2つに再編された。SimAI Proは、社内のデータをクラウドに上げることに慎重な企業でも試しやすい、エントリーレベルの製品という位置づけである。
「データプライバシーへの懸念から、クラウド利用に慎重な企業が今もたくさんあります。そうしたお客様にもAIの入り口を用意したいというのが、SimAI Proを開発した理由です」(イリヤ氏)
SimAIによって、十分な回数の評価を短時間で回せるようになれば、次に問われるのは「何を評価するか」、すなわちアイデアそのものだ。従来の最適化手法では、設計者は定義済みのパラメータ範囲の中で最適解を探すほかなかった。しかし、その枠の外にこそ、新たな可能性がある。ここにGeomAIの役割がある。
「たとえば自動車のサイドミラーを設計するとしましょう。従来は、コンセプトA、B、Cといった完成形同士を比較することしかできませんでした。しかし、本当の最適解は、それらが互いに変化していく“途中の形”にあるかもしれません。GeomAIは、こうしたコンセプトの間をつなぐ連続的な空間を作り出し、その中からより良い設計を探せるようにします。私たちはこれを『コンセプト探索』と呼んでいます」(イリヤ氏)
イリヤ氏が強調するのは、GeomAIが単なる高速化のためのツールではないことだ。
「私たちが目指しているのは、より速くではなく、より良いイノベーションです。多くのエンジニアと話してきて、彼らがAIに期待しているのは単に作業を早く行うことではないと感じます。これまで思いつかなかった、より優れた新しい設計を見つけられるようになる。それが本当の希望なのです」(イリヤ氏)
創造性の主役は、あくまで人間だとイリヤ氏は続ける。
「AIはあくまでアシスタントです。人間のアイデアを起点にして、その中からより良い設計を見つけ出す手助けをする。それがAIの役割だと考えています」(イリヤ氏)
GeomAIが形をつくり、SimAIが性能を予測する──排気マニホールド事例に見る新しい設計サイクル
GeomAIの活用例として、デモ動画で紹介しているのがエンジンの排気マニホールドの設計だ。排気マニホールドは、複数のシリンダーから出る高温の排気ガスを1本の管にまとめる自動車部品である。
デモで示されたワークフローはこうだ。まず、過去に設計された排気マニホールドの複数の形状を、参照データとしてGeomAIに与える。GeomAIはそれらの既存形状に見られる共通性を踏まえつつ、新しい形状候補を生成する。生成された候補の性能は、SimAIで予測することもできるし、既存のソルバーで詳細に評価することもできる。
「たとえば自動車メーカーのように、長年にわたって多くの製品を作ってきた会社であれば、過去の設計に対する性能データがすでに手元にあります。そうしたデータを、評価に使うこともできるのです」(イリヤ氏)
誤解しないようにしたいのは、Ansys SimAI / GeomAIのAI技術が、決して既存のCAE資産や蓄積データを置き換えるものではないということ。むしろそうした資産は欠かせない基盤であり、その上にアンシスの技術を組み合わせることで、設計のサイクルを加速するのだ。
「従来、排気マニホールドのような複雑な部品では、一つの評価に時間単位の計算が必要でした。SimAIを使えば、それが秒単位で済みます。つまり、同じ時間の中で検討できる設計案の数が大幅に増えるということです」(イリヤ氏)
これまでは、デザイナーが新しい形状を考えた後、CAEの専門家が設定に時間もかけ、さらに計算にも長い時間を要するのが一般的だった。そのため、新しいアイデアへのフィードバックに数日かかることも珍しくなかったのです。
「今は、結果が数分でわかるようになっています。これは設計のワークフローを根本から変える変化です。デザイナー自身が、シミュレーションの設定方法を理解していなくても、AIモデルに新しい形状を与えるだけで即座に結果を得られる。私たちはこれを『民主化』と呼んでいます」(イリヤ氏)
ここでいう「民主化」とは、これまでCAEの専門家に委ねられてきたシミュレーションを、設計者や非CAE専任者も設計思考の延長として日常的に使えるようにすることだ。
AI技術がもたらした進化は、CAEの専門家の役割にも変化をもたらした。これまでは個別の設計案ごとにシミュレーションを実行することがCAE担当者の役割だったが、これからはAIモデルを育てるためのトレーニングデータを用意する役割がより重要になるだろう。
さらに、SimAIとGeomAIの活用は、従来シミュレーションが苦手としていた領域にも広がる可能性がある。岡本氏は、その一例として「官能評価」の話を挙げた。
「自動車の音などは、デシベルといった数値だけでは評価しきれない領域があります。『これくらいなら気にならない』『同じデシベルでも聞こえ心地が違う』という部分を、ベテランエンジニアが10点満点で採点したりするのです。こうした官能評価は、従来のシミュレーションとは相関を取るのが難しい領域でした。しかし、SimAIを使えば、形状と官能評価の関係を直接学習させることができます」(岡本氏)
AIは設計者を置き換えるものではない──シノプシスが見据える次の設計環境
シノプシスのAI活用ロードマップには、複数の段階がある。すでに実現されているのが、対話型AIアシスタントによるナレッジ支援だ。製品の使い方を自然な会話で問い合わせることができ、日本語にも対応している。そして現在注力しているのが、自然言語で製品そのものを操作できるようにする取り組みだ。
さらにその先にあるのが、エージェント型AIだ。たとえば、シミュレーション前の「メッシング」のように、労力を要する一方で直接的な価値を生みにくい工程について、AIで作業負荷を削減していく。こうした環境の実現が、シノプシスの目指す未来だ。
「将来的には、ユーザーが『この形状を、この条件で分析してほしい』と伝えるだけで、ツールが自動的に応えてくれる世界を目指しています。簡単ではありませんが、その方向に大きく踏み出せる手応えを感じています」(イリヤ氏)
シミュレーションのハードルが下がれば、活用の場はますます広がる可能性がある。イリヤ氏は、彫刻家が作品の構造を分析したり、医療の分野でシミュレーションが広く使われるようになったりといった可能性にも言及した。
こうした変化の土台となるのが、各社が長年にわたって蓄積してきた設計資産だ。日本の製造業が世界に誇る強みも、まさにそこにある。膨大な設計データと、それを生み出してきたエンジニアたちの知見は、AI時代の大きな武器になりうるだろう。エンジニアのアイデアを起点に、これまで思いつかなかった新しい設計を見つけ出す──そのためのアシスタントが、SimAIとGeomAIなのだ。
「このAI技術によってお客様がどのような新しいデザインを見いだしていくのか、楽しみでなりません」(イリヤ氏)
SimAIとGeomAIの登場で、設計の世界は大きく変わろうとしている。SimAIは検証や予測を飛躍的に加速させ、GeomAIはイノベーションの源泉となってくれる。ますます競争が激化する製造業において、シノプシスのテクノロジーこそが競争優位性の鍵となるはずだ。
ウェビナーのご案内
■ 2026年07月01日(水)14:00-14:50 自動車業界向け Ansys SimAI ×GeomAI × optiSLang 実践セミナー~ 設計・解析プロセスを変革するAI活用 ~ ■ 2026年07月10日(金)14:00-14:50 航空宇宙・防衛分野におけるAI活用設計開発
~ 高速化・形状生成・最適化の新しいアプローチ ~ ■ 2026年07月15日(水)14:00-14:50 ハイテク業界向け Ansys SimAIによる
設計・解析プロセスを変革するAI活用とSパラメータ予測の実践例
[PR]提供:アンシス・ジャパン

