プログラミングコンテストといえば、PCの画面上でアルゴリズムの正確さやスピードを競うのが一般的だ。しかし、半導体製造装置メーカーのディスコが主催する「DISCO Equipment Coding Contest(以下、DECC)」は一味違う。参加者たちは自ら書いたコードで、この日のためだけに開発された"謎の装置"を動かし、摩擦や空気抵抗といった現実の物理現象と格闘するのだ。
2026年6月に開催される「DECC 2026」は、コンテスト開始から10年目を迎えるメモリアルイヤーであり、装置を使った実機コンテストとしては7回目の開催となる。なぜディスコは、多大なコストと労力をかけてまで実機にこだわるのだろうか。
本稿では、DECCの立ち上げから精巧な装置開発までを担うDECCのスタッフに、知られざる裏話とDECC 2026の注目ポイントを直撃。そこから見えてきたのは、ディスコという企業に根付くモノづくりへの高い熱量と遊び心だった。
有志が立ち上げた、実機コンテストの原点
今回取材に応じてもらったのは、ディスコの半導体製造装置の開発を担うダイサー技術部やグラインダー技術部に所属する3名。メカ設計のプロフェッショナルであるM氏とU氏、そしてソフトウェア開発を牽引するY氏だ。
2026年で10周年を迎えるDECCだが、最初から現在のような実機を使ったスタイルだったわけではない。はじめの3年間は、オンラインの競技プログラミングサービス上で、アルゴリズム問題を解くというオーソドックスな形式だった。

株式会社ディスコ
技術開発本部 ダイサー技術部 Y氏
実機を用いたコンテストへと進化したのは7年前。その背景について、Y氏は次のように語る。
「実機コンテストが始まったのは、『ソフトエンジニア向けのコンテスト用に、装置を作れないか』と社長から相談されたのがきっかけでした。そこで有志が集まり、業務の合間に装置づくりをスタートしました」(Y氏)
部署も役職も異なるメンバーが10名ほど集まり、通常業務の傍ら、トライアンドエラーを繰り返しながら装置を作り上げていく——こうしたDECCにおける手作りの運営体制は、7年経った今もほぼ変わっていない。
水圧、強度、摩擦……物理現象の洗礼と再現性のある装置への執念
こうしてスタートした実機開発だったが、いざ始めてみると、現実の物理現象の容赦ない洗礼を浴びることになる。歴代の装置開発は、開発者たち自身の苦闘の歴史でもあった。
初代の装置についてY氏は、「今思い返しても本当に手探りでした」と振り返る。水を入れた容器を素早く動かし、どれだけこぼさずにビーカーへ運べるかを競う内容だったが、普段の業務とは異なる環境が、思わぬトラブルの要因となった。
「業務では工場の安定した設備から水を引きますが、コンテスト会場にはそうした設備はありません。そのためビールサーバーのようなタンクに水を入れて対応したのですが、水が減って液面が下がると、水圧が変わって吐出量が減ってしまうので、結局ジャッキを使ってタンクの高さを調節しながら対応しました。参加者だけでなく、私たち運営側にとっても物理現象の奥深さを学ぶ場になりました」(U氏)
2代目の装置は、球を転がして狙った穴に入れるスマートボール型。盤面が大きく動くダイナミックさがあり、見応えのある装置だった。豪快かつ複雑なギミック制御の最適解追及には、より多くの試行が必要となる。そのため、激しい挙動にも耐えうる高い強度と効率的に球を循環させる機構を備えた装置をつくり上げ、競技間のインターバルを最短化し、実装回数を増やした。
そして3代目が、前回のDECC 2025で初めて登場したバウンド型の装置だ。球を可動式の斜面(バウンド盤)で跳ねさせてターゲットに入れる形式で、空気抵抗や摩擦といった物理現象が結果を大きく左右した。

株式会社ディスコ
技術開発本部 グラインダー技術部 M氏
これら3種類の装置に共通して貫かれてきたコンセプトがある。それは「誰がやっても、何回やっても同じ結果が出る」という再現性だ。本番中に装置が故障して止まってしまっては、競技が成立しない。当日に向けて何百回もの動作テストが行われるが、それに耐えうるメカ設計や運用が徹底されている。
「たとえばボール1つとっても、市販のおもちゃでは重さや大きさにばらつきが出ます。そのため、中に空洞がない特殊なフェノール樹脂製の球を、サプライヤーの製造工程を見学したうえで調達するなど、物理的なノイズを極限まで減らす努力を続けています」(M氏)
求められるのは、シミュレータと現実のズレを読み解くアジャスト力
シミュレータ上では完璧なプログラムも、摩擦や空気抵抗、わずかなたわみなどにより、実機に流し込んだ途端に必ずズレが生じる。それこそが、DECCが実機にこだわる最大の理由であり、おもしろさだ。
近年、プログラミングを取り巻く環境は大きく変化し、コードを書く手段も多様化している。しかし、どれだけ便利なツールが登場しても、「現実の装置を思いどおりに動かす」という行為は、今もなお人間ならではの調整力が問われる世界だ。シミュレーションと現実の差分を読み取り、何が原因でズレているのかを瞬時に判断し、装置に合わせて柔軟にコードを最適化していく。この『アジャスト(補正)する力』が、まさにエンジニアの腕の見せどころだとY氏は語る。

株式会社ディスコ
技術開発本部 ダイサー技術部 U氏
そして、この「アジャストする力」こそ、ディスコが実際の業務でエンジニアに求める能力そのものだという。
「以前のコンテストでは一発勝負でプログラムを書き直す参加者が多かったのですが、近年は限られたトライアル時間のなかで、1回目はわざとさまざまなパターンを試して物理的なズレのデータを収集し、2回目でアジャストして本番に臨む、という戦略的な参加者も増えています。現実の状況を観察し、短時間で仮説を立ててコードを修正する『デバッグ力』は、実際の業務でも必須です」(U氏)
より高度な戦略性が勝負を分けるDECC2026
今回の装置は、DECC 2025のバウンド型をベースに進化させたものとなるが、「難易度は上がる」(Y氏)見込みだ。
現在ディスコ社内ではDECC 2026用の装置のテストを繰り返しながら、難易度を調整している。装置がどのような進化を遂げ、どんな課題を参加者へ提示するのかは明かされていないが、ターゲットの穴の大きさや配置、得点配分に戦略性を持たせ、手に汗握る戦いを繰り広げてもらえるような工夫を検討しているという。
実機を動かす貴重な機会。上位陣には「面接パス券」も
実機という、なかなか思いどおりにならない現実に挑むDECCは、参加者にとってどのような魅力やメリットがあるのだろうか。
最大の魅力は、自らのコードで実機を意のままに操り、プロの設計者をも驚かせる結果を叩き出すという、稀有な体験だろう。
「私たちメカ設計者は、装置が完成した際に手動で動作テストを行います。計算上『この角度で打てば絶対に入る』というシビアな最高得点のラインをまず作るのですが、コンテスト本番で、参加者の皆さんがコードの力で私たちの想定を軽々と超えてくる瞬間があるんです」というM氏の発言に続けて、U氏は「『自分が書いたコードで、精巧な巨大実機が完璧に動く』という爽快感は、このコンテストでしか得られないと思います」と、参加者が味わう格別な喜びについて強調する。
さらに、装置のスケールも並ではない。
「このコンテストで使う装置は、部品代や開発費を考えると高級車が1台買えるほどのコストがかかっています。これほど贅沢な実機を、自分の思いどおりに動かせる機会は、他ではまず経験できないはずです」(Y氏)
さらに、就職活動を控える学生にとって見逃せないのが、採用に直結する手厚い特典だ。
DECCでは、成績上位者に対して選考プロセスの優遇が用意されている。上位入賞者には役員面接からスタートできる権利が、その他の層にも一次面接パスや書類選考パスの権利が付与される。対象は本戦参加者の上位70位程度にまで広げられており、コンテスト参加が採用への直接的な入口にもなっている。
また、当日は社内ツアーが実施され、普段は社員や顧客以外は立ち入れないエリアを見学できるほか、ディスコのエンジニアと直接話せるトークセッションの時間も設けられている。参加者同士が顔を合わせて交流できるのも、オンサイト開催ならではの魅力だろう。
画面から飛び出し、モノづくりの純粋な楽しさを味わってほしい
DECCがこれまで問いかけてきたのは、デジタルの世界を超えた、現実を制御する技術の可能性だ。シミュレーションと装置実装のギャップ、計算と物理現象のあいだに横たわる見えない壁——。これらを乗り越える試行錯誤こそが、DECCの醍醐味であり、ディスコのエンジニアリングそのものでもある。
最後に、参加を検討している読者へのメッセージをもらった。
「ロボコンなどの経験者を除けば、情報系の学生さんが自分のプログラムで物理的な装置を動かす機会はほとんどないと思います。画面の世界から一歩飛び出し、現実の難しさとおもしろさを同時に味わえる非常にレアな経験になるはずです。ぜひ気軽に挑戦してみてください」(M氏)
「今年も、私たちメカ設計者が本気で作った装置を用意して皆さんをお待ちしています。私たちが裏で『すごい!』と感動してしまうような、緻密で美しいコードを見せてくれることを期待しています」(U氏)
「根底にあるのは『モノづくりの楽しさ』です。DECCで用いるのは、世の中に実在する役に立つ装置ではなく、このコンテストのためだけに作られた特別な装置です。まずは1つのゲームとして、物理現象との対峙を純粋に楽しんでもらえれば嬉しいですね」(Y氏)
圧倒的な熱量とコストをかけて作られた実機と向き合い、自らの手で物理法則を制御する快感。そして、画面の中だけでは決して得られない、泥臭くも知的な興奮が、DECCには詰まっている。
ディスコ主催のプログラミングコンテスト DECC2026
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