2025年10月23日-24日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主催する第38回マイクロエレクトロニクスワークショップ(MEWS38)が開催され、500名以上が出席し、28の講演と53の展示が行われ、最新の研究成果や技術動向が活発に共有された。同ワークショップでは、電源コンポーネントメーカーVicorのシニアフィールドアプリケーションエンジニアである水谷豊氏が登壇。低軌道(LEO)および中軌道(MEO)衛星向け耐放射線性電源ソリューションを紹介した。

本レポートでは、Vicorがハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)分野で培った先進の電源技術を、いかにして高効率・小型・耐放射線性といった宇宙の過酷な要求に適合させたか、その技術的優位性と具体的なソリューションについて詳述する。

  • (写真)当日の講演の様子

衛星電源が直面する「マルチフェーズ方式」の限界

ベンチャー企業や異業種企業といった民間主体が積極的に宇宙産業へ参入し、世界中で大規模な衛星コンステレーション計画が加速する「NewSpace」時代の到来により、衛星の高性能化は加速の一途をたどっている。

特に近年のLEO衛星では、通信や地球観測を担うデジタルペイロードに、従来よりもはるかに高性能なデジタル機器が搭載されている。その頭脳として機能するASIC(アプリケーション特化型集積回路)は、地上のHPCと同様に、非常に厳しい電力要件に直面している。すなわち、高密度化、高効率化、低ノイズ化を同時に実現することが求められており、プロセッサの性能向上と半導体プロセスの微細化の進展により、低電圧・大電流化の傾向は避けられないものとなっている。

従来、プロセッサへの電力供給には「マルチフェーズ方式」が広く用いられてきた。しかし、水谷氏は、同方式が今日の低電圧・大電流の要求において、いくつかの深刻な課題を抱えていると指摘する。

マルチフェーズ方式は、必要な電流を供給するために多数の電源回路(フェーズ)を並列動作させる必要があり、MOSFETやインダクタなどフェーズに応じた電源部品が基板の多くの面積を占有してしまう。その結果、プロセッサまでの物理的な距離が離れ、大電流が流れる部分の配線が長くなり、そこで発生する電力損失は甚大なものとなる。

電力損失は電流の2乗に比例するため、電流が巨大化すれば、配線で失われるエネルギーとそこから発生する熱は雪だるま式に膨れ上がる。衛星という、サイズ、重量、そして利用可能な電力が極端に限られた環境においては特に、電力損失はシステムの信頼性や寿命に直結する深刻な問題となる。

同時に、大電流が流れる部分の配線はノイズの発生源ともなり、高密度設計を妨げる要因にもなる。さらに、多数のフェーズに流れる電流を均等に保つため、複雑な制御回路も必要になる。

  • (写真)Vicor 株式会社 シニアフィールドアプリケーションエンジニア 水谷 豊 氏

    Vicor株式会社 シニアフィールドアプリケーションエンジニア 水谷 豊 氏

電力損失を90%以上削減する「分離」と「最適化」

これらの電力課題を根本的に解決するソリューションとして、水谷氏はVicor独自の技術「FPA(Factorized Power Architecture)」を紹介した。

FPAの核心は、従来の電源モジュールが1つのパッケージに集積していた、電圧を調整するレギュレータと電圧を変換するコンバータを、あえて別々のモジュールに分離した点にある。この分離こそが、システム全体の性能を飛躍的に向上させる鍵である。

FPAは、マルチフェーズ方式の限界を、3つの技術的アプローチによって突破する。

第一に「小型化」である。スイッチング周波数を1MHz以上という高周波数帯に設定することで、インダクタなどの受動部品を劇的に小型化し、モジュール自体の高密度化を実現した。

第二に「高効率化」だ。スイッチング技術にZCS/ZVS(ゼロ電圧/ゼロ電流スイッチング)を採用することにより、内部損失を限りなく低減し、モジュール単体の高効率化に貢献する。

そして第三に、最も重要な「Power Delivery Network (PDN)損失低減」である。FPAでは、大電流を扱うコンバータ(VTM)を、プロセッサの直近あるいは真裏に配置することが可能になる。これにより、大電流が流れる配線距離を物理的に最小限に抑え、システム全体としての電力損失(PDN損失)を劇的に低減するのである。

  • (図版)マルチフェーズ電源とFPA技術の電力変換効率を比較

    図1:マルチフェーズ電源とFPA技術の電力変換効率を比較

講演では、FPAの優位性が2つの比較データで示された(図1)。まずモジュールの電力変換効率において、レギュレータとコンバータがそれぞれ最適化されているFPAは、システム全体で96%という高い効率を実現する。これは、低電圧時に効率が低下しやすいマルチフェーズ方式の約88%を大きく上回るものだ。

さらに重要なのが、システム全体での電力損失比較である。水谷氏が示した比較によれば、300Aの電流を流す場合、従来のマルチフェーズ電源では配線抵抗を250μΩと仮定せざるを得ず、22.5Wもの電力損失が発生する。これに対し、FPA電源ではVTMをプロセッサの近くに配置できるため、配線抵抗を20μΩまで低減でき、同じ300Aを流しても電力損失はわずか1.8Wに抑えられる(図2)。

  • (図版)マルチフェーズ電源とFPA技術の配線損失を比較

    図2:マルチフェーズ電源とFPA技術の配線損失を比較

これは電力損失を90%以上も削減できることを意味し、水谷氏が「モジュールの電力変換効率だけでなく、システム全体で大幅に性能を向上させることができます」と強調したとおり、FPAは熱設計の簡素化と高密度実装に決定的な優位性をもたらすといえる。

宇宙の信頼性に応えるデュアルパワートレイン

宇宙空間は高エネルギー粒子が飛び交う過酷な放射線環境であり、半導体は誤動作や破壊の危険に常に晒される。VicorのLEO/MEO衛星向けモジュールは、こうした放射線への耐性を確保していることはもちろん、さらに一歩進んだ信頼性への思想が盛り込まれている。

  • (図版)Vicor耐放射線電源モジュールの特長

    Vicor耐放射線電源モジュールの特長

水谷氏が特に強調したのが、SEFI (シングルイベント機能割り込み)と呼ばれる一時的な機能停止への対策だ。Vicorの衛星向けモジュールは、1つのモジュール内に2つの完全に独立したパワートレインを集積する冗長設計を採用している。万が一、宇宙放射線の影響で片方の系統が停止しても、もう片方が瞬時に処理を引き継ぎ、電力を供給し続けるため、電源システム全体のダウンを防げるという。

この冗長設計の思想は、質疑応答のなかでさらに深く掘り下げられた。「片方が壊れた場合の性能は? 」という問いに対し、水谷氏は「たとえば100W用のモジュールだとすると、100Wを出力できるパワートレインが2つ入っています。そのため、1つが止まっても片方で十分に出力できます」と答えた。

  • (写真)質疑応答の様子

    質疑応答の様子

145×45mm基板に100V入力→0.8V/150A出力を実装

下記が、Vicorが衛星向け電源として開発したモジュールの一覧となる。これらのモジュールを組み合わせることで、さまざまな電源システムを構築できる。

  • (図版)耐放射線電源モジュールのラインナップ

    耐放射線電源モジュールのラインナップ

講演では、FPA技術の優位性を示す具体的な実装例として、Vicorの衛星向けモジュールを搭載した評価用基板が詳細に紹介された。これは、衛星の典型的な100Vバス電圧を入力し、ASICなどが必要とする最大0.8V/150Aという極めて低い電圧と大電流を出力する電源構成例である。

  • (図版)入力100V、出力0.8V/150A の電源構成例

    入力100V、出力0.8V/150A の電源構成例

同システムは、FPAの思想に基づき、3種類のモジュールで構成されている。まず、バスコンバータ「BCM3423」が100Vの入力を受け取り、安全な中間電圧へと変換する。

次に、レギュレータ「PRM2919」がその電圧を精密に安定化させ、最後のカレントマルチプライヤ「VTM2919」がプロセッサ直近で電圧を0.8Vまで下げると同時に、電流を150Aへと増幅する。

水谷氏は、これら3つの高機能モジュールと、EMI対策のための入力フィルタといった周辺回路のすべてが、わずか145×45mmという極めてコンパクトな基板面積に収められている点も強調した。

  • (図版)モジュールを実装した基板

    モジュールを実装した基板

さらに、この評価ボードの優れた熱性能を実証する測定結果も示された。ファンによる強制空冷が期待できない宇宙空間を想定し、周囲温度25℃・無風状態という条件を設定。そのなかで、最大定格の約半分にあたる70Aの負荷をかけた。

結果は、基板上で最も熱くなったPRMモジュール側面ですら、その温度は74.1℃。周囲温度からの上昇は50℃以下に抑えられており、システムの過熱保護機能が作動する125℃までは、十分すぎるほどの安全マージンが確保されていた。これは、FPAの高い効率が、優れた熱性能に直結することの証左といえる。

  • (図版)基板に145x45mm、厚さ2mm のAl製のHeat spreaderを取り付け、 負荷0.8V/70A、無風状態で、各モジュールの側面の温度を測定した測定結果

    基板に145x45mm、厚さ2mmのAl製のHeat spreaderを取り付け、負荷0.8V/70A、無風状態で、各モジュールの側面の温度を測定した測定結果

高性能化と高信頼性という二律背反の要求に応え続ける衛星開発の現場において、VicorのFPA技術は、電力設計の自由度を飛躍的に高め、NewSpace時代のミッションを成功に導く強力なソリューションとなるだろう。

  • (写真)当日の講演の様子

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Vicor Corporationについて

Vicorは、高性能なモジュール型電源コンポーネントの設計、製造、販売を行う米国(本社:マサチューセッツ州アンドーバー)の電源専業メーカーです。HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)、オートモーティブ、通信ネットワーク、産業機器、ロボティクス、鉄道、航空防衛アプリケーションなどへ向けて、広く事業を展開しています。

日本法人のVicor株式会社(Vicor KK)は2017年に設立され、電源コンポーネントの販売・技術サポートを行っています。詳しくは、こちらをご参照ください。

Vicor、BCM®は、Vicor Corporationの登録商標です。
DCM™ は、Vicor Corporationの商標です。

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