Society 5.0の実現に向けて、業界・業者の垣根を越えてイノベーティブな企業・団体が集うデジタルイノベーションの総合展「CEATEC(シーテック)」。本稿では、2025年10月16日に行われたコンファレンス「次世代コンピューティングのフロンティア ~理化学研究所が取り組む、計算可能領域の拡張~」の内容をレポートし、理化学研究所 計算科学研究センター(以下、R-CCS)の取り組みを確認していく。
理研・富士通・NVIDIAの連携によるMade with Japanで「富岳NEXT」の開発が加速
計算科学(シミュレーション)とデータ科学(ビッグデータ解析)とAIを融合した最先端の研究により、科学や社会が抱える課題の解決に貢献するというミッションのもと、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)の本質を追究するR-CCS。次世代のコンピューティングを追求し、計算可能領域の拡張に取り組んでいる。10月16日に開催されたコンファレンスは3部構成で展開され、次世代AI-HPCプラットフォーム「富岳NEXT」の構築から、量子HPC連携プラットフォームの現在地と展望まで、R-CCSによる最先端の取り組みが紹介された。
本コンファレンスの第1部は、R-CCS 次世代計算基盤開発部門 部門長の近藤 正章 氏による講演で幕を開けた。
「R-CCSでは、現状、日本で最高の性能を有するスーパーコンピュータ『富岳』を運用しています。幅広い応用分野に対応し、高い計算性能を持つシステムで、理研と富士通様が共同開発したCPU『A64FX』を採用し、米国製CPUと比べて約3倍の性能を実現しています」(近藤氏)
国家プロジェクトとして高い目標を掲げて開発された「富岳」。その次期システムである「富岳NEXT(仮称)」開発プロジェクトの現状について、近藤氏は次のように語る。
「『富岳NEXT』は、2025年1月にプロジェクトを開始しました。パートナーの選定を入札で行い、6月にはCPU部と全体システム部を担当していただく企業として富士通様を、8月にはGPUの開発を担当していただく企業としてNVIDIA様を選定させていただきました」(近藤氏)
現在は基本設計を進めている段階で、方向性を固めた上で、来年度から詳細設計フェーズに移行すると近藤氏は語る。2028年から製造・設置・調整フェーズに移行、2030年頃からの運用開始を目指しているとプロジェクトの流れを解説。さらに「富岳NEXT」の開発戦略における柱として「技術革新」「Made with Japan」「持続性/継続性」の3つを挙げる。
「将来のシステムを開発するうえでは『技術革新』が非常に重要です。AIとHPCが高度に融合したシステムを開発するという理念のもと、高性能CPU/GPUの密結合による、広帯域かつヘテロジニアスなアーキテクチャを基本として開発を行っています。CPUの開発で実績の高い富士通様、そしてGPUで世界トップのシェアを誇るNVIDIA様と協力することで、こうした技術革新が達成されると考えており、最大100倍程度のアプリケーション実効性能の向上を目指しています」(近藤氏)
続けて近藤氏は、システムの複雑化に伴い、日本国内の技術だけで完結する「Made in Japan」の国家プロジェクトが難しくなっていると現状の課題を説明。積極的な国際連携により日本の技術を高め、高度人材を育成していく「Made with Japan」が重要になると2つ目の柱に言及し、さらに3つ目の柱となる「持続性/継続性」について話を展開する。
「2030年の運用開始でプロジェクトを終わらせるのではなく、そこからさらに継続的、発展的にソフトウェア・ハードウェアを含めてシステムを拡張・アップデートしていくことが重要です。『富岳NEXT』のシステム構築をきっかけに、日本国内の半導体開発、計算資源を高度化することが、最終的に本プロジェクトが目指していくべき目標と捉えています」(近藤氏)
ARMベースで汎用性の高い「FUJITSU-MONAKA-X」が「富岳NEXT」の心臓に
近藤氏に続き、第1部のセッションに登壇したのは、富士通 先端技術開発本部 エグゼクティブディレクターの吉田 利雄 氏。同社の技術戦略と、「富岳NEXT」への適用を検討している最先端のCPU「FUJITSU-MONAKA-X」について話が展開された。
現在富士通では、「富岳NEXT」のCPUとして適用を検討している「FUJITSU-MONAKA-X」の開発を進めている。「FUJITSU-MONAKA」シリーズは、「富岳」で培ったコンピューティングのパワーを、より広範囲で活用するというコンセプトで、HPCのみならず、サーバーやデータセンター、エッジコンピューティングにおけるAIインフラを支えるプロセッサとして開発されている。その後継である「FUJITSU-MONAKA-X」の特徴として、吉田氏は「NPUによるAI高速化処理」「HPCに最適な高いスケーラビリティ」「GPUとの密結合」「高い省電力性とセキュリティ」の4つを挙げ、AIに関しては、AIの学習、あるいはAIに最適化されたアプリケーションの性能を引き出すために、NVIDIA製GPUとの広帯域データ転送を採用していると解説する。
「『FUJITSU-MONAKA-X』に関しては、NVIDIA NVLink Fusionの活用を念頭に、ハードウェアやシリコンレベルでの最適化をNVIDIA様と共同で進めています。これにより、ユーザーの皆様に使いやすいエコシステムを構築し、ゼタスケールのAI-HPCインフラを提供してきたいと考えています」(吉田氏)
GPUを含むNVIDIAのプラットフォームが、さまざまな計算領域の高速化を実現
第1部最後のセッションには、NVIDIA エンタープライズ事業本部 事業本部長の井﨑 武士 氏が登壇した。
「CPU、GPUだけを高速化しても、データが入ってくる経路、いわゆる帯域が狭いと計算機が動けないことになりますので、やはりCPU/GPU間の通信帯域というものは非常に重要になってきます。そこで現行のNVLinkをさらに拡張し、CPUを含むさまざまなデバイスと接続できるようにNVLINK Fusionを発表しました。この実装を富士通様と検討しています。」(井﨑氏)
「富岳NEXT」が目指す、最大100倍程度のアプリケーション実効性能の向上を実現するうえでは、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアの使い方が重要になってくると井﨑氏。NVIDIAではNVIDIA CUDA-Xライブラリとしてさまざまな高速ライブラリを提供することで、生命科学や気象シミュレーションなど、幅広い領域での高速化を支援しているという。
このように、「富岳NEXT」のシステム開発に携わる3名による講演が展開されたコンファレンス第1部。後半は近藤氏をファシリテーターとしたディスカッションが行われ、最先端技術についての興味深い話が展開された。セッションは盛況のうちに終了し、第2部の講演へとバトンが渡された。
「富岳NEXT」に向けたアプリケーションソフトウェアの開発が、CPU/GPUの性能を最大化
続くコンファレンス第2部では、R-CCS 次世代計算基盤開発部門 次世代計算基盤アプリケーション開発ユニットのリーダーを務める青木 保道 氏と、R-CCS 大規模デジタルツイン研究チーム チームプリンシパルの山口 弘純 氏が登壇した。
「富岳NEXT」では、ゼタスケールのAI性能を目指していると青木氏。「『京』と『富岳』はCPUメインのコンピュータでしたが、『富岳NEXT』では演算加速器としてGPUが加わっており、計算の多くはGPUが担うことになります」と語り、GPUを効果的に利用するためのソフトウェア開発が重要になると話を続ける。
「先のセッションで話されたように、『富岳NEXT』では『富岳』から最大100倍の高速化を目指しており、その実現にはソフトウェアの高速化が不可欠となります。ところが『富岳』で主流となっているHPCアプリケーションで用いられる倍精度演算では、これだけのスピードは実現できません。そこでAIハードウェアを活用し、精度を保証しつつさらに速度を出していくような取り組みを進めています」(青木氏)
青木氏は、低精度演算を活用したアプリケーション高度化・高速化のアプローチとして、「Ozakiスキ-ム」「混合精度演算」「サロゲートモデル」という3つのステップを挙げ、これらの手法とアルゴリズムの高度化を併用することで、高精度を保ちながら高速化・省電力化を実現できると話す。
「『FUJITSU-MONAKA-X』とNVIDIA GPUのハイブリッド性能を最大限に引き出すため、理研の主導によりHPC・AIの両面で最適化された統合システムソフトウェア開発環境の構築を目指しています」(青木氏)
現在、理研では「富岳」上で稼働しているシステム・アプリケーションソフトウェアをパッケージ化し、ARMベースのCPUを採用したスーパーコンピュータ、あるいはクラウド上で「富岳」と同等の環境を提供する「バーチャル富岳」で利用できるようにする取り組みを進めているが、こうした考え方は「富岳NEXT」においても有効と青木氏。「富岳」向けに開発した最先端のシステム・アプリケーションソフトウェアを、他の環境でも容易に利用できるようなスキームを作っていきたいと語った。
Society 5.0の実現においても、大規模AI-HPCプラットフォームは不可
続いて登壇した山口氏は、「富岳NEXT」が目指すサイバーフィジカルシステム・大規模デジタルツインの構築をテーマに講演を行った。
山口氏は、Society5.0が目指す超スマート社会を実現するためのキーコンセプトとして、サイバーフィジカルシステムと大規模デジタルツインの2つを挙げる。前者は現実空間の情報を取り込み、仮想空間に集約して分析、その結果を現実空間にフィードバックする社会システムを指す。後者は、サイバーフィジカルシステムのコンセプトをさらにリアルタイム化したもので、たとえば交通渋滞情報をリアルタイムで収集し、そこから将来を予測しながらフィードバックするといった仮想と現実の実時間カップリングを指す。その実現には非常に大規模な計算資源、AI-HPCプラットフォームが必要になると山口氏は語る。
「大規模デジタルツインは、エネルギー効率化や人流。交通の最適化、災害時支援などに向けた施策や戦略立案を強力に支援します。『富岳NEXT』は、サイバーフィジカルシステム・大規模デジタルツインの技術の実現に資する重要な社会基盤となり得ると考えています」(山口氏)
従来のスパコンでは困難だった領域の計算を可能とする、量子HPC連携プラットフォーム
コンファレンス第3部では、R-CCS 量子HPC連携プラットフォーム部門 部門長の佐藤 三久 氏と、大阪大学 量子情報・量子生命研究センター 准教授の上田 宏 氏が登壇した。
「量子コンピュータは計算可能領域の拡張を可能とするテクノロジーです。昨今、量子コンピュータの進歩は非常に早く、使えるQbit数がどんどん増えております。スーパーコンピュータでも解けない問題の計算を可能にするのが量子コンピュータです」(佐藤氏)
現在の量子コンピュータは計算中にノイズが発生し、ノイズに起因する誤りに対する完全な訂正機能を持たないNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)と呼ばれる段階だが、量子化学、材料科学領域のシミュレーションに関しては、HPCと連携させることで有効な計算ができると期待されている。
「2023年より、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術開発機構)の支援を受けてJHPC-quantum プロジェクトを開始しました。理研和光地区に超伝導型量子コンピュータ『叡』、Quantinuum社のイオントラップ型量子コンピュータ『黎明』、R-CCS内にIBM社の超伝導型量子コンピュータ『ibm_kobe』を設置し、それらの量子コンピュータと、R-CCSの『富岳』・東京大学、大阪大学のスーパーコンピュータ・ソフトバンクのAIスパコンを接続する量子HPC連携のためのプラットフォームを構築を進めています」(佐藤)
現時点では量子化学、材料科学の領域で大規模実験を行っている段階で、今後は量子機械学習での量子HPC連携に取り組んでいく予定という。講演では、「富岳」と量子コンピュータを用いた実験の内容を紹介するとともに、JHPC-quantumプロジェクトのマイルストーンが提示された。
「現在は、外部の方に利用していただくJHPC-quantumプラットフォーム テストユーザプログラムの提供を開始しており、今後も実用化に向けた取り組みを推進していきます。2030年代に向けて誤り訂正機能を持つFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer)の実用化が期待されていますが、FTQCにおいてもスパコンとの連携は重要になると考えており、本プロジェクトで得た経験は大きな意味を持つと考えています」(佐藤氏)
大規模な量子HPC連携を見据えて、何ができるのかを検討していく
本コンファレンス最後の登壇者となったのは、大阪大学の上田氏。量子コンピュータの有用性をテーマに議論が展開された。
「2019年の量子超越性の検証以降、量子コンピューティングを専門としない研究者たちも次々とこの分野に参入するようになりました。それに伴って、議論の焦点は“量子超越性”から“量子優位性”へと移っていきます。この“優位性”というのは、量子コンピュータを使うことで、実社会で重要な問題を従来よりも高速かつ高精度に解けるようになる、という考え方です。ただ、これを実際に実現するのは容易ではなく、優位性の検証は一時的に停滞しました。そして2023年ごろからは、“量子有用性”という新しい概念が登場します。この議論の中で私が注目したいのは、量子コンピュータの発展そのものだけでなく、古典計算機(従来型コンピュータ)のアルゴリズムも並行して進化を遂げているという点です」 (上田氏)
上田氏は量子HPC連携による量子多体計算の最新研究について説明し、2025年に理研とIBMが実施した量子化学分野における量子有用性の検証を踏まえ、今後のJHPC-quantumプロジェクトの取り組みに期待を寄せる。
「2030年ごろに『富岳NEXT』の利用が開始される予定で、そのタイミングでは誤り訂正機能を備えたFTQCが登場すると予測されています。こうした動きを見据えて、この分野で未来を先取るには、FTQCと『富岳NEXT』という大規模な量子HPC連携で“何ができるのか”を考えることが大切になってくると考えています」(上田氏)
こうして、次世代コンピューティングの最前線で活躍する7名の有識者による最先端の取り組みが紹介された本コンファレンスは、大盛況のうちに幕を閉じた。
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理化学研究所では、今年度もブース出展を実施。最先端の取り組みを多くの来場者に伝えていた。
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