消費者の興味の多様化、価格競争の激化、急速に広まるデジタル化の波——小売業界を取り巻く環境は、かつてない変化の渦中にある。一方で、多くの企業がデータ活用やAI導入に踏み切れずにいるのも事実だ。
この現状に対し、「従来の延長線上で考えていては、未来はない」と警鐘を鳴らすのが、TISの渡辺啓之氏だ。大手アパレル企業でEC事業を売上400億円規模まで成長させた実績を持ち、現在はTISで幅広い業界のDXを推進する同氏は、「変化が常態化した今、課題解決型のアプローチでは限界がある」と指摘する。
今回、TECH+では小売業界に従事する男女300名にアンケートを実施。本記事では、アンケート結果から見える小売業界のリアルな課題を紐解きながら、渡辺氏が語る「未来志向のアプローチ」と、TISが描く「コマースの未来像」を紹介する。
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TIS株式会社 デジタルイノベーション事業本部 デジタルイノベーション事業部 副事業部長/エンタープライズサービス事業部 副事業部長 渡辺啓之氏
データを見ない、AI導入を検討しない——危機感の薄い日本の小売業界
今回のアンケート結果は、多くの小売企業が抱える根深い課題を浮き彫りにした。売上向上を妨げる要因として最も多かった回答は「競争が激化し、価格競争から抜け出せない」(42.0%)で、次いで「消費者の興味が多様化し、施策が追いついていない」(36.0%)となった。
渡辺氏はこの結果に対し、「消費者の興味の多様化は、SNSの発展などもあり、まさしくそのとおり。これらすべてに対応できるモノやサービスを提供するのは非常に難しい」と同意する。
こうした状況を打開する鍵となるのが、顧客データやAI活用だ。顧客の志向を把握することは、マーケットイン型の製品開発やより確度の高いマーケティング施策を実行するためには欠かせないといえよう。顧客一人ひとりがどんな状況でサービスに触れ、何を期待しているかを個々のデータを出発点に据えていくことが重要だ。しかし実態は「全社でデータを見る習慣が根付いていない・データを活用できていない」という回答が41.0%にものぼる結果となった。
部門間のデータ共有・活用における課題も同様だ。さらに事業部ごとに管理基盤がばらばらであったり、サイロ化してしまっているというケースも少なくないようだ。これでは、データを活用していくまでの道のりは遠いといえるだろう。
さらに「AIや生成AI、AIエージェントの取り組みは検討していない」という回答も35.7%にものぼった。変革への一歩を踏み出せていないどころか、取り組む意義を感じ切れていない企業も少なくないことがわかる。
こうしたデータ活用やAI導入の遅れについては、構造的な問題が存在すると、渡辺氏は指摘する。
「データやAIの活用は、もはや一部門で完結する局所的な業務効率化にとどまりません。しかし多くの企業では、生産、物流、販売といったバリューチェーンで組織が分断されている。これでは各部門のデータを集めたところで、全体最適の視点で活用することは困難です。特にAIは短期的な費用対効果が見えにくいため、経営層がその価値を本質的に理解し、トップダウンで舵を切らなければ、変革は進みません」(渡辺氏)
「課題解決」から「未来志向」へ。いまアップデートすべき価値観
とはいえ、アンケートでは「マーケティングの強化にこそIT強化を進めていきたい」と考えている方がもっとも多いことも、結果として表れている。
山積する課題を前に、企業は何から手をつけるべきなのか。渡辺氏はまず、マーケティングの手法そのものが、AIの進化によって根本から変わりつつあることを理解すべきだと強調する。
これまでのマーケティングは、過去のデータに基づき課題を見つけ、仮説検証を繰り返す「課題解決型」が主流だった。しかし、データ活用やAI技術が進歩すると、これが「予測型」に変わっていくという。
「新規顧客の獲得やリテンションといったマーケティングのテーマ自体は変わりません。変わるのは、その手法です。まず、収集したデータをどう分析するか。これまでは過去の結果を見るBIが中心でしたが、これからはAIの力でLTV(顧客生涯価値)や離脱リスク、需要そのものを予測できるようになります。さらに、『この施策を打てば、これだけの効果が見込める』と、打ち手の効果までAIが予測してくれる。そしてMAツールで実行する際も、その一部が自動化されていく。この分析・予測・実行・学習のループが高速で回っていくのが『予測型』の世界です。マーケター自身は、アルゴリズムへの理解を深めるか、理解している人と連携して組織的に活用していく必要があります」(渡辺氏)
そして渡辺氏は、この「予測型」への移行はあくまでマーケティング手法の進化であり、本当に重要なのは、さらにその先にある企業の思考様式の変革だと続ける。それが「課題解決アプローチ」から「未来志向アプローチ」への転換だ。
アンケートでは、AIや生成AIに期待することとして、「運用業務の効率化」や「マーケティング施策の自動化・最適化」といった、現在直面している課題に対するアプローチが多く挙げられたが、「技術革新や価値観の変化が激しい現代では、既知の課題を解決していった延長線上に到達したい未来はありません」と渡辺氏は語る。
「重要なのは、まず自分たちが『到達したい未来』、つまり『将来にわたってお客さまとどう向き合いたいのか』というビジョンやパーパスを明確に描き、そこから逆算して"今やるべきこと"を考える『未来志向アプローチ』なのです」(渡辺氏)
渡辺氏が、未来志向アプローチのわかりやすい例として挙げたのは、ナイキだ。同社の「Just Do It.」というパーパス(=到達したい未来)は不変だが、かつては優れたシューズを提供することがその具現化だった。しかし現在では、アプリやIoTデバイスを活用した「体験」を提供することで、ファンが日常的に運動を楽しめる仕掛けを作っている。渡辺氏は「パーパス実現に向けて提供する価値の形を、時代に合わせて変化させているということです。変化に対応し続けることで、初めてパーパスという"変わらないもの"を守れるのです」と語る。
そして、この未来志向のアプローチを実現するためには、事業とITが一体となった戦略が不可欠だと渡辺氏は続ける。
「もはやITは、事業を後方から支援するツールではありません。サービスそのものの競争力を生み出すコアとなるものです。事業側がやりたいことをIT部門に依頼する、という分離した進め方ではなく、両者が一体となって未来のサービスを構想し、アジャイルに実現していく。そうした組織への変革が、企業の未来を左右します」(渡辺氏)
TISが描く「コマースの未来像」――4つの"WOW"な体験
未来志向のアプローチと言われても、具体的に何をすればいいのか、イメージが湧かない読者も多いだろう。
そのヒントとなるのが、TISが顧客とともに未来のマーケティングを描くための思想であり、ソリューション体系の総称でもある「MARKETING CANVAS」だ。そこでは、そう遠くない未来のコマース像「4つの"WOW"な体験」が示されている。
1. テーラーメイドな個客体験
これからの顧客体験は、顧客の好みに合わせて提案するだけでは終わらない。AIはユーザー自身よりもユーザーのことを深く理解し、本人すら気づいていないニーズまでも先回りして、ぴったりのモノやコト、体験を提案する。渡辺氏は、そんな未来の購買行動についてこう語る。
「将来的には、企業側のAIエージェントと消費者側のパートナーとなるAIが対話して最適な購買を成立させる、といった世界も考えられます。企業は『どうすればAIに見つけてもらいやすくなるか』というAX(Agent Experience)の視点を持つことが重要になります」(渡辺氏)
2. 気持ちが一瞬で高まるコンテンツ
大量の情報が流れるなかで、人の心を動かすのは、"今この瞬間"に響くコンテンツだ。AIが個人の行動や文脈をリアルタイムに捉え、その人の心に最も響くコンテンツやオファーをその場で生成・提供する。そんなリアルタイムのパーソナライズが、近い将来、当たり前になっていく。
「Netflixが視聴履歴に応じてサムネイルを自動生成するように、あらゆるコンテンツが一人ひとりに最適化されていきます。その人だけの割引価格を提示するダイナミック・プライシングも可能になるでしょう」(渡辺氏)
3. ソーシャルグッドな消費体験
これまで消費とは、自分の欲求を満たすためのものだった。しかし現在では、消費行動の背景に「感謝・評価・支援」といった社会的なつながりを重視するような動機が入り込んできている。
たとえば、モバイル通信サービス「mineo」では、余ったパケットを「フリータンク」に入れ、足りない人がそこから使う。使わせてもらった人は「ありがとう」と感謝のコメントを返す。
「ユーザー同士が助け合ったり、カード利用額の一部が寄付されたりする仕組みのように、自分の消費行動が誰かや社会へのポジティブなインパクトにつながる。こうした価値観を捉えたサービスデザインが鍵となります」(渡辺氏)
4. 境界を越えて広がるコマース体験
「ECサイトで買う」という考え方自体が、すでに過去のものになりつつある。SNSや動画のなかで出会った商品を、そのまま数タップで購入できる。あるいは、AIとの会話のなかで「こんなものがあればいいかも」とつぶやいた瞬間、最適な商品がレコメンドされる。そんなシームレスな購買体験が、今後の当たり前になっていく。
「TikTok Shopのように、フィードを眺めている流れでそのまま購入できる体験が広がってきています。企業が力を入れるべきは、自社サイトへの集客よりも、AIに発見されやすいコンテンツをつくること。API連携なども含め、コマースの戦い方は大きく変わっていきます」(渡辺氏)
TISは、ともに未来を創る「共創パートナー」へ
これらの「"WOW"な体験」は、もはや一企業で実現できるものではない。渡辺氏は「だからこそ、これからの時代は『共創』が不可欠」と強調する。
「私たちTISも、単に言われたものを作るだけのSIerでは価値がありません。システムを納品して終わり、ではない。お客さまの事業が成長し、その先にいる消費者の体験が豊かになって、初めて我々の仕事は成功といえます。お客さまの未来像の実現に向けて一緒に汗をかく『価値創出パートナー』へと進化する必要があると感じています。我々が持つテクノロジーの知見と、お客さまが持つ事業の知見を掛け合わせ、一緒に5つ目、6つ目の"WOW"な体験を創り出していきたいのです」(渡辺氏)
こうした共創の思想を具現化したのが、TISの提供するマーケティングソリューション体系「MARKETING CANVAS」だ。そして、具体的なアクションの第一歩として、企業の枠を越えて未来の体験をともに創る場「MARKETING CANVAS LAB」も用意されている。
渡辺氏は、いきなり全社的なDX改革を始める必要はないと語る。まずは「こういう未来はおもしろいかもしれない」というディスカッションや、現場レベルでの小さなPoCからでもかまわないとし、TISとの緩やかなコラボレーションのなかから、ともに未来の体験を創っていくことを呼びかけている。
未来は、予測するものではなく、ともに創り出すもの。だが、その道のりに正解はない。TISは、その不確かな未来に、自らの変革をもってその一歩を示そうとしている。
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