インターネット黎明期から現在までユーザーやパートナーとともに歩んできたヤマハは、2025年でネットワーク機器事業開始から30周年を迎える。その節目を迎えるにあたり、周年記念記事として前後編に分けてヤマハのネットワーク機器事業に迫る本企画。前編となる本稿では、ヤマハネットワーク機器事業を支える組織体制・風土を紐解いていく。
同社の楽器・音響事業本部 プロフェッショナルソリューション事業部 国内マーケティング&セールス部 部長 瀬尾 達也氏と、ヤマハネットワーク製品の国内販売代理店であるSCSK株式会社のプロダクト・サービス事業グループ ネットワークセキュリティ事業本部 ネットワークプロダクト第一部 部長 黒岩 孝史氏にこれまでの歴史とこれからの展望を伺った。
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(左)ヤマハ株式会社 楽器・音響事業本部 プロフェッショナルソリューション事業部 国内マーケティング&セールス部 部長
瀬尾 達也氏
(右)SCSK株式会社 プロダクト・サービス事業グループ ネットワークセキュリティ事業本部 ネットワークプロダクト第一部 部長 黒岩 孝史氏
『音』をルーツにもつヤマハの、ネットワーク機器事業の黎明期
――まずはヤマハのネットワーク機器事業の始まりについて、改めてお聞かせください。
瀬尾:
1995年3月発売のISDNリモートルーター「RT100i」がヤマハネットワーク機器事業の始まりです。ここから数えて、2025年がちょうど30周年にあたるわけですね。
ヤマハは音を得意とする会社で、当時のヤマハのデジタル信号処理は世界の最先端でした。このデジタル信号処理技術を通信に応用したのがスタートです。最初はISDN用LSI(大規模集積回路)を外販していたのですが、「ほかの価値を創出できないか」ということで手掛けた製品のひとつがISDNリモートルーターでした。それが「RT100i」です。
――立ち上げ当時はどのように開発を進めていたのですか?
瀬尾:
ヤマハは当時からLSIを作っていましたし、電子回路を作るハードウェア技術もありました。製品の価値がハードウェアから徐々にソフトウェアに広がりつつある時代です。ソフトウェアエンジニアの社内公募もあって、私はそこに手を挙げてネットワーク機器事業に加わりました。社内スタートアップのように少人数で開発からサポートまですべてをこなしていましたね。
そう考えると、ソフトウェアの作り込みというところが事業を始めたころの大きなポイントのひとつだったかなと思います。IETFから次々にRFCとして通信規格が出てくるなかで、それに対応した機能を作り込んで世に出していました。とにかく新技術をユーザーのみなさんに使っていただきたいという一心でしたね。
ヤマハのネットワーク機器事業に大きな価値をもたらした『人的ネットワーク』
――SCSKはいつごろからヤマハのネットワーク機器の販売代理店となったのでしょうか?
黒岩:
SCSKは住友商事グループの一社で、ヤマハさんのネットワーク機器事業が始まった当初は住友商事から販売させていただいていました。その後グループ企業で取り扱い商材の移管もあり、現在SCSKでヤマハのネットワーク製品を取り扱いさせていただいています。私がSCSKに入社した1993年当時の、まだインターネットも普及していなかった頃を思い返すと感動を覚えますね。
瀬尾:
黎明期にお世話になりました住友商事の方々から、今のSCSKさんにつながる30年来のお付き合いですね。営業のみなさんは販路開拓、技術のみなさんは一緒にフロントサイドで動いてくれています。ヤマハが作ったものを深く理解したうえでお客さまのもとに展開し、お客さまから伺った用件をフィードバックして、ヤマハで反映させたものを再び展開してもらっています。
問題が発生したときには私も現場に向かいましたが、そのとき、SCSKの技術のみなさんが「開発に迷惑をかけないように、フロントサイドは私たちがしっかりやります」と言ってくれたのが、すごく頼もしく嬉しかったのを覚えています。
――SCSKから見た、ヤマハのネットワーク機器事業の印象をお聞かせください。
黒岩:
100Mbps、1Gbps、10Gbpsとネットワーク環境が進化していくなかで、それに応じた製品を市場に送り出し、なにかあれば迅速に対応してくれる、そうした視座に感服しています。私もユーザーであるエンジニアのお客さまと会話する機会がたくさんあるのですが、それがヤマハのファンを作った礎ではないかと思っています。エンジニアの方々には、ヤマハのファンが本当に多いんですよ。
瀬尾:
黎明期のころはインターネットに繋げたい人が全国にたくさんいて、ヤマハも積極的な技術発信を心がけてきました。機能を開発して実装するとともに、その説明ドキュメントも開発者自身が書いていたんですね。当時の雰囲気は、ヤマハの『RTpro』というWebページにいまも残っています。インターネットに繋げるための技術を簡単に手に入れられ、ネットワークをDIYできる。私たちはそうした環境を提供してきました。
黒岩:
あの当時はDIYのWebサーバーを使っている企業もたくさんありましたよね。ラックにサーバーとルーターが並んでいて、本当に手作り感のある環境でサービスインしていました。ヤマハさんのルーターは高品質かつ汎用的で、各企業でネットワーク構成は違えども、あらゆるラックで目にする機会が多かったですね。
瀬尾:
そしてなにかあったらSCSKのみなさんがユーザーのもとへ飛んでいってサポートしてくれます。こうした安心感も、製品が広がっている理由なのかなと思います。
――SCSKはヤマハ製品の販売に際し、どのような付加価値を提供されていますか?
黒岩:
やはり保守・サポートが重要なポイントです。SCSKは全国にサポート網を持っていますので、もし問題が発生した場合はすぐに交換対応を行うサービスも提供しています。技術メンバーが大勢所属していますので、都度の問題にも的確にお答えできる体制を保持しています。
瀬尾:
SCSKさんやSIerのみなさんのサポートは、事業全体としての付加価値に繋がっています。ヤマハだけではできない。みなさんと一緒だからこそ、できることですよね。
黒岩:
私たちはITサービス全般を提供する会社ですので、お客さまのニーズに応じるいろいろな製品がありますし、エンジニアも多数在籍しています。この基盤がすごく大事で、SCSKの視点からビジネスを見て、ヤマハさんの製品がどうあるべきかを考え、メーカー単体では成しえない価値を提供する。それが私たちの付加価値だと思っています。
瀬尾:
SCSKさんが、お客さまと私たちを結び付ける『ネットワーク』を担ってくれているんですよね。
この10年のネットワーク市場の変化とヤマハの歩み
――この10年を振り返って、ネットワーク機器事業におけるトピックをお聞かせください
瀬尾:
通信インフラは日々の生活において当たり前の存在になりましたが、改めて考えてみると、大きなポイントは二つあったと思います。
一つ目は、お客さま環境での課題の変化と、それに応じて製品群を拡充したことです。お客さまにヒアリングすると、管理者がいない遠隔地の拠点でルーターを使っているケースが多く、ルーターの先のLAN内のトラブルを把握するのが難しいとおっしゃる。でも現地に行ってみると、電源コードが抜けただけ、ループが発生しただけ、のようなシンプルなトラブルも非常に多いんですね。そこで、遠隔からでもLANをメンテナンスサポートできるような製品を提供しようということで、「LANマップ」を使えるスイッチを出しました。さらにWi-Fiの企業ユースが進んだ背景も受けて、見えない無線を見える化する、無線LANアクセスポイントも出しました。現場各地の状況を統合的に把握できるクラウドサービスは立ち上げにも苦労しましたが、2016年にリリースして、引き合いも増えています。
二つ目は、マクロニーズの変化への対応を進めたことです。サステナビリティの観点や人材不足の問題、コロナ禍で一層露呈した供給の安定に対する課題などがあります。私たちもそうした課題を解消するべく、プラスチック梱包材をやめたり、省電力機能を実装したり、さらには安定供給を実現するために生産工場を複数にしたり、海外で調達会社を立ち上げるなどの取り組みを進めてきました。
――この10年間の歩みのなかで、特に思い出に残っているトピックはありますか?
瀬尾:
事業開始当初からのrt100i-usersというMLに代えてSNSをスタートしました。お客さま同士で課題解決していただいているシーンを見ることができ、コミュニティが広がっているのは非常に嬉しく思います。このコミュニティとも一部連動しながら、人材育成を通じて業界を活性化する試みも本格的に始めました。こうした取り組みを通して、お客さま環境の人材不足の対策に繋げたいと考えています。
また、コロナ禍でリアルな活動ができないときには、SCSKさんと共に何度もウェビナーを実施しました。非常に多くの方にご参加いただいてリアルタイムに会話できました。双方向で情報交換をできる場が新しい形として根付いたのは印象深い出来事でしたね。
――この10年のネットワークを取り巻く市況の変化をふまえ、どのような意識変革がありましたか?
瀬尾:
事業は堅調な一方で、今のネットワーク機器の普及を見ると、昔のような急成長は見込めるものではありません。ですから、過去の30年と同じやり方ではダメだという危機感を持っています。新たな価値を提供するために私たちも変わっていかなければなりません。
最も意識を向けるべきは、お客さまの利用シーンです。市場・業界によってネットワークの使われ方が多様化しています。市場・業界の特性をしっかり見極めながら、その場で安定した価値を感じていただかねばならないでしょう。例えば、文教分野のGIGAスクールではたくさんの端末が一斉に通信を始めます。そうしたバーストトラフィックにどう対応するかであったり、企業にもクラウドサービスを使うための通信をどう振り分けるかであったりという課題があります。また介護・医療分野ですと、無線LANアクセスポイントのローミング機能や無線インカムとの相互互換性のニーズが増えてきました。
さらには、それぞれの市場や業界で、お客さまのバリューチェーンとしてどのような動きがあるのかといった視点を積みあげていく必要があります。私たちとSCSKさんが一緒になって、どんな価値を提供できるのかを考えていかなければなりません。
黒岩:
課題として一番大きいのはIT人材不足でしょうね。クラウド開発やアプリケーション開発に人材がシフトしていくなかで、インフラのネットワーク管理者が減少しています。ネットワーク全体を安定的に運用するために、どのように多様化するネットワークを管理すべきかという課題感はお客さまのなかでも挙がっているのが現状です。
――そうした変革を意識するなかで、社員にはどのような考え方や取り組みを期待されますか?
瀬尾:
市場変化を肌で感じ、そしてお客さまの課題をいち早く把握するために、ヤマハの社員がSCSKさんのオフィスに駐在させていただいています。私自身も昔駐在していましたが、やはりメーカー側の立場と販売側の立場では価値観が異なることを身に染みて感じました。これは良し悪しではなくて、「違うからこそ強みを発揮できる」ということです。
自らの付加価値を意識しながら、それぞれで強みを持つパートナーさんと一緒にお客さまの課題をどう改善するか、全体の流れを見ながら組み立てていけるような人がこれから伸びていくのではないでしょうか。
黒岩:
最近、お互いの会社も大きくなって、黎明期にあった連帯感と情報連携が少し薄くなってきたと感じています。やはり、ものづくりと販売の間に立って、現場の声を商品に繋げたり、できあがった製品をどう販売していくかを考えられたりできる人こそ、キーパーソンになっていくのではと考えています。
ユーザーを大切にする企業風土の源泉を辿る
――ユーザーを中心としたお取り組み、ユーザーコミュニティ構築への尽力という点に特徴を感じました。このようなヤマハの風土はどこから生まれたのでしょうか。
瀬尾:
ヤマハには新しいものを面白がる風土があります。特にネットワーク機器事業は、スタートアップ時から開発者が自ら外に出てお客さまと接する風土もあり、外部から良くも悪くもいろいろな評価や刺激を受けてきました。これによってお客さまとの繋がりができていると思いますね。ただ、お客さまとの接点を作るとなると、ヤマハ単体ではやっぱり限度があります。製品を買って・使っていただくお客さまとの繋がりは、SCSKさんなしにはできないことです。
黒岩:
私たちがヤマハさんの本社にお客さまをお連れして、製品開発者と直接繋いで会話する場を設けることもあります。実は、昨年あたりから、かなりこの活動が活性化しているんですよ。
ヤマハの歴史を見られる企業ミュージアム『イノベーションロード』をご案内したお客さまからは「なぜヤマハからネットワーク製品が生まれたのか、よくわかった」という声を聞きます。そして、そのあとに会話をすると、より活発で自由な意見が出るんですよね。
瀬尾:
浜松に来ていただくと、ヤマハの技術開発や品質保証の背景、担当者の志までも垣間見えて、日本のものづくり、ヤマハのクラフトマンシップを感じていただけると思います。
心に響くネットワーク製品とサービスを
――今後の展望をお聞かせいただけますか?
瀬尾:
大きく二つあります。一つは、SCSKさん含め、パートナーのみなさんと一緒に価値を創ることです。ヤマハが単体で提供できる価値は限られています。ご利用の現場を良く知るパートナーさんと一緒になって、市場に合わせた価値提供を検討し、我々に何ができるかを考え、機能の拡充や機器サービスを提供できればと考えています。さまざまな技術が次々に生まれてきますので、それらをうまく活用して連携するソリューションを、パートナーのみなさんと創っていきたいですね。
もう一つは、ヤマハの音響技術を活かすことです。電話がIP化されたり、カメラがネットワークカメラになったりしたのと同じように、音響の分野でもいま、ネットワーク化が進んでいます。音声/映像伝送システムを構築できるネットワークの規格として、「Dante」や「NDI」などの技術がありますが、こういったものに対応するスイッチ製品をグローバルに展開し始めました。企業にネットワークインフラの提案をしている国内のお客さまからも、「ネットワークに加えて遠隔会議システムを提案したい」ということで、音響に関するレクチャーの要望もいただいています。
黒岩:
ヤマハ製品の品質と安定性を活かし、医療や教育分野への注力強化や、エンジニアのスキル向上を支援するための教育プログラムの拡充も図っていきたいですね。
販売代理店としてはやはり、お客さまへの支援を手厚くすべく、技術者チームのサポート体制を強化していくことを計画しています。販売した後にお客さまが、スムーズに運用ができるよう、技術支援に注力していけるよう組織体制を整えたうえで、ヤマハさんの製品をお客さまに届けていきたいですね。
――最後に、ユーザーであるエンジニアや販売代理店のみなさんに向けてメッセージをお願いいたします。
瀬尾:
おかげさまでこのたび30周年という節目を迎えることができました。これまでヤマハのネットワーク機器事業をともに育てていただいたみなさまにお礼を申し上げます。みなさまと志を共有し、パートナーシップに支えていただいたからこその、ヤマハのネットワーク機器事業です。
これからも我々は、技術と誠実さで、みなさまの挑戦に応えられるよう、心に響く製品とサービスを提供しつづけます。人を中心としたネットワークをみなさまとともに実現して、社会に新しいハーモニーを奏でましょう。