2022年10月1日から8日にかけて、英国ウェールズ政府は複数の企業や学術機関からなる貿易使節団を日本に派遣した。新型コロナウイルス感染症が拡大して以降、萎縮していた国際経済交流にとって明るいニュースだ。本稿では、ウェールズ経済の概況と日本との関係性について紹介する。

ウェールズとは

"Bore da"がウェールズ語で「おはよう」、"Noswaith dda"が「こんばんわ」だと分かる日本人は多くはないだろう。グレートブリテン島の南西に位置するウェールズは、イギリスを構成する国(country)の1つであり、独自の文化、感覚、経済を有している。

1990年後半までは英国政府によって統治されていたが、多くの権限が委譲された現在は、「セネッズ」と呼ばれる国民議会を持ち、政府は来日経験のあるマーク・ドレイクフォード首相によって率いられている。公用語はウェールズ語と英語。首都は人口約36万3千人のカーディフとなっている。

ウェールズの南北を走るカンブリア山地は、5億年前に栄えたカンブリア紀の古生物が発見された場所だ。良質な石炭や鉱石を産出する山々は、19世紀の産業革命を支えた地域でもある。

  • カーディフ
  • カンブリア山地
  • 首都カーディフとカンブリア山地
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ウェールズと日本、交流の歴史

ウェールズと日本には長い交流の歴史がある。明治維新後、日本に敷設された鉄道の線路は、その多くが、ウェールズの工業都市マーサーティドヴィルのダウレー工場で生産された鉄鋼を使っていた。そして現在は、日立製作所が製造した高速鉄道がロンドンとウェールズを結んでいる。

木製の鉄道橋や数々の名城を持つウェールズには、日本のアニメ映画でモデルとなったこともある。北ウェールズのコンウィ城と兵庫県の姫路城は、2019年に世界初の「姉妹城」として提携を結んだ。

  • コンウィ城

    コンウィ城

日系企業のウェールズ進出は1970年代に遡る。1972年にタキロン(現タキロンシーアイ株式会社)が南ウェールズのベドワスにポリ塩化ビニル(PVC)工場を設立したことを皮切りに、ソニー、パナソニックが初の欧州製造拠点を設けた。その後、自動車、航空機、再生可能エネルギー、食品関連企業とつづき、現在では60社を数えるほどだ。

2022年時点の両国関係

2022年を振り返ってみても、ウェールズと日本の間に、さまざまな経済交流が生まれたことが分かる。丸紅がBridgend County Borough Councilとグリーン水素プロジェクトの開発に関するMoUを締結し、商船三井が波力発電事業を推進するために、Bomboraへ出資した。

ウェールズは、リサイクル率において世界3位にランク付けされており、環境調和型技術の拠点ともなっている。日本風力発電協会が洋上風力発電プロジェクトの機会を探るためにウェールズを訪れたのも同年だ。

また、大分県庁がウェールズ政府と「友好と相互協力に関する覚書」を締結し、2019年のラグビーワールドカップ以来育んできた関係をより強固なものにした。同覚書では、両者の関係を発展させる重要な分野として、芸術・文化、スポーツ、学術、観光、食品・飲料の5つを掲げている。

一方、ウェールズの対日輸出額は2022年9月末までの1年間で約2億3,000万ポンド(約390億円、1ポンド=170円換算)に達した。ウェールズ政府は、2020年に国際事業戦略を発表し、ITデバイスに欠かせない「化合物半導体」、脅威に対抗する「サイバーセキュリティ」、映画や音楽、ゲームなどの「クリエイティブ」などの産業に注力する方針を示している。

貿易使節団の活動

世界第3位(※)の経済大国である日本は、ウェールズにとって魅力的な市場だ。同国政府はとくに「高価値製造」「ライフサイエンス」「クリーンエネルギー」「消費財」「テクノロジー」の分野において、ウェールズ企業との貿易を促している。

日本への貿易使節団派遣はこれまでも定期的に行われてきた。参加条件はウェールズを拠点とし、独自の知的財産・製品・サービスを持っていることだ。

2022年の貿易使節団に参加したのは、クリエイティブスタジオのBomper、英語学校のCeltic English Academy、蒸留酒製造のIn the Welsh Wind Distillery、シングルモルトウイスキーで知られるPenderyn Distillery、自転車用工具を発明したTyre Glider Ltd、再生可能エネルギーを研究しているスウォンジー大学など、さまざまな企業・団体だ。

公営住宅を提供するCoastal Housingと、英国最大の鉄鋼メーカーTata Steelは、今回が初の訪日となる。ウェールズでの工場設立を計画している大和ハウスグループにとって、低炭素技術をサポートするスウォンジー大学や不動産を購入するCoastal Housing、住宅用鋼材の供給者であるTata Steelとの会合は重要な機会となった。

ウェールズへの投資について

日本からウェールズへの最初の投資から半世紀が経ち、両国の間には歴史的な取引が積み重ねられてきた。ウェールズ政府は外国投資の優遇措置に熱心であり、日本とのビジネス関係構築に強い関心を抱いている。

再生可能エネルギー、化合物半導体、サイバー分野においては、今後も両者が協力できる可能性が高い。ウェールズ政府は再生可能エネルギーのインフラに1億1000万ポンド(約187億円)以上を投資し、アングルシー沿岸の潮流実証実験区域を含む11の海洋エネルギープロジェクトを支援している。

起業・事業拡大・投資先としてのウェールズの認知度は低いだろう。しかし、この地域は「デジタル経済が最も急速に成長している地域」として英国内で選出された場所だ。事実、エアバス、タレス、BT、アストンマーチン、ジェネラルダイナミクス、SANS Instituteなどの世界的に有名な企業が、ヨーロッパ本社や重要なサイバー事業を、南ウェールズ周辺に置いている。

スタートアップ企業にとっても、ウェールズは成長を遂げるための魅力的な都市として映っているようだ。政府は総額1億1500万ポンド(約200億円)のSMART Cymru研究基金を通じて、イノベーティブなアイデアを新たな製品やサービスに発展させるための、ヨーロッパで最も包括的な支援システムを提供している。

2021年には、日英包括的経済連携協定(CEPA)が発効された。金融、ハイテク、通信、専門サービス、クリエイティブ産業など幅広い分野で、今後も経済交流は発展していくことだろう。これからの事業展開先の1つとして、「ウェールズ」は注目に値する国といえるだろう。

(※)世界の名目GDPランキングより

[PR]提供:Welsh Government Japan Office