宮城県南西部の2市7町は、仙南地域と呼ばれる。地域全体の人口規模は約16.6万人。この地域で医療のコアとなるみやぎ県南中核病院(宮崎修吉院長、病床数310床)は、TXP Medical株式会社Claris FileMakerを使って開発した救急医療プラットフォーム「NEXT Stage ER」を導入し、救命救急センターにおける業務効率化を図っている。併せて、同プラットフォームと連携する「救急隊業務支援システム」の実証実験も展開する。同病院救急科主任部長で、救命救急センターの責任者の立場にある野村 亮介 氏に、地域の救急医療の現状と課題、そしてITを活用した取り組みの可能性について話を聞いた。

  • iPadとQRコードを使い患者情報とバイタル情報を確認している様子

人口減少・高齢化が顕著な地域で医療のコアを担う

みやぎ県南中核病院は、仙南地域の角田市・大河原町・柴田町・村田町の1市3町が共同で出資し設立した組合立の総合病院で、2002年に開院した。もともと仙南地域の医療圏では白石市の総合病院が中心的な役割を果たしており、救急医療でも柱となっていたが、2013年、みやぎ県南中核病院に救命救急センターが設置されて以降は救急車受け入れ台数の比率が徐々に変化。2021年ではみやぎ県南中核病院が地域の救急車の61%を受け入れ、地域医療のコアとして存在感を高めている。

  • [写真] みやぎ県南中核病院の外観写真

    仙南地域を支えるみやぎ県南中核病院

同病院では、重症度にかかわらずあらゆる救急患者を診療し、その後は適切な専門診療科に引き継ぐER型救急医療を行う。救命救急センターは全診療科医師の協力を得つつ、救急科専門医3人体制で、2021年度は4,300台の救急車を受け入れ、直接徒歩などで来院するウォークインと呼ばれる患者の受け入れも約9,000人に及ぶ。ウォークインは、新型コロナウイルス感染症拡大以前の最も多いときで1万4,500人に達していたとのことだ。

2019年4月に同病院に赴任した野村氏は、救命救急センターの管理運営の柱ともいえる立場だ。野村氏は、仙南地域の特徴をこう話す。
「人口減少と高齢化・過疎化が著しい地域で、医療圏の面積は大きいものの医療施設が不足し、かつ偏在しているのが特徴です。仙台と比べると、住民だけでなく医師の高齢化も進んでいます。また、地域に看護師を育成する学校がほとんどなく、数少ない地元の看護師も仙台など他地域に行くケースが多いので、看護師不足が慢性化しているのも特徴ですね」(野村氏)

宮城県では仙台市を中心とする都市圏こそ人口が増えているものの、それ以外の地域は減少傾向にあり、仙南地域も例外ではない。県の資料によれば、2021年3月末時点の仙南地域の高齢化率は県平均(28.4%)を上回る34.5%にまで上昇しており、高齢化が顕著な地域といえる。当然ながら救急患者も高齢者が多く、病院が少ないため、症状の軽重にかかわらず救急車を呼ぶケースが多いとのことだ。

  • [写真] 野村氏インタビューカット

    みやぎ県南中核病院 救急科主任部長 野村亮介 氏

救急医の事務作業効率化に向けてNEXT Stage ERを選定

前述のように3人体制で救急のシフトを組み、しかも年間4000台以上の救急車と1万人前後のウォークイン患者に対応しなければならないため、リソース不足で医師それぞれの負荷は大きくなる。

「やはり救急患者の診療により多くの時間を充てるため、事務作業の負担を少しでも減らしたいというのが切実な願いです。そこで可能な限りITを取り入れ、業務の効率化を図っていこうと考えています」と野村氏。加えて、若手の医師や医療スタッフを呼び込むためにもITを積極活用していることをアピールし、さらには日々多忙な看護師の業務負担を、ITを使って減らしたいとの思いもあるという。

医師の事務作業の一つに、国が救命救急センターに求めている、診療後の電子的診療台帳の作成がある。野村氏がこの業務の効率化を念頭に目をつけたのが、NEXT Stage ERである。NEXT Stage ERは救命救急センタークラスの救急外来に特化したシステムで、救急医療現場の流れの中で患者情報を入力するだけで、カルテの作成、スタッフ間の情報共有、研究用データの蓄積を同時に実現できるソリューションだ。

  • [図]NEXT Stage ERの仕組み

開発した医療ITベンチャーのTXP Medicalは救急科専門医の園生智弘氏が設立した会社で、開発にはClaris FileMakerのプラットフォームを利用している。AIによるテキスト解析や電子カルテとの連携機能を備え、データを効率的に収集・入力できるほか、救急科専門医の目線で作られているため救急医が扱いやすいインターフェースである点も特徴といえる。

「どの病院でも基本的にはFileMaker Proを使い、自分たちで独自の電子的診療台帳を作っているのですが、診療後に必要な患者情報をあらためて入力し、それをもとに医学的情報を追加するという手間が発生するのが課題となっていました。その点、NEXT Stage ERは電子カルテとの連携で必要な患者情報が自動的に入力されるのが大きな魅力です」(野村氏)

加えて、宮城県だけでなく全国的に見ても中核病院に位置づけられる仙台市の東北大学病院もNEXT Stage ERを導入していたこと、すでに全国の多くの病院で導入されていることから臨床研究を行う際に有用であることなど、将来的なデータ連携を視野に入れたことも導入の決断を後押ししたという。

電子的診療台帳の作成に要する時間がほぼゼロに

みやぎ県南中核病院でNEXT Stage ERが稼働を始めたのは2020年12月のこと。導入から1年半ほどになるが、野村氏は次のようにNEXT Stage ERを評価している。

「導入以前は、前日の救急患者についてカルテを見返しながら所見などの情報を電子的診療台帳に入力し直す作業に、毎日1時間ほど割いていました。NEXT Stage ERは電子カルテから情報を自動取得してくれるので、導入後はこの作業からはほぼ解放されました。反対に、NEXT Stage ERで書き込んだ診療経過などを電子カルテに転記することもでき、便利に使っています」(野村氏)

  • [キャプチャ]電子的審査台帳の画面

    電子的診療台帳の画面

また、従来は救急車の患者に関しては統計をとっていたものの、ウォークイン患者は数が多いこともあり統計的に把握ができていなかった。これもNEXT Stage ERを使うことで、救急車とウォークインを合わせて統計をとることが可能になったという。

現時点での主要な成果は電子的診療台帳に関わる業務効率化だが、さらなる活用方法も模索しているようだ。

「救急要請を断らざるを得なかった場合は、その理由を書類に記載する必要があるのですが、NEXT Stage ERで断った原因や救命救急センターの問題点を分析することで、応需率(救急車受け入れ要請に対して実際に受け入れた割合)の向上に役立てられるのではないかと考えています。また、院内急変事例の症例集積にもNEXTstage ERの活用を進めています」と野村氏は言う。さらに、ICUとの患者情報の連携、臨床研究での活用にも意欲を見せている。

ただ、そもそもが多忙ゆえに、なかなかトライできないのも実情だという。ITを積極導入する背景として看護師の業務負担削減への思いがあることを記したが、現状では看護師に利用してもらうところまで展開できていないのも課題だそうだ。

「現在使用している電子カルテではタイムリーに患者の状態を入力できるテンプレートとシステムがないため、救急外来看護師はいまだ紙ベースで記録しています。ベッドサイドで記録をするパソコンの台数不足や動作が遅いことも、紙ベースから脱却できない要因です。看護記録を使いやすいテンプレートを用意したうえで、ベッドサイドでリアルタイムに看護記録が入力できる環境をNEXT Stage ERを使って提供し、看護業務の負担を少しでも減らしていきたいですね」と野村氏は、看護業務におけるIT導入の課題に向き合う意気込みを語ってくれた。

消防の救急隊員とデータ連携する実証実験を展開

一方で、病院外との連携も進んでいる。TXP Medicalがリリースする、NEXT Stage ERと連携する救急隊業務の支援アプリ「NSER mobile」の実証試験だ。仙南地域メディカルコントロール協議会の承認のもと、TXP Medicalと仙南地域広域行政事務組合仙南消防本部、みやぎ県南中核病院で協定を結び、仙南地域2市7町全域を管轄する消防本部が、2021年9月から保有する全10台の救急車に同アプリを導入している。

  • [写真]仙南消防本部の外観

    仙南地域広域行政事務組合仙南消防本部

これまで救急隊員から病院への連絡は、電話による口頭連絡と紙を使った伝達に依存していた。AIを活用して入力支援を行うNSER mobileを使えば、搬送中に患者情報を音声で入力できるほか、画像で患者の病状や交通事故現場の状況を撮影して送信したり、血圧などのバイタルサインを表示するモニター画面やお薬手帳を撮影しそこからOCRで読み取った文字情報を送信することもできる。

データや画像はクラウドにアップロードされ、NEXT Stage ERのシステム上に反映される。受け入れる病院側にとっては情報入力の手間が解消されるだけでなく、救急車到着前に患者の氏名や病気・ケガの状況、服用薬などの情報をiPadの画面から確認し、適切な準備をできるのが大きなメリットだ。従来は救急隊員から病気・事故等の情報を取得するために相応の時間がかかったのはもちろん、患者の同定にも時間を要していた。受診したことのある患者であれば氏名などから既往歴も把握でき、患者は到着した瞬間から治療や検査を開始できる。

仙南地域広域行政事務組合消防本部の警防課で救急係長を務める佐藤隆行氏は、NSER mobileの活用状況を次のように語る。
「救急隊員がiPhoneにインストールされたNSER mobileで、音声による情報入力、バイタルサインやお薬手帳のOCR認識、患部や事故現場などを撮影した画像送信を行っています。現在のところ、音声入力は概ねスムーズに利用できています。そのほか、お薬手帳が見つからず、薬の名前がすぐにわからないときなど、薬自体を撮影して送信することで、情報の的確な伝達に役立っています」(佐藤氏)

実証実験段階の課題としては、大きく分けて3つある。1つは個人特有の話し方や方言によって音声認識されにくい場面があること、2つ目は従来とは異なるフローに現場の救急隊員が慣れるには時間がかかること、そして3つ目は移動中の電波状況により接続速度が遅くなる場合があることだ。ただ、そうした部分が改善されれば、搬送時間の短縮につなげられる実感は得ていると佐藤氏は言う。

  • [図]病院・消防間の連携内容

    NSER mobileを活用した、病院・消防間の連携

NEXT Stage ERの機能強化とデファクトスタンダード化を期待

救急隊員との連携による実証実験の現状もふまえ、野村氏は今後について次のような展望と期待を語り、インタビューを締めくくった。

「ITやAIなどを今後も先駆的に取り入れ、院内だけでなく院外とのデータ連携も強化することで、仙南地域の医療を高度化していくことで、新たに取り組むほかの地域・病院の参考になる取り組み事例を示していきたいです。TXP Medicalさんとも、さらなる発展を意識して常に意見交換を行っています。NEXT Stage ERが日本の医療界で標準プラットフォームになることを期待しています」(野村氏)

  • [写真]野村氏ポートレート

TXP Medical CEO 園生 智弘 氏コメント

「導入に際して野村先生が一番大事にしていたのが、ITを使って、救急外来事務による電子台帳による情報管理を効率化し、ひいては患者治療に還元していきたいという思いでした。その後2021年夏には日本で3番目の地域として救急隊との情報連携もスタートしました。救急の現場は、救急医だけでなくあらゆる診療科・職種・さらに地域の救急隊も関わりますので、全体最適を実現してこそ大きな効率化が期待できます。人力を介さずに患者の状態等が完全同期されてデータ化されるという救急システムの理想の姿から見るとNEXT Stage ERのAIなどの機能はまだまだ発展途上です。真の医療DXを実現できるよう、これからも導入病院や救急隊の意見を取り入れながら進化させていきます」(園生氏)
  • [写真] みやぎ県南中核病院の導入に立ち会った園生氏(写真右端)と野村氏(左端)

    みやぎ県南中核病院の導入に立ち会った園生氏(写真右端)と野村氏(左端)

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