オープン・イノベーションが企業にとってもはや必須の考え方となるなか、その取り組み自体だけでなく、成果創出までが厳しく問われる時代になってきている。新たなテクノロジーや知識を獲得・活用して社会的価値を創出するために、新たな戦略策定や仕組みづくり、人財育成に挑む姿勢があらゆる組織に問われているといえる。 こうしたなか、慶應義塾大学SFC研究所 次世代テクノロジー&ファイナンス・コンソーシアムと三井住友信託銀行は、8月30日にオンラインシンポジウム「アントレプレナーシップ飛躍的拡大作戦~オープン・イノベーションの新たな地平~」を開催した。同シンポジウムには産官学金等でイノベーションを担う各プレイヤーが参加し、「社会実装」と「人財投資」という大きく2つの観点からパネルディスカッションが行われた。

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    (左)セッション1:「知」の社会実装を早く、大胆に実行するための仕掛け
    (右)セッション2:新規事業と人財投資

"1億総養殖化"状態をどのようにブレイクスルーすべきか

前半のパネルディスカッション「『知』の社会実装を早く、大胆に実行するための仕掛け」に登壇したのは、慶應義塾大学 総合政策学部教授 古谷 知之氏、東急 人材戦略室人事開発グループ 兼 フューチャー・デザイン・ラボ 担当部長 御代 一秀氏、アンダーソン毛利友常法律事務所 パートナー 清水 亘氏、デジタル庁 データ戦略統括 平本 健二氏。三井住友信託銀行 代表取締役副社長 野口 謙吾氏をモデレーターに、アントレプレナーシップを培うために各領域のプレイヤーは何に取り組んでいくべきか議論が行われた。

冒頭で野口氏は、「テクノロジーは社会実装してはじめて価値が生まれる。大企業もベンチャーもアカデミアも金融も、誰もがイノベーションの主役にならなくてはならない。そのためにはアントレプレナーシップ(起業家的行動・精神)が重要。しかし日本は"1億総養殖化"された状態。誰もがルールという囲いの中でひたすら餌が来るのを待っている。こうした状況をどのような形でブレイクスルーすべきか」と問題提起した。

これに対し古谷氏は、イノベーションの源流にある大学の立場から、同氏が代表を務める「次世代テクノロジー&ファイナンス・コンソーシアム」の取り組みについて紹介した。同コンソーシアムは、次世代テクノロジーと金融をハブとした産業横断のネットワーク結束による社会課題解決と政策提言を行うことを目的とした組織。活動の一環として自動運転やドローンなどの実証実験に取り組むなか、産学官連携が叫ばれているのにも関わらず、自治体や地域の人々が技術を目利きできず社会実装の環境づくりが進まないという課題があることを明かす古谷氏。こうした環境を打破するためにも「修士・博士などの高度人財を地域に輩出していきながら、社会イノベーションに取り組んでいければ」と語った。

事業会社の立場からブレイクスルーに挑戦しているのが、東急だ。東急グループとのオープンイノベーションプラットフォームとして、2015年に「東急アクセレレートプログラム」を立ち上げ、事例創出から組織化、仕組み化、当たり前化にまで取り組んできた。御代氏は「地道な取り組みを続けて、実績だけでなく意識が積み上がってきた」と評価しつつも、「異なるカルチャー・目的を持つ事業者が付き合うと上手く行かないことが多く、期待されているほど広がっていかない」と吐露。現状維持バイアスが働くなかで従来の役割を超えた取り組みを進めるにあたっては、いかに一歩踏み出す意識を持つ人たちを増やすかがブレイクスルーにつなげるポイントであるとした。またこれに対し野口氏は、「適切な時期に適切なお金を継続的に供給する仕組みが足りていないことも要因。それによってリスクテイクに対する考え方も変わるはず」と、金融機関側の意識改革も求められていると説明した。

新たな知識やテクノロジーの社会実装にあたっては、法律面について検討することも重要となる。現在ではVCや金融機関などからの助言もあり、ベンチャー・スタートアップのリーガル意識も高まっているというが、清水氏は「リーガルはあくまで物事の一側面にしか過ぎない」と強調。「弁護士としては、税や金融まで含めて多角的な視点から会社のフェーズに合わせたサポートを行うことが必要」と語った。

異なるもの同士をかけ合わせてイノベーションを創出するために、デジタルは大きな武器となりえる。知の社会実装をもう一歩進めるためのキーワードとして、「データ」を挙げる平本氏。「ベンチャーからは、データが手に入らない、クレンジングに時間がかかる、といった声が上がっている。データプラットフォームを構築し、必要なときに必要なデータが得られるようにして迅速にビジネスをスタートできる状態にしていきたい。その際には、グローバルスタンダードな形で進めていくことも重要」と、データ活用に向けた基盤整備の重要性を強調した。

デジタルネイティブ世代のアントレプレナーシップ

アントレプレナーシップを培うには教育も重要となる。慶應義塾大学SFC研究所においても、教育プログラムを実施しているという。古谷氏は同プログラムの経験を踏まえて「批判を受ける覚悟で言えば、デジタルネイティブ世代の学生たちはおじさんのやっているデジタルやアントレプレナー教育に胸焼けしている」と説明。グローバルで日本の給与水準が低下していることもあり、学生は海外就職を視野に入れている状況を明かした。一方で、学生たちは、失敗することに慣れておらず、失敗を恐れている面もあるという。古谷氏は、意図的に失敗させ、失敗は乗り越えられるものという認識を共有するための教育プログラムづくりの重要性についても触れた。

学生の海外志向の話題を受けて平本氏は、テレワーク化が進み、海外で働く障壁が下がっている現状について言及。「会社や人財のあり方が問われている。私たちにできることは、働く場所を問わず活躍できるグローバルなプラットフォームを用意すること。特に労働人口が減る日本においては、海外でも通用するツールを用いて、どこからでも働けるようになることは重要」と述べた。

各プレイヤーは「人的資本」をどう捉えているか

後半のパネルディスカッションに登壇したのは、法政大学 経済学部教授 小黒 一正氏、オムロン イノベーション推進本部 本部長 石原 英貴氏、ACCELStars(東大発ベンチャー) 代表取締役CEO 宮原 禎氏、三井住友トラスト・アセットマネジメント スチュワードシップ推進部 ESG推進室長 手塚 裕一氏、日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 Chief Compliance Officer(CCO)兼 人財統括本部 シニアエバンジェリスト 髙本 真樹氏。慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任助教 間中 健介氏をモデレーターに、「新規事業と人財投資」というテーマでディスカッションが行われた。

冒頭では間中氏が、企業の成長と人材への分配という観点で「産業界全体で資本装備率向上、雇用者報酬拡大への取組は進んできたが、ROEとESGの結節点の一つとして、人的資本投資へのいっそうの姿勢が求められている」とコメントし、次いで手塚氏が、人的資本の課題と現状を次のように整理した。

「今年に入ってから人的資本へ注目が集まるようになり、2022年度のエンゲージメント計画を見てみると、もともと関心度の高かった環境事業機会とほぼ同等の優先順位として認識されている。その一方で、人的資本に関する情報開示はまだ不十分。日本において人財はPL上のコストとみなされているが、BSで捉える発想の転換が企業の課題。日本企業がESGやSDGsを実践するうえでは、経営トップが明確な企業パーパスを提示し、人財戦略を策定のうえ、役員報酬や経営戦略に反映していくことが重要。その次に人的資本と企業価値とのつながりを計算し、非財務のKPIを定めて定量化・可視化していくという流れで進めていく」(手塚氏)

これに対し小黒氏は、「戦後は製造業を中心に物的資本へ投資してリターンを得るキャッチアップ型だったが、バブル期頃からは知識集約型へ変化し、データや知識、人間のアイデアが莫大な価値を持つとされるようになった。現在では、企業の生産性に与える影響はもはや無形資産のほうが大きい。無形資産の価値をどう評価しビルドアップしていくかという視点が重要」と経済学的な観点から補足する。

「人的資本という考え方以前に、事業会社の立場からすると、人が能力を発揮できるかどうかでビジネスが決まるのは自明」と話すのは、石原氏。新規事業においても「あの人がいたからこそ実現できた」というケースが多いことを明かす。一方で、企業成長を目指すのであれば、過度な属人化は好ましくない。石原氏は「新規事業を継続的に生み出すには、経営のコミット、そして新規事業創出に向けたマネジメントの型が重要。どのタイミングで誰が何を決定して、経営がどこでどうリスクを取るかが明確になってはじめて、人が能力を発揮できる」と、経営とマネジメントの重要性にも言及した。

また髙本氏は、人事制度のあり方について「"ジャパン・アズ・ナンバーワン"の時代に作られた終身雇用・年功序列制度は、当時理に適っていたが、世の中の変化が激しい昨今においては、こうした人事システムを再考せえざるを得ない」と説明する。日立でも、ジョブ型への移行をはじめ、評価制度や賃金制度の見直しを進めているところだ。

一方、ベンチャー・スタートアップにおいても、人的資本の考え方が求められる。宮原氏は大学発スタートアップの立場から「スタートアップには、むしろ人しかいない。当社には、物理、数学、工学などの博士号取得者が多く集う。人がなければビジネスの差別化は難しい」と言い切る。

「適材適所」の人財登用と育成が求められている

人財投資への理解は進みつつあるものの、具体的な方法について明確な答えはない。小黒氏は、「労働市場はハイレベル人財と中間層が二極化している。AIの発展などで働き方が変わるなか、中間層の人々をどう活用していけばよいか」と問題提起する。

これに対し宮原氏は、「ビジネスには、大きく分けて商品をつくるフェーズと、売るフェーズの2つがある。前者の場合、ハイレベル人財をどれだけ確保できるかが勝負となるが、後者の売るという行為は、相手先がいるから成り立つもので、コミュニケーションが大切。サブスクリプション型のビジネスでは、ユーザーの解約率を減らすカスタマーサクセスの取り組みが注目されており、これらは人間関係の構築力が求められる」と、ビジネスのフェーズによって求められる素養は異なっており、それも踏まえた戦略を考えるべきであると説明する。

石原氏も宮原氏の意見に賛同する形で「事業を0→1で作るうえではハイレベルなスキルが求められるが、具体化していく段階では、泥臭い営業や品質担保などが必要。このタイミングでは、定年を迎えた経験豊富なシニア層の戦力がありがたい。人財を流動化させて、タイミングごとに必要な要員を入れていくことが重要」と、「適材適所」の重要性を強調する。

さらに髙本氏は、「定年が上がり、人生100年時代に働いて輝き続けるためには、これまでと違う発想が必要。AIができることはAIに任せて時間を捻出し、浮いた時間をリスキリングに活かすことも必要。ダイバーシティのあるメンバーで働いていくことを当たり前の風景にしていかなければならない」と付け加える。

また小黒氏は、そのための具体的な方法として、「たとえば、週2-3日制でマルチジョブホルダーを認める取り組みが考えられる。人財をポートフォリオやネットワークの思想で捉え、企業内でも多様な働き方をバックアップすることが必要」と提案する。

宮原氏は、アントレプレナーシップを醸成していくためのアイデアとして、リスク許容度の低い人でもリスクテイクできる仕組みをつくることの重要性を指摘する。「そのためには、取れるリスクと取れないリスクが可視化できていないことが問題。多くの人はリスクを0か100で捉えている。20くらいのリスクを取れる環境を用意するとよいのでは」と語った。

石原氏によると、特に大企業においては「アントレプレナーシップを持つ人財は、超マイノリティ」だという。一方で、「アントレプレナーシップを持つ人を支えるフォロワーシップのある人は多くいる」とも明かす。そうした人財も含め、あらゆる人々がスキルアップできるような人財育成方法についても考えていく時期に来ているといえる。

最後に、主催者の一人である三井住友信託銀行の寺西俊調査役はシンポジウムを企画した思いをこう説明する。 「アントレプレナーシップと言うと独立起業のイメージが強いが、我々銀行員含めて大企業の中での新規事業の開発現場などにおいても起業家的行動・精神が不可欠。 イノベーション創造に向けて従来に無いマネジメントや人財登用・育成を待ったなしで実行し、起業家的行動・精神が根付く組織をつくるきっかけ提供をまずはしたかった。」 慶應義塾大学SFC研究所と三井住友信託銀行は、企業の事業創造の源流に積極的に関与、長期的な伴走をして必要となる機能やネットワークを提供していくという。

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