いま、世の中を「ご乱心の味」とでも呼ぶべき商品が賑わしています。記憶に新しいところでは、カップ焼そば「明星 一平ちゃん夜店の焼そば」のショートケーキ味。対抗するかのように「ペヤング」からは「チョコレートやきそばギリ」が発売されます。

バレンタイン向けに、1月18日に発売された特別版「明星 一平ちゃん夜店の焼そば チョコソース」。ウスターソースとチョコソースが混ざった特製ソースやふりかけなどをかけると、甘ったるい香りが広がり、食べると未知なる味に……

アイスなら「ガリガリ君」の「コーンポタージュ」味や「ナポリタン」味、懐かしいところではキューリ味のコーラ「ペプシアイスキューカンバー」や「生茶 ザ・スパークリング」なんてのも。ちなみに「一平ちゃん」のショートケーキ味は、ネットで「キリストもブチ切れるレベル!!」「飲み込めないほどマズい!」と大好評。Twitterの検索ワード上位に進出する勢いでした。

では、企業はなぜ、こんな「ご乱心」をするのか、してしまうのか!? 先ほど、筆者はネットの「マズい!」という評価を「大好評」と書きました。実を言うとこれら商品には充分、出す意味があるのです。

「ご乱心の味」はコンビニ側も求めている!?

定番商品は常に「飽きられる」こととの戦いを強いられています。もし消費者に飽きられ売上が落ちると、コンビニやスーパーの棚にスペースがもらえなくなるのです(これを「棚落ち」とも言います)。特にコンビニには「この棚に商品を置いている限りは、1日あたりこれくらいの利益は出すこと」といった基準があります。しかも、一度棚落ちしてしまうと消費者に忘れられてしまい、復活はさらに難しくなります。

そこでメーカーは、常に商品をリニューアルし、消費者に「あのブランドは面白い」と認識してもらう必要があるのです。これはコンビニ等の小売り業者にとっても有り難い話。いま、消費者はコンビニに「必要なモノを買いに行く」のでなく「エンターテインメント」も求めています。筆者の私も、正直、仕事の休憩時間などに「何か面白いモノないかな?」とコンビニに行きます。そんな思いに応えられる「え! 何これ!」という商品は、小売り業者も求めているのです。

人気YouTuberの動画に「PR」とついているわけ

しかも「ご乱心の味」はSNSで拡散していきます。あなたもこの類を食べたら、SNSに写真や感想をあげたくなりませんか? ショートケーキ味の一平ちゃんは、Twitterでも「おみやげにもらって、感想を聞かせてほしいと言われた……」など阿鼻叫喚の様相。しかしこれが、ブランドの宣伝になっているのです。もたらされるのは「メジャー感」。今までガリガリ君やペヤングを食べたことがなかった人や、その存在を忘れていた人も「なんか人気らしいな」「じゃあ、普通のソーダ味なら食べてみるか」となって、利益の柱である定番商品の売り上げが伸びるのです。

その根底には「いま、広告のありかたが様変わりしている」という現実があります。以前、広告と言えば「メディアにお金を払ってメッセージを“伝える”もの」でした。ゴールデン番組でドーンと全国テレビCMを行えば知名度アップが期待できたのです。

しかし、ネットではそうはいきません。ネット上での広告は「我々消費者に面白がってもらい、人づてで“伝わる”もの」。理由は単純です。テレビのように情報をぶっ込むわけにいかず、ユーザーに興味を持ってもらい、リンクをクリックしてもらわなければ見てもらえないから。だから企業は人気YouTuberにお願いし、自社商品のPRになる動画をつくってもらったり、Twitterで笑わせにかかってフォローしてもらったりしているのです。

「マイクロトレンド」が広告の新たなキーワード

しかも、SNSには「面白い情報は拡散していく」という特性があります。

たとえばSNSが一気にメジャー化した2010年、ユニリーバ・ジャパンの男性化粧品ブランド「AXE(アックス)」はボディソープを興味深い広告手法で売り出しました。「新宿駅前風呂場」なるものをつくり、グラビアアイドルが体にAXEのロゴをつけ公開入浴する、といった仕掛けを始めたのです。このネタは、世の男性の「バカバカしいこと大好き」というヤンチャ心や「しょうがないから全力で釣られてやる」といったユーモア心をくすぐり「Twitterで申し込むとサンプルがもらえる」的なイベントもあいまって大成功をおさめました。

そう、現在は「マイクロトレンド」の時代。

たとえばダウンタウンやジャイアンツのようなメジャーな存在がメディアを席巻するのでなく、「マイクロ」=「個人」が情報源になり、SNS上での「トレンド」が形成される時代なのです。先のボディソープの例でも「湘南海岸風呂場」だったら「わりと当たり前」で、これほどウケなかったでしょう。だから食品の企業も「ご乱心の味」を出すのです。だって、SNS等で話題になれば「広告換算すれば安いもの」ですから。

その証拠に「ご乱心の味」は、低価格帯のアイスやカップ麺や飲料など、若者向けの商品に多くないですか? これは「SNSを使っているのはおもに若者」だから。実を言うと「ご乱心」に見え、非常に高度な広告戦略だったんですね。

ただし、企業側にすれば「マズい」はやはり痛手。企業にとって一番うれしいのは「SNSで話題になり、商品も在庫は捌けた」状況のはず。たとえばカップヌードルの「ミルクシーフードヌードル」は、ちゃんと在庫を捌き、しかも期間限定で幾度か出すなど、マーケティング面だけでなく売り上げ面でも大成功しています。

いずれにせよ、そんな企業発のエンターテインメント、あなたは乗りますか? ちなみに筆者はこのたぐい、全力で釣られるように心がけています。

著者略歴

夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書に「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。