《第63回・関西財界セミナー》 人類社会の将来像を見据えて、足元の危機襲来にどう対応するか?

関西の未来図をどう描くか─。関西の経営者をはじめ、700人強が集まって関西の未来や企業経営の課題などを議論し合う「関西財界セミナー」。例年は京都で行われるが、第63回は神戸での開催に。世界情勢が混沌とする中でも大阪・関西万博が目前に迫る。緊張と期待が同居する中、経営者たちは自らの使命と覚悟を示し、地に足をつけた経営を心掛ける。6つの分科会での議論を通じて見えてきた関西の未来図とは?

震災を教訓とした神戸市

 兵庫・神戸市の繁華街・三宮。整備された駅周辺の街区には商業施設が立ち並び、若いカップルやインバウンドの家族客などで賑わっている。高架上にある駅ではJR西日本や阪急電車の車両が忙しなく行き交い、駅前ではJR西日本が手掛ける大型再開発の工事が進んでいる。

 30年前の阪神・淡路大震災から復興を遂げた神戸が2025年2月6、7日に開催された第63回関西財界セミナーの舞台となった。

 これを踏まえて関西経済連合会会長(住友電気工業会長)の松本正義氏は「頻発する自然災害や南海トラフ地震など、企業は事前の備えに向き合う必要がある。具体的、実践的な議論を」と呼びかけた。

 神戸での開催は20年ぶり。兵庫県内から100人超、全体で約700人の経済人や財界人が集まった。テーマは「強靭に、果敢に、羽ばたく関西 未来社会のデザイン元年」。

 環境課題の解決や少子化が進む中での次世代の人材育成、トランプ米大統領就任の影響など関西に限らず、全国の企業に共通する課題が6つある分科会のテーマに据えられたが、一方で企業・地域の防災や大阪・関西万博といった関西ならではのテーマも設置。

「震災を経験した神戸で、これからの防災を語り合うことには大きな意義がある」と神戸商工会議所会頭(神戸製鋼所特任顧問)の川崎博也氏は強調する。

 昨今、埼玉県八潮市などで下水管の破裂事故が相次ぐ。老朽化が原因だが、実は神戸市は震災時に1カ所の下水処理場が被災し、多くの住民が長期間にわたって下水道を使えなくなった。

 これを教訓に同市は2011年度に市内5処理場を結ぶネットワーク幹線を完成。どこか1つの処理場が使えなくなっても他の処理場で処理できるようになっているのだ。神戸市長の久元喜造氏は「平時から災害に強いインフラを整備し、レジリエントな都市基盤を構築していく必要がある」と訴える。

 地震や豪雨など災害対応における企業と地域の防災力向上をどう図るかを議論したのが第4分科会。

「企業の防災・減災体制は整備されたが、まだまだ不十分。整備にゴールはなく、外部環境の変化に応じて継続的なレベルアップが必要だ」と力を込めたのが30年前の震災で126両の車両が全半壊した阪神電気鉄道会長の秦雅夫氏。

「鉄筋すらアメのように曲がっていた。惨状が脳裏にこびりついている」と振り返るが、震災から30年が経過し、震災の記憶も薄くなり、働き方などの価値観も多様化。そこで同社は有事への備えや早期復旧への使命感を社員に持ってもらうための安全啓発施設を昨年新設した。

 災害は自然が相手。企業だけの努力では限界がある。関西国際空港、伊丹空港、神戸空港を運営する関西エアポート社長CEOの山谷佳之氏は「昼間に震災が起これば、コミュニケーションが取れない訪日客は最弱者になる」と話し、企業と自治体が連携して支える体制を提言。

 自動車部品メーカーの三ツ星ベルトは震災時、工場用水を汲み上げて工場周辺で起きた火災の延焼を防ぎ、多くの被災者も受け入れた。社長の池田浩氏は「地震発生直後に全て現場で判断した」と振り返る。

「1980年からまちづくりに参画しており、地域住民と顔が見える関係だった」と平時からの地域との関係構築が力を発揮したと話す。

「米国第一主義」を掲げるトランプ政権が発足し、関税の発動で世界中が分断・分裂の様相で覆いつくされ始めている。第5分科会では、そんなグローバルリスクと企業経営について白熱した議論が酌み交わされた。

米中対立の中の商機とは?

 1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に参加した三井住友銀行頭取CEOの福留朗裕氏は「個別セッションが気候変動や多様性からAIエージェントなどに移行し、ESG(環境、社会、企業統治)重視からかなり後退していた」と同会議の変化を分析。その上で企業のサプライチェーン(供給網)戦略について話題が広がった。

 トランプ氏は中国からの輸入品に追加関税を課す措置を発動。すると、中国側も直ちに対抗措置を発表するなど、輸出全体に占める中国向けの割合が全国より高い関西企業への影響は大きく、今後は供給網の変更も迫られる。

 パナソニックホールディングス副社長の佐藤基嗣氏は「重点リスク項目に対し、継続的にモニタリングしつつ、何が起きても柔軟に対応できる準備が必要だ」というスタンス。

 丸一鋼管会長兼CEOの鈴木博之氏は「日本は米中どちらかに肩入れするのではなく、状況をよく見定めるべきだ」と忠告。海外売上高が8割を超えるダイキン工業会長兼CEOの十河政則氏は「AIだけでは独創性はなくなる。アニマルスピリッツとグローバルな戦いの中で磨いてきた人間の直感力や洞察力が重要だ」と経営者を鼓舞した。

 この分科会で印象的だったのは、2人の専門家に対しアドバイスを求めるシーンが目立ったことだ。

 問題提起者となっていたキヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏と慶應義塾大学総合政策学部教授の白井さゆり氏に「前回のトランプ政権と何が違うのか?」「変化をどう見極めるべきか?」といった質問が相次いだ。

 宮家氏は「米国の対中政策は変わっていない。米中対立は当面続く」と見通しを話すと、白井氏は「日本のメディアだけを見て日本の論調だけを信じていると見誤る。様々な情報と接するべきだ」と進言。

 その上で「日本企業に対する信頼は厚く、グローバルサウスに商機を見出すべきだ」と提案を示した。

 十河氏が指摘したように、不透明な時代にあって重要になるのは〝人〟。第3分科会では教育・人材育成について活発な論議が交わされた。出生率が72万人と過去最少になるなど急速に少子高齢化が進む日本。

 次世代の人材づくりが国の経済力にも直結するだけに同分科会では大学関係者の意見が目立った。

 関西大学教育推進部副部長・教授の山田剛史氏は大学進学者数が21年の約63万人から40年には約46万人に激減し、私立大学598校中、354校で定員割れが起こると説明。大学も多様な学生を受け入れ、育てる人材養成機能の強化が不可欠であると危機感を募らせた。

 山田氏は大学全入時代で学生が多様化しているが、一方で「大学生」と一括りに扱われ、特色を持つ大学が生まれにくいと話し、企業側にも学校のランキングや偏差値で学生を判断していることに懸念を示した。

 それに対し、日本製鐵参与大阪支社長の矢ケ部昌嗣氏は「学生時代に夢を持たせて欲しい。何を成したいか考える機会を与えてあげて欲しい」と要望した。

 第2分科会では大量生産や消費、廃棄から「循環経済」への移行を模索。省庁縦割りを打破するため、「サーキュラーエコノミー省を作り、資源を世界に輸出できないか」(サラヤ社長の更家悠介氏)とのアイデアも出た。

 アイデアはこれからの都市の在り方を議論した第6分科会でも出てきた。さくらケーシーエス顧問の神原忠明氏は「元気なサードエイジ(シニア層)が都市と地方の2拠点で生活することで、エリア全体のウェルビーイングにつながる」と語った。

革新的な技術の社会実装を

 そして第1分科会のテーマが開催まで約2カ月と迫る大阪・関西万博。2月下旬時点では前売り入場券の販売枚数は約788万枚と目標の5割ほど。

 購入方法が分かりにくいといった声が上がる中、ID登録なしでも購入できるようにし、当日券も入場ゲート前で購入できるようにするなど政府も対策を繰り出す。

 万博の意義は大きい。関経連会長の松本氏は「万博では先進的な技術やサービスが披露されるが、社会実装につなげるためのサポートが必要」と訴え、ポスト万博の未来図を語る。竹中工務店会長の難波正人氏は「万博のチャンスを使い倒すことで関西を発展させたい」と話す。

 そんな革新的な技術の1つが水素燃料電池を動力とする船舶。「これまで水素は産業用途がほとんど。多くの人にエネルギーとして有用であることを実感して欲しい」。運航を計画する岩谷産業社長の間島寛氏は意気込む。

 次世代の移動手段として注目される「空飛ぶクルマ」のデモ飛行を手掛ける日本航空常務執行役員西日本支社長の宮坂久美子氏は「安全性が重要。日常の足として飛び回るのは2030年代になるだろう」と見通しを語った。

 万博を成功に導くためには大企業だけの力だけでは難しい。りそな銀行副社長の南和利氏は「未来社会の実現には地域社会が中小企業やスタートアップの力を補完する必要がある」と指摘。

 川崎重工業顧問の牧村実氏も「革新的な技術の社会実装には門外漢を取り込み、新しい風を吹き込む覚悟がいる」とした。

 前回の万博を機にワイヤレステレホン(携帯電話の前身)や電気自動車、缶コーヒーが社会実装された。

 今回の万博では目の見えない人の移動をサポートする自律型ロボット「AIスーツケース」やiPS細胞由来の心筋細胞を立体的に培養した「iPS心臓」、AIを活用した非接触型の血糖値測定などがお披露目されるだけに、関西の経営者の士気も高まっている。

 日本再生が叫ばれる中で国際情勢は混沌としている。それでも会場には緊張感を抱きながらも、生き抜く覚悟を示す経営者が多く見られた。関西には万博やIR(統合型リゾート)など起爆剤がある。

 人類社会の未来を見据えると同時に、足元の防災などの危機にもどう対応していくかが問われている。

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