APHD 会長米山久の高品質・中価格帯戦略「食材の生産者も潤い、お客様にも満足してもらえる ビジネスモデルを」

安くて酔える居酒屋から、 お酒を嗜む居酒屋へ需要変化

「体に良い食材で、週一のご褒美になる、安さではない価値を求めている人向けに経営をしてきた。以前はそういった価値観のお客様は10人に1人だったが、最近はそれが肌感覚2人に増えてきた」と手応えを語るのは国産地鶏を使った居酒屋『塚田農場』など国内外で約40ブランド・150店舗を運営するエー・ピーホールディングス(APHD)会長兼社長の米山久氏。

 コロナで生活様式が変わり家飲みが定着、大人数の宴会が消え、自然と外での飲酒量・頻度も減った。その一方で、気の置けない少人数の仲間とたまに集まり、上質な時間を過ごしたいというニーズの高まりがみられる。物価高で節約志向の中、せっかくお金を使うなら価値あるものへという消費者の変化だ。

 現在、居酒屋大手企業の客単価はおよそ3000円程度だが、APHDでは食材にこだわり、4000円弱と1000円上回る価格設定。

「昔はストレス社会にあって、週に2~3日、2000円でベロベロに酔える居酒屋が求められていたが、今は落ち着いた場所で良質なものを嗜みたいという人たちが増えている。蔵元さんたちと話すと、デフレ下で飲み放題文化が日本に定着したが、彼らとしてはそれが一番悔しいと。ガブガブ大量に飲まれるような飲み方をされるために自分らは魂を込めて酒造りをしているわけではないというのが彼らの本音です」と米山氏。食べることは命をいただくこと。その品性を人類全体でもう一度見直す時期に来ているのか、考えさせられる話である。

 コロナ禍以前、同社は居酒屋業態が約7割を占めており3年連続赤字の窮地に陥った。必死に試行錯誤しながら高品質中価格帯という自分たちの強みを磨き、お弁当等の中食事業など新規事業を育て事業ポートフォリオを組み直した。現在は居酒屋が3割、レストラン専門店が4割弱、残りを海外、中食、生産流通事業に分散し、2025年3月期第二四半期では7期ぶりに営業利益が黒字化した。

 総務省が発表した2020年を基準とした消費者物価指数は前年同期比で3%上昇。帝国データバンクによれば、2024年の居酒屋の倒産件数(負債1000万円以上、法的整理)は過去最多の894件、前年比で16.4%増加。多くは原材料、人件費等のコストアップが要因だ。

 その中で、APHDは「常に原材料に合わせた価格設定でお客様への提案をしてきたため影響は少ない」(同氏)という。

 生産者の原価を把握し苦労などを理解した上で価格設定を行い、客に丁寧に説明し提案を行ってきた。安さを価値とせず、「食のあるべき姿を追求する」を掲げ経営をしてきた点が、物価高騰の環境変化にも耐えうるブランドとなっている。

〝安い〟には必ずワケがある─。昔から「甘い話には必ず裏がある」と人の欲を戒める先人の知恵が伝承されていた。いま、社会ではさまざまな場面で、〝あるべき姿〟を一人一人が再考する時期に来ているのかもしれない。

〝食の品性〟を見直す時期

 一部の富裕層だけ高級食材を食べる世界で本当に良いのか─。そう考えた米山氏は上質な高級食材を企業努力により中価格帯で提供する居酒屋を創業。

 居酒屋『塚田農場』は宮﨑県日南市の養鶏場と提携し、最高級地鶏を使用。平飼いのための土づくりから一緒に行う。地鶏流通を内製化して価格を抑え、顧客がポケットマネーで行けるぎりぎりの価格設定をしている。

「うちは〝生産者も潤いお客様も満足〟を目指し、生命(雛)の誕生からお客様の口に入るまでを担う生販直結を大事にしている。結局、社員やお客様たちは当社のこうした取り組みに強く共感してくれている。だから社員は食べていただくお客様にも自然とその取り組みを伝えたいと思い、売らなければいけない理由が明確にある」と米山氏。たしかに同社ブランドの店員は客との距離が近い。注文を受ける際、スタッフは素材の価値を熱心に伝える接客スタイルが印象的で、それが客にとっては来店の楽しさでもある。

 同社は生産現地に足を運び商いのヒントを得る。例えば、地鶏の生産者が処理の手間から内臓を破棄していたが、職人がそのホルモンを丁寧に焼けば食べたことのない美味しい焼き鳥になる。ほぼ原価0円の材料が同社ブランドの焼鳥店『希鳥』では客単価8000円の一商品として売れるようになった。

 また、地鶏のビジネスモデルを横展開し漁業などにも広げ、海鮮居酒屋『四十八漁場』や、鮨『若尊』『つぐみ』を運営。銀座で食べれば3万円はくだらない江戸前鮨を高品質中価格帯(一人約1万円周辺)で提供し、8カ月先まで予約が埋まる繁盛店となっている。

 海鮮素材においても漁師と密に提携し、旬の水産物の価値を最大限に伝えることや、水産資源にも配慮する。現在多くの国において、水産資源管理の対策を取っていないという現状がある。そのため少しでも多く獲ろうと網の目を細かくすることで、意図せず幼魚までも獲れてしまい、魚が育たないという問題が起きているのだという。市場価値がつかない小魚たちは、破棄されるか、良くても飼料として二束三文で買い叩かれることも多い。

 この課題解決に向け同社はその小魚を適正価格で買い取り、付加価値をつけて商品化し、少しでも漁師の収入につなげる取り組みも積極的に行う。

 人と人とのつながりを大事に生産から担い、食材は命をいただくという意識で余すことなく使う。社会課題と経済性を両立させたまっすぐな経営が人々の心を掴んでいる。

 原料高により大量生産消費社会の歪みが顕在化する中で、適正価格をいかに構築するか。社会全体が本来のあるべき姿に向かう過渡期の中、先端を走る米山氏の経営である。