2011年にドイツ政府がインダストリー4.0を発表してから10年以上が経過した。アルファコンパス代表CEOの福本勲氏は、その間欧米のデジタル化の取り組みは社会や経済基盤の再設定といった観点で着実に歩んできたのに対し、日本は既存ビジネスの延長線上での効率化に終始してきたと指摘する。

2024年12月11日~12日に開催された「TECH+フォーラム 製造業DX 2024 Dec. ありたい姿に向かうための次なる一手」に同氏が登壇。欧州での昨今の動きを紹介しながら、そこから日本の製造業が学ぶべきことやDXのために取り組むべきことについて語った。

DX、情報共有はまず「誰もノーと言わないところ」から始める

講演冒頭で福本氏は、EUでは将来のデジタルエコノミーの世界実現に向けてデータスペースを構築する動きが進んでいることを紹介した。まずIDSA(International Data Spaces Association)やGAIA-Xが、データ試験に関するフレームワークの普及を推進し、特にアメリカや中国にプラットフォーマーとしての疑似独占体をつくらせないための自律分散協調型のデータ連携基盤を構築した。そしてCatena-Xが自動車サプライチェーンに関わる企業の間での安全なデータ交換や共有を行う次世代のプラットフォームをつくり、これをManufacturing-Xによって製造業全体に拡大しようとしている。そして今、Manufacturing-Xを中心としてFactory-X、Aerospace-Xといった多様なデータベース構築に向けた動きも始まっている。また、ドイツは多くの国際パートナーとともに、International Manufacturing-X Councilの設立にも取り組んでいる。

「グローバルな製造業の国際的産業データエコシステムの発展が進み始めている、そう理解すべきだと思います」(福本氏)

  • EUのデータベース構築を巡る動き

このような情報の連携や共有は重要だが、製造業ではコアコンピタンスである工場や製品などの詳細な情報をオープンにすることは難しい。では情報の共有はどこから進めるべきなのか。それは「誰もノーと言わないところ」からだ。例えばカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーといったサステナブルな領域なら、サプライチェーン全体の情報共有に反対するプレーヤーは少ないはずだ。ドイツのシーメンスがCO2の排出量などの気候関連データをサプライチェーン全体で共有するグローバルな非営利団体を立ち上げたのも、こうした考えに基づいたものだろう。

日本の製造業におけるDXの必要性

日本の製造業においてDXが求められる理由はいくつかある。まず、人口の減少により、熟練技能者のノウハウを継承していくのが難しくなっていることだ。それゆえ、デジタルでノウハウを継承していく取り組みが必要になる。また、モノづくり大国・日本としての競争力を維持しなければならないこと、製品が複雑化しソフトウェア化するに伴って求められるサービスが変化していること、さらには業務のリモート化ニーズの拡大といったことに対応するためにも、DXが求められているのだ。

しかし、日本企業のDXはあまり進んでいるとは言えない。IPA(情報処理推進機構)によるDXの動向の調査では、全社的にDXに取り組んでいる企業の割合はアメリカよりも多い。しかし、この回答にはデジタイゼーションとデジタライゼーションも含まれているため、本来のDXを示す数字ではない。日本ではデータのデジタル化、業務の効率化など、デジタイゼーションやデジタライゼーションの成果は出ているが、新サービスの創出、ビジネスモデルの根本的な変革など、本来のDXの成果はあまり出ていないのが実情だ。

  • DXへの取り組み状況の日米比較

では本来のDXのためにはどうすればよいのか。そのためにまず必要なのは投資だ。福本氏は、「デジタイゼーションやデジタライゼーションで収益を蓄積し、そこから新しい取り組みに投資していくべき」だと説明した。

昨今の欧州のトレンドとは

続いて福本氏は、昨今の欧州でのトレンドについて紹介した。その1つが、エンジニアリングチェーンを一貫してデジタルツインで支える仕組みだ。例えば電気工学用CADソフトメーカーであるドイツのフリードヘルム・ロー・グループのEPLANでは、制御盤の設計から製造までを一貫してデジタルで支援している。ケーブルの取り付けを差し込みに限定するなどにより自動化を進め、使うワイヤーまでをもクラウドのBOM上で管理することで、一品ごとに設計が異なる制御盤にロボットが自動的に対応できるようにした。さらにデジタルツインの指示で加工機が自動で作業できるようにしているほか、ワイヤーの選択、切断、送出などを組み合わせたスマートワイヤリングソリューションも提供している。

リモート化のニーズが高まるなかで注目されているのが、離れた場所にいる技術者の共同作業を実現するインダストリアル・メタバースだ。IoTのデータを可視化し人がそれを見て判断できるようにしている取り組みは、すでに多くの企業で実用化が進んでいるが、今後、あらゆるデータを可視化し、サイバー空間で少し先の未来までのシミュレーションを行うこが求められており、その役割を担うのがデジタルツインである。また、デジタルツインのデジタル側でコミュニケーションを行うのがインダストリアル・メタバースである。

その例が、マイクロソフトがロックウェル・オートメーションとともに取り組んでいるアバターでの操業支援だ。液体を扱うプラントの設備をデジタルツイン化し、そのデータから消耗品の交換時期を予測してレコメンドするという。AIアバターはChatGPTベースの自然言語対応が可能で、設備の状態や交換すべき部品とその時期、交換時の注意点、過去のトラブル履歴などをアドバイスしてくれる。Teamsのようなコミュニケーションツールの上で人と設備が直接やり取りすることも可可能にしていくとしている。

このほか、生成AIの産業領域での利用も進んでいる。人とのインタラクティブなコミュニケーションで情報を絞り込む、自然言語による指示で機械制御するといった生成AIの活用は、省人化につながる。また、若手が自立的にスキルを習得するためにも生成AIは役立てられていくとしている。

日本の製造業がDXに取り組むために必要なこと

日本の製造業がDXに取り組むためには、解決すべき課題があると福本氏は言う。まず、既存レベルの延長線上での効率化や業務改善に偏重する傾向があることだ。こういった問題意識は全社で共有する必要があるが、問題意識が共有できても次の一歩を踏み出せない体質もまた課題だ。この背景には、現場と経営層の想いの違いがある。現場は業務の効率アップを優先するが、経営側はガバナンスを重視し、投資効果や経営効率を考えるため、会社を良くしたいとの想いは同じでも見える景色は違う。こうした壁も取り払うことが望ましい。

同氏は、こうした日本の製造業の体質改善のために重要なことを4つ挙げた。1つ目は、現場の強みと新しい時代の世界観を共存させることである。日本の製造業の強みである現場、現物、現実の3現主義を活かしながら、例えば現場から取得したファクトの情報にビジネスや設計の情報を組み合わせ、サイバー空間で最適化して現場にフィードバックするデジタルツインのような取り組みが有効になる。

2つ目は、新たなことに踏み出すための壁を取り払うことである。ROI主義や先例主義を捨て、生成AIやインダストリアル・メタバースなどの新しいテクノロジーに対しても、欧米や中国のように「とりあえず使ってみよう」と考えることが重要だ。

3つ目は、モノづくり偏重の発想から脱却することである。モノをどうつくるかだけでなく、どう使われるか、将来は別の使われ方をするのではないかといったことを考え、利用シーン全体を俯瞰するシステム思考、デザイン思考をすることが必要になる。

4つ目は、トップのリーダーシップによるスピード感ある改革の推進である。前述のような経営層と現場の不一致を取り除き、組織の壁を超えた企業変革の推進体制を構築することが肝要だ。

「世界の早い変化に対応し、自ら変化を起こしていく。そのために体質を革新し、勝てる体質に変わっていく。こういった取り組みが今後ますます求められるのです」(福本氏)