KDDI共同創業者 ・千本倖生が語る「世界で通用する経営者の条件」

世界で通用する起業家になるには?

 ─ 千本さんは母校の京都大学の哲学再興のために3億円を寄付したことで話題になりました。寄付を決めた狙いは何だったのですか。

 千本 これまで京都大学では、世界的に知られる哲学者・西田幾多郎(きたろう)の「西田哲学」や西田を中心に形成された「京都学派」といった哲学の研究が盛んに行われてきました。

東京大学総長・藤井輝夫「地球全体で知を共有し、共に知を生み出す。地球規模の課題を解決していきたい」

 西田幾多郎は東京帝国大学で学んだ後、京都帝国大学で研究を続け、『善の研究』で一躍有名になりました。米アップルの創業者スティーブ・ジョブズが禅の思想に触れたというのは有名な話ですが、今はその西田哲学が欧米で非常に高く評価されているんです。

 ところが、残念なことに、肝心かなめの日本では研究がかなり下火になっている。聞けば、研究資金が不足しており、研究者も殆ど出ていないと言うんですね。

 ─ 西田哲学の研究者が誰もいないんですか。

 千本 研究者は、京都大学の上原麻有子さんという女性教授がたった一人いるだけなんです。彼女ももっと研究はやりたいんだけど、学生の面倒もみなければいけないし、就職の世話もしなければならない。だから、ほとんど彼女も研究に時間が取れていないということで、わたしのところに京大の湊長博総長から直々相談があったんです。

 毎年3千万円で10年間支援してくれないかと言われまして、わたしはその場で『西田哲学─千本基金』を創設することを決めました。皆さん、驚いていましたよ(笑)。

 ─ それは驚くと思うんですが(笑)、改めて、哲学を支援する意義とは何ですか。

 千本 海外で成功している第一級の経営者というのは皆、哲学や文化、フィロソフィーを熱心に学んでいます。先ほど、スティーブ・ジョブズの話をしましたけど、IT企業の経営者らは一見、彼らはテクノロジーの専門家に見えるかもしれませんが、決してそれだけでなく幅広で、哲学や文化を非常に研究しています。

 わたしはこれから日本の経営者がグローバルで活躍しようと思ったら、哲学や文化をきちんと理解した人でないと通用しないと思います。テクノロジーだけ分かっている、経済だけ分かっているという経営者は、その業界だけでは通用するかもしれませんが、世界で通用する経営者にはなれないと思います。

 ─ なるほど。では、日本で哲学を持った経営者としては、どんな人を挙げますか。

 千本 確固たる哲学やフィロソフィーを持った経営者として、わたしが最も評価するのは京セラ創業者の稲盛和夫さんと松下電器産業(現パナソニックホールディングス)創業者の松下幸之助さんです。

 稲盛さんの経営の根底にあるのは〝利他の心〟ですよね。自分たちの会社は本当に世の中のためになることをしているのか。正しく考えて生きているのかという本質的な問いかけであり、経営のテクニックではなく、トップとしての人間性を問うものを追求しておられました。

 稲盛さんはよく言っておられましたよ。フィロソフィーの無い経営者はダメだと。わたしも稲盛さんのこの言葉に刺激を受け、経営者たるもの、事業とフィロソフィーの二本立てがしっかりしていないとダメだと自らに言い聞かせながら、やっとのことでここまで来たつもりです。

【追悼】京セラ創業者・稲盛和夫さんを偲ぶ