みずほ証券チーフ マーケットエコノミスト・上野泰也の視点「パウエル議長「利下げ宣言」で一段の円高進行が視野に」

インフレ率の下げ渋りから先送りされていた米国の利下げが、いよいよ9月に開始される可能性が高くなった。

 米FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は、8月23日にジャクソンホール会合で講演。インフレ率が目標である2%へと持続的に向かっていることに関する自分の確信は強まったと述べつつ、「金融政策を調整する時が到来した」と明言した。9月の次回FOMC(連邦公開市場委員会)で利下げを開始することを、事実上宣言した形である。

 FRBは「物価安定」と「最大雇用」という、2つの法的責務を負っている。インフレが再加速するリスクが減少する一方で、雇用が悪化するリスクは増大したというのが、パウエル議長が示したリスクバランスである。議長は利下げの具体的なペースは明らかにしなかったが、情勢次第では通常の倍である0.5%ポイントの利下げもあり得る。

 同じ日に日本の国会で行われた閉会中審査で、日銀の植田和男総裁は、8月上旬に円高・株安が急速に進むなどグローバルな金融市場の変動が起こった原因について、「アメリカの景気減速懸念が急速に広がったことがあった。これを契機に世界的にドル安と株価の下落が進んだ。日銀の政策変更もあってこれまでの一方的な円安の修正が進んだ」と説明。「内外の金融資本市場は引き続き不安定な状況にあると認識している」と述べた。

 パウエル議長が9月利下げ開始を事実上宣言した8月23日の米国市場では、米国株が上昇する一方で、為替の円高ドル安が進んだ。対ドルを中心に円高が進むと、グローバル展開している日本企業の収益は、海外子会社からの配当や輸出代金の受け取りが円換算で目減りすることを通じて、減少する可能性が高い。したがって、米国の利下げが今後順調に進む場合、為替変動を経由するルートからは、日本の株価には下落圧力が加わってくる。

 為替の円高と株価の下落。これらはいずれも、日本のマクロ経済全体にはネガティブな影響を及ぼすことになる。

 日銀短観(企業短期経済観測調査)の6月調査を見ると、輸出企業(大企業・製造業)の24年度事業計画の前提となっている想定為替レート(ドル/円)は142.68円である。全規模・全産業では想定レートは144.77円。株式市場ではおおまかに145円前後が増益・減益の分岐点とみられているようである。

 むろん、仮に円高が想定レートを超えて進む場合でも、企業側のさまざまな対応によって増益を引き続き確保できる可能性はある。とはいえ、円高が進む場合には、輸入価格が下落することを通じて、国内品に対して輸入品が競争上有利になるといったことも起きる。

 FRBの利下げとそれをうけた為替・株価の動向は、日銀が掲げている経済・物価の中心的な見通しにも、当然影響してくる。日銀はどう対応していくのだろうか。