「物を作る時には原価だけでなく、その原価から生み出される価値が全てだと父親から商売を教わりました」。こう語るのはRIZAPグループ社長の瀬戸健氏。同氏はパン屋を営む両親の後ろ姿を見て育ち、「どうせやるなら一番人に必要とされるものをやりたい」と人の幸せの前提となる健康事業で起業し事業を展開。運動だけでなくセルフエステやランドリー、カラオケなどができるコンビニジム『chocoZAP』(チョコザップ)は1年10カ月で47都道府県に出店し、1500店舗を突破。月額2,980円(税抜)という通いやすい価格で短期間で爆発的に会員数が伸びている。店舗数の急速拡大を行う瀬戸氏の経営思想とは。
急速拡大の裏には緻密な実験に基づくマーケティング
─ チョコザップの成長が著しくPERは平均より高い数字が目立ちます。前期は50億円くらいの赤字が6億円に縮まっていますが、後期に黒字化されたということですか。
瀬戸 利益は四半期ベースで30億以上の赤字だったんですね。それが第3四半期で10億円の黒字になって、第4四半期で41億円の黒字になりました。
─ 黒字化できた最大の理由は何ですか。
瀬戸 一番初めにかなりの投資をします。主に広告宣伝費と、全ての入会者に自分の活動を記録してくれるヘルスウォッチと、体組成計を配布するための投資です。
─ その戦法の意図はどこにありますか。
瀬戸 Yahoo!BBの普及の仕方を例に出すと、最初モデムをプレゼントしていましたよね。それと同じです。一番初めにスタートするためのキットをプレゼントする。つまりお客様に一番初めから新規集客でごった返すように一気に集客をかけるんです。
─ 一気に攻めると?
瀬戸 普通はゆっくり時間をかけてやるところが多いですが、スポーツジムのビジネスモデルは、少ない会員数に対して家賃などの固定費がかかってくるので、粗利は限られてくるわけです。われわれの場合は初期投資をまず一気にかけて赤字が大きくなるのですが、その後売上げが一気に入ってくるので利益が積み上がっていく。ですから初めに会員数を増やすのです。
例えば飲食店さんとかでお客様が一人増えると、それに伴い食材費等で原価が増えますが、われわれは一人会員が増えても原価は変わらない。
また、一店舗あたりの固定費に対する会員数が非常に多いのも特徴の一つです。
─ 最初のチョコザップの概念設定が非常に良かったということですね。
瀬戸 そうですね。24時間営業なのでお客様が朝昼晩平準化されるといいますか。スマホで自分が行きたいお店の混み状況が全部一目瞭然で見えますから、平準化されてくるわけです。ジムの月会費で時間帯別割引がよくあったりしますが、ある意味それが必要ないのです。お客様が自分で能動的に空いてるところを選んでくれます。全国どの店舗でも利用が可能なので、替えが効くんですよね。
─ そのことが大量出店につながってくるわけですね。
瀬戸 はい。最終的にチョコザップは日本中の必要不可欠なインフラになれるぐらいにやっていきたいと考えています。ですからスタートして1年10カ月で1500店舗という非常識な数字で拡大しています。このスピード感は社員たちも驚いているくらいです(笑)。
─ 瀬戸さんは性格的には決断したら突き進むタイプですか?
瀬戸 そうですね(笑)。ただテスト検証というところを非常に重視していまして、昔からずっとやり続けています。
例えば、チラシだけでも560種類以上作ってテストしているんです。昔は電話番号も全部分けて集計していましたから、一時期は番号も百個以上あったんですよ。どこのチラシから電話が鳴っているかをわかるようにしたんです。
要はチラシは営業マンと同じ意味合いなのです。例えば、中年世代に健康にいいですよとうたったチラシだったり、チョコザップ初心者の方でも通いやすいですよというコンセプトだったり、全部コンセプトを分けるんですね。同じ地域に同じ部数だけ、表現を変えてテストしてみるのです。そうすると同じ商品なのにもかかわらず、チラシによって反響が5倍違ったりするんです。
─ 普通だったらコストがかかるところをあえてたくさん実験していると。
瀬戸 ええ。われわれにとってはチラシや広告が営業マンですから、仮に反響が3倍違ったとする時に、この営業マンの方の売上が3倍違うということがわかれば、ある意味再現性を持って一つのチラシで日本全国に営業に回れちゃうわけですよね。トップセールスの人が日本中を回っているというイメージです。
これがもし博打のように一発勝負でやってしまうと、本当に最高の営業マンの状態かがわからずに全国に営業に行かせることになり、無駄になってしまいます。
─ 年代によってニーズも異なるので、細かく分けて応えていくということですね。
瀬戸 はい。全く違いますね。
ですから考え方も、ホームページであろうとバナーなどのデジタル広告であろうと、全く考え方は変わりません。ランディングページだけでも260パターン以上作っています。クリックされるバナーフォームだけでも8600種類です。それを例えば5分の1ぐらいの確率で5パターンで回してその中でどれが一番クリックされるか、データを全部取っています。
商売の基礎は両親から学んだ
─ 改めて瀬戸さんが24歳で事業を起こそうと思ったきっかけを聞かせてください。
瀬戸 実家がずっとパン屋を経営していて、小さい頃から自分で価値を生み出してお客さんに喜んでもらうという親の姿を見て育ちました。親はケチャップからマヨネーズ、ソースまで全部手作りで、こだわりを持って価値を作っていました。商売をする上で原価にこだわるというのも体感で身についていました。
例えば一緒にスーパーに小麦粉を買いに行ったり、お一人様一個限りの卵を家族6人でレジに並んで買ったりしていました(笑)。だから、うちの家族が行くとお一人様一個限りの卵を隠されたりするくらい有名な家でした(笑)。やはり売り上げを立てるだけでなく原価との差をどう考えて商売していくかということです。ここにこだわらなくてはいけない、というのを親から学びましたね。
─ お父様から商売の本質を学んだということですね。
瀬戸 はい。やはり物を作るときには原価だけでなく、その原価から生み出される価値が全てだということです。
洗剤まで全部手作りで、添加物を一切使わずに丁寧に作っていくそういう親でした。そういったこだわりを持ちながらコストもこだわって良いものを作りたいという親の姿勢は見てきました。父からしてみると自然体でやってきたし、こだわりはないと言うのですが。
─ お母様も仕事を手伝っていたんですか。
瀬戸 はい。両親と三人兄弟でわたしは末っ子で、祖母という家族構成でした。
父は年に1日、2日の休みでしたし、ずっと働き続けていました。夜はパンを発酵させる仕込みがあって、夜中の三時とかに起きる。その姿を毎日見てきてそれが当たり前だと思ってきました。だからわたしも仕事をするのが何より楽しいのです。
─ 2003年の起業当初の社名は健康コーポレーションですが、健康に着目したのはどうしてですか。
瀬戸 その頃はまさにITバブルみたいな感じだったのですが、どうせやるんだったら一番人に必要とされるものをやりたいと思ったのです。うちの祖母が104歳まで生きたのですが、非常に元気で長生きだったので、家族みんなが明るかったんですよね。そういった人間にとっての本質的な幸せを見たといいますか。家族みんなが健康でいられて、明るい環境が一番大事だというのは、自分自身がすごく感じていました。
─ おばあさんもずっと元気に働いていたのですか?
瀬戸 95歳まで働いていました。99歳になっても福岡から東京に普通に一人で行ったりしていましたからね。その祖母は一回転倒して身体を打ってしまい、それも元で外に出られなくなってしまいました。健康的でいるためには、活動的でないといけない。その活動的で居続けるための環境づくりをわたしもやりたいんです。
人間の幸せは健康な身体があってこそ笑顔が生まれるし、活力も出てきます。そこからいろんなものが生み出されていく。
そういった根源的なものを提供したいと思っています。
─ マインドフィットネスという概念もIT企業をはじめ定着していますね。
瀬戸 ええ。健康という概念自体、だいたい動いていることだけを表現しますが、非常に狭いと。精神的なことや社会とのつながり、色々なものがつながってこそ健康だと思うんですね。ただ生きているだけの状態を健康とは言わないと思うのです。
─ だからチョコザップには運動以外のたくさんのサービスを用意していると。
瀬戸 そうなんです。ジムの中にあるカラオケにしても、高齢者の方にすごく喜ばれるんです。やはりそれをきっかけに外に出るのは生きる活力が湧いてくると。チョコザップに行けば身体も動かして元気になるし、人とも喋って、カラオケで発声するというのもストレス発散になって心の面で健康につながると思っています。
─ いわゆる健康のプラットフォームのような役割を目指していくということですか。
瀬戸 はい。例えばわれわれは化粧品も販売しているのですが、高齢者の方がすごく喜んでいまして。
─ 心が前向きになると人と会いたくなりますよね。
瀬戸 ええ。介護施設とかに行くと、人との交流や刺激が途端になくなってしまいます。だからやっぱり、外に出ていくような、何かしら前向きな刺激とかが必要不可欠だと思っています。だからうちの両親には今も仕事をしてもらっています。
極端に言えば両親には粗利はなくてもいいから商売を続けてくれと言っているんですね。ある意味お客さんに相手してもらって話すということが大事ですから。社会と分断されていくと一気にいろいろなところが衰えていってしまうと思うんです。
─ 少子高齢化が進み、医療・介護のコストも高くなってきています。社会的にも働いていた方が健康的でいられることが大事ですね。
瀬戸 ええ。やはりいま何をしてもお金がかかる社会じゃないですか。残念ですが病院が高齢者が集まる場所になってしまっていたりする。スマートフォンで料金がかからずにYouTubeや動画配信を観たり、インターネットが時間を潰す場所になっていて、若い方も含めてどんどん活動的ではなくなっているんですよね。
ディズニーランドは入場料が1万円を超えてきて若い人は友達を誘って遊びにいくのもお金がかかりますし、人との繋がりとか人と時間を前向きな形で消費する場がないんですよね。外に行って何をするにしてもお金が非常にかかります。
─ その場所を提供したいということですね。
瀬戸 はい。ですからチョコザップは月会費も税抜3000円以内に抑えて通いやすい料金設定にして、皆が気軽に集まる場づくりになればと思っています。
ロゴカラーの黒と金に隠された思い
─ RIZAPグループは今グループ会社が60社ほどありますが、今後のグループの方向性を聞かせてください。
瀬戸 ライザップの事業でずっとやってきたように、〝人は変われる〟を証明するということを前向きにやっていきたいですね。
われわれの理念のライザップの黒と金というのは、どんなに暗闇の中にいても、自分が信じている限り必ず明るい未来がやってくるという、黒と金に隠された背景があるんです。
rise upで立ち上がるという意味ですが、どん底にいても自分が立ち上がり続ける限りは必ず明るい未来がやってくるという思いを込めています。
ですから今は自分のことを好きでなかったとしても、自分がそう信じていけば必ず未来は開けてくるというのは、わたし自身の経験からも確信を持っています。