「付加価値アップの値上げが賃上げを実現する」ニッセイ基礎研究所・矢嶋康次氏の提言

最近、都内で「従業員を確保できないため、当面営業を休ませていただきます」といった張り紙を見かけることが増えた。

 これまで日本の労働力人口は、生産年齢人口(15-64歳)が減る中でも、女性や高齢者の労働参加が進むことで逆に増えて来たが、ここ数年はそれも頭打ちになっている。女性のM字カーブは欧州並みに解消が進み、人口のボリュームゾーンの団塊世代も75歳以上を迎え、労働市場から退出が進む。この先日本は「成り手なし」の企業や産業が散見されるようになるだろう。

 今年の賃上げは30年ぶりの上げ幅となった。昨年の今頃には「賃上げはできるのか」といった論調が多かったし、経営者からも「できない」という声が多かく聞かれた。しかし、社会の雰囲気はガラッと変わった。問題は来年以降。経営の在り方の変化に付いて行けるかが、賃上げを実現できる企業とそうでない企業とを分けるだろう。

 消費者は、とにかく値上げが嫌いだ。でもこのご時世、値上げを受け入れざるを得ない面もある。ただ、値上げする以上は当然、付加価値が追加されなければ納得しない。

 企業もこれまでの安過ぎた製品やサービスの価格を修正し、次は新機能を加え、付加価値を高めた商品を投入し、値段は高いが消費者に受け入れられる商品を出して来るはずだ。

 企業はこれまで労働生産性(付加価値額/労働量)を上げるために、どちらかと言えば分母のカット、いわゆる「コストカット」に努めてきた。

 しかし、これから賃上げをしなければ人が雇えない時代が来る。エネルギーなど様々なコストも上がり、分母のコントロールは難しくなっていく。

 今後やるべきことは、分子の拡大であり、値上げや付加価値を生むことだ。そのための人的投資をきっちり行い、実際に付加価値を創出した従業員に賃上げで報いる。分子を最大化する経営に転換し、コストだけを削る経営からは卒業する。

 コロナ水際対策が5月8日に終了し、中国からの旅行客の回復も見込まれる。世界は日本の魅力を評価し、インバウンドが増える。しかし、彼らが魅力を感じるのは、何と言っても一番には日本の安さだ。これから大事なことは、コロナ以前と同じことをしないこと。特に人手不足が深刻化する中、安売りは絶対にしない。きちんと料金を頂くことを考えないといけない。

 海外からみて「安すぎる」日本の修正が、どこまで進むかは重要なポイントだ。これは過去の安さの修正であり、適正な水準を探る調整だ。

 その後には、継続的な付加価値の引き上げが勝負となる。毎年の付加価値の向上が、値上げしても恒常的に受け入れられるモノ・サービスを創る。そうすることで賃上げが可能となり、低賃金であった宿泊飲食、地域の産業が蘇る。これが全国に拡大して日本が活性化する。