長隆・日本子育て包括支援推進機構代表理事  「産後ケア施設は収益性が高い。民間企業はどんどん進出すべきです」

「異次元の子育て政策」─。岸田文雄政権は肝煎りの政策として子育て支援を打ち出すが、出生数が80万人を割り、少子化に拍車がかかっている。そんな中で民間の子育て支援事業への参画を訴えるのが税理士で日本子育て包括支援推進機構代表理事も務める長隆氏。神奈川県武蔵小杉で開業した産後ケア施設は民間が参入した成功事例にもなり得るとし、啓蒙活動にも取り組んでいる。

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産後ケアセンターの意義

 ─ 4月1日に、こども家庭庁が発足する中、長さんは監査法人の代表を務めながら日本子育て包括支援推進機構の代表理事も務めています。子育て世代包括支援センターの整備について、どのように分析しますか。

 長 そもそも子育て世代包括支援センターとは母子保健法に基づいて市町村が設置する施設になります。保健師などの専門スタッフが妊娠・出産・子育てに関する様々な相談に対応することができるようになっており、必要に応じて支援プランの策定や地域の保健医療・福祉の関係機関との連絡調整も行っています。大切なことは、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援を一体的に提供しているという点です。

 その先駆けとなったのが東京・世田谷区の区立産後ケアセンターです。世田谷区は子育て支援を行う上で最も重要になる妊婦の「産前産後ケア」について先進的に取り組んできた自治体になります。同センターではショートステイ(宿泊)、デイケア(日帰り)、アウトリーチ(訪問やオンライン相談)に対応しており、授乳育児相談やプレパパママ講座、ママ同士の交流の場づくりなども実施しています。

 ─ 運営主体は?

 長 当初は世田谷区から委託を受けて武蔵野大学が運営していましたが、10年ほど経って現在は区が運営しています。同センターの開所当初から主任助産師を機構の理事が務めていました。産前産後センターの役割をしっかり理解したプロの助産師がゼロから立ち上げる経験をしていたわけです。

 世田谷区の産後ケアセンターの運営を武蔵野大学につなげたのが国内の産後ケアの体制整備を担ってきた福島富士子先生(東邦大学看護学部元教授)でした。福島先生は国内外の産前産後ケア施設をくまなく視察し、幅広い知見を持っています。本年4月1日には武蔵小杉で新たな産前産後ケア施設がオープンしたのですが、その施設も福島先生が監修しています。

 ─ 切れ目のない子育て支援を行える施設になっていると。

 長 ええ。複合施設「KOSUGI iHUG」のウェルネスリビング棟にできた産前産後ケアセンター「ヴィタリテハウス」では助産師が責任者として現場を取り仕切り、運営は保育園や医療事業を手掛けてきた一般社団法人クレイドルが担っています。この土地の所有者は川崎市でした。

 この複合施設の面白いところは、川崎市が川崎市総合自治会館の跡地に官民連携でコミュニティーの形成や賑わいの創出などを目的とした施設をつくろうとし、民間の知恵やノウハウを取り入れようと事業のアイデアを公募しました。そこで採択されたのが東レ建設を主体とする共同企業体だったのです。

武蔵小杉を成功する実例に

 ─ その共同企業体にクレイドルが入っていったと。

 長 はい。これもご縁がありまして、クレイドルの代表理事を務める田淵英人さんが5年前の福島先生のセミナーに参加されたのです。福島先生のセミナーを聞いた田淵さんは保育園を運営していたこともあり、日本子育て包括支援推進機構に問い合わせをしてきてくれたのです。

 東レ建設も複合施設の中に子育て支援に取り組む施設を設けるべきだと考えたのでしょう。そこでクレイドルが共同企業体に加わることになったのです。重要なのは産前産後ケアなどの子育て支援に民間企業も積極的に参画していくべきだということです。そのためには実例を示さなければなりません。

 ─ その意味で武蔵小杉は実例の1つとなり得ると。

 長 そうです。やはり社会が核家族化し、晩婚化や若年妊娠などが増え、妊婦の心身のケアを行うニーズは確実に増えていきます。そのニーズを満たすためには、どうしても民間企業の力が必要になります。

 ある大手不動産会社が運営するホテルの一角で産後ケアを始めたケースがありました。その会社が考えていたのはホテルの空室を利用するというものでした。それは国が考えている産前産後ケアとは目的が異なります。

 政府が多額の予算を子育て支援につけたと言うけれども、実際の普及は難しいと思うのです。一方で武蔵小杉のケースは法律の趣旨に則って民間が専用施設をつくり、24時間運営をするわけですから注目されます。

 現在、企業主導型保育事業に約4400の企業が進出しています。今後は「企業主導型産後ケア事業」が展開されるべきと思います。保育所との連携も重要となります。

 ─ 民間に委託する意義が出てくるわけですね。そういった啓蒙活動も行うのですか。

 長 ええ。産後ケア施設の設置は全国の自治体に対して努力義務が課されています。全国1700の市町村は今後、努力義務となった産後ケア施設の設置を一気に進めていくと考えられるわけです。そうすると、産後ケア施設は24時間営業ですから、その経営は民間事業者に委託されることが予想されます。大企業こそが人材確保の観点から直接的にも間接的にも乗り出しています。

 そして、つくばセントラル病院のように病院で産前産後ケア施設を運営するケースもあります。福島先生が強調しているのは大企業の協力です。これがなければ難しいとも言っておられます。もっと多くの企業関係者に知っていただきたいと考え、6月29日には官民協働の産後ケア施設開設に向けたトップマネジメントセミナーを開くことにしました。

企業への啓蒙活動

 ─ 具体的にどのような内容のセミナーになるのですか。

 長 まずこのセミナーでは官民協働による産後ケア施設の開設に向けて必要なことや産後ケア施設の管理の実態はどうなっているのか。また、産後ケア施設を開設するための資金計画の実態を解説します。加えて、産後ケア施設認定&産後ケアプロバイダー資格認定も行います。国からの補助は多額ですが、公平なバラマキに終止する懸念があり、地方自治体が決断しなければ国の残り2分の1は補助しません。

 このセミナーに参加することによって、大企業や自治体の関係者にとっては産後ケア事業についての理解が深まるでしょう。産後ケア施設の開設、運営のノウハウも手に入ります。さらには専門家である産後ケアプロバイダー研修についても紹介することができます。

 ─ その道のプロが講師を務めるということですか。

 長 その通りです。福島先生をはじめ、先ほど申し上げたヴィタリテハウスの施設長で、助産師・保健師・看護師でもある濵脇文子さん、防衛医科大学校名誉教授・大学医師会長の古谷健一先生、そして私も資金計画のセッションで登壇します。ヴィタリテハウスという実例を引き合いに出しながら産後ケア施設への関心を高めていただきたいというのが狙いになります。

 ─ 成功する産後ケア施設づくりにつながりますね。

 長 それを期待しているところなんです。看護師や助産師を育てる学部を持つ大学にとってもメリットはあります。大学も実習施設は持っていません。その点、ヴィタリテハウスで経験を積むことも可能でしょう。ですから看護師や助産師といった人づくりにも貢献できるのではないかと思っています。

 ─ 人手不足が産業界でも深刻な課題になっています。

 長 そうですね。全国には看護師が約120万人、助産師が4万人ほどいると言われていますが、助産師の中には産後ケアをやってみたいという人が結構多いのです。お産はどうしてもリスクが付きまとうのですが、産後ケアであれば産婦人科病院で出産した妊婦さんをしっかり看れば良いわけですからね。

 ただ、産後ケア施設をつくろうとすれば、それなりの資金もかかりますし、助産師ですから集客するためのマーケティングのノウハウも持ち合わせていません。そういったところは企業の資金やノウハウを活用できれば助産師も本業に集中することができるはずです。

 ─ 海外では産後ケアに民間企業が参画しているケースが多いと聞きますが。

 長 その通りです。台湾や韓国、中国では産後ケアが普及しており、民間が参入して普及の後押しをしているのです。一方でなぜ日本では普及しないのか。文化が違うと言ってしまえばそれまでなのですが、そこが一番大きな違いかもしれません。

 しかし、文化の違いではなく、行政が助産師会に丸投げの構造が、そもそも普及を妨げています。台湾などでは妊婦が産後ケア施設に入所するのが当たり前になっていると聞きます。

 ─ 海外の事例を見て産後ケア施設も収益が上がる施設だということが分かれば、日本でも民間の参入を促せますね。

 長 そう思います。ですから、ヴィタリテハウスが収益の上がる施設になれるかどうかが分岐点になると。産後ケア施設で収益が上がることが分かれば徐々に広がっていき、やがて他国のように文化として根付いていきます。ヴィタリテハウスでは7部屋あるのですが、そのうちの6部屋は自由診療なんです。補助金を前提と考えては事業になり得ません。

母子の面倒を見る一端を担う

 ─ ということは、個人がお金を負担するわけですね。

 長 はい。おそらくそういったお金の出し手は、おじいちゃんやおばあちゃんになるのではないかと。孫のためにはお金を出そうという人が一定数いることは間違いありませんからね。さらに土地や建物を行政や医療機関などが保有し、運営だけを民間がやれば固定費が低く抑えられる分、利益も出やすい。

 ですから例えば幼稚園を運営している法人のトップが将来は少子化で子供の数が減ってしまい、経営が厳しくなるかもしれないと考え、幼稚園を全てやめて産後ケアを始めようというケースが出てきたっておかしくないわけです。幼稚園が難しくなれば、その土地を行政に買ってもらって、そこに産後ケアをつくれば資金も抑えられます。

 ─ そうすると産後ケアは収益性の高い事業になります。

 長 はい。ですから、先のセミナーではそういったことを強調して企業関係者の方々に聞いて欲しいと思っているんです。産後ケア施設は儲かるから、企業にはどんどん進出していただきたいということですね。

 ─ 定着していけば少子化対策にもつながりますね。

 長 そこまでいくと嬉しいですね。保険でお産ができるようにしようと国も動いているようですが、そもそも子どもを産み育てるだけの経済力がないことが根本的な原因でもあります。その中で2人目、3人目と子どもを産んでもらうには、母子ともに面倒を見ることができるような環境づくりが欠かせません。産後ケアがその一端を担えるのではないでしょうか。