【政界】ウクライナや韓国外交で支持率上昇 三度目の正直を狙う岸田首相の奇策

永田町に「解散風」が吹いている。先の衆参5補欠選挙での自民党の勝利や、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)開催など、首相(自民党総裁)の岸田文雄が衆院解散に打って出る環境が整ったとされるからだ。年内の衆院解散・総選挙は既定路線とみられ、解散風はやみそうにない。長期政権を睨む岸田が奇襲、不意打ちを仕掛ける可能性もある。6月か秋か―。岸田がいつ「伝家の宝刀」を抜くのか注目だ。

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サミットの追い風に乗って

 ゴールデンウィークの期間中、アフリカ4カ国を歴訪した岸田は、最後の訪問国となったモザンビークで5月4日、記者会見を行った。日本ではアフリカ外交とは全く関係のない報道陣とのやり取りが、ニュースとなって駆け巡った。

 記者「与党内からG7広島サミット後、または臨時国会冒頭で衆院を解散し、総選挙に臨むべきだという声が聞かれる。衆院解散・総選挙について、どう対応する考えか」

 岸田「その質問については従来から申し上げているが、重要な政策課題が山積する中、結果を出すことに全力を尽くしているところであり、いま解散・総選挙は考えていない」

 岸田は最近、衆院解散の時期を巡る質問を受ける機会が増えているためか、表情を変えないまま「その答えに尽きている」と最後に付け加えた。

 それでも永田町の「解散風」は収まらない。「6月」と「9月」という具体的な解散シナリオがまことしやかに語られている。

「6月解散」論は、G7広島サミットの「追い風」がやまないうちに衆院選を行うべきだというもの。岸田は昨年秋から内閣支持率の下落に苦しんできたが、今年3月に日本の首相として戦後初めて戦地であるウクライナを電撃的に訪問したほか、戦後最悪と言われた日韓関係の正常化に向けて韓国大統領の尹錫悦と首脳会談に踏み切るなど、積極的な外交で一定の評価を獲得した。

 支持率は上昇に転じており、岸田政権の「中間評価」と位置づけられた衆参5補欠選挙(4月23日投開票)で、自民党は4勝1敗と薄氷の勝利を収めている。補欠選挙の応援演説会場で爆発物を投げつけられる事件もあったが、岸田は最後まで街頭でマイクを握り続けたことも追い風となった。

 G7広島サミットの外交成果を発信することで支持率はさらに上昇するはずだから、その勢いのまま衆院選を戦った方が有利だ─。自民党内にはそうした期待が一気に膨らんだ。

 新型コロナウイルスの感染症法上の分類を季節性インフルエンザ並みの「5類」に引き下げ、コロナ禍で抑制されてきた社会経済活動を平時に戻すことが実感できれば、国民の好感を得やすい。

 また、岸田の掲げる「次元の異なる少子化対策」を経済財政運営の指針「骨太の方針」に盛り込み、成果をアピールすることもできる。6月21日に会期末を迎える国会最終盤で野党側が岸田内閣の不信任決議案を提出すれば、国民に信を問う「大義」になる。

年内解散は既定路線

 一層「解散風」は強まりそうだが、岸田政権内には慎重論も根強い。

 次期衆院選は「一票の格差」是正のため小選挙区が「10増10減」される。6月解散の場合、自民党内の候補者調整の時間が十分に確保できず、混乱することが想定される。さらに、岸田が注力する防衛力強化と子供・子育て対策の財源を巡り、国民の負担増につながる「増税」議論が本格化するタイミングと重なる。衆院選で増税が争点となれば大きな逆風になる。

 先の統一地方選と衆参5補欠選挙で日本維新の会が躍進したことに対する警戒感もくすぶる。「自民党支持層がかなり維新に流れた。無党派層も自民党のことを厳しく見ている」(自民党関係者)とされ、統一地方選の「選挙疲れ」を癒すため、一定の時間を置くべきだとの意見は根強い。

 岸田が「6月解散」を見送った場合、秋の臨時国会での衆院解散が有力視される。

 自民党役員の任期は「1期1年、連続3期まで」と定められており、副総裁の麻生太郎や幹事長の茂木敏充ら現役員は今年9月に任期が切れる。そのタイミングで内閣改造・党役員人事を行い、人心一新による「ご祝儀相場」のあるうちに衆院選に臨むというシナリオだ。

 しかし、新しい閣僚・党役員にスキャンダルが発覚したら、ご祝儀相場が吹き飛ぶばかりか岸田政権に厳しい逆風になる。もちろん、自民党が警戒する日本維新の会をはじめ、野党側に選挙準備を整える時間を与えることになる。

 9月以降になると、10月30日に衆院議員の4年の任期は折り返しを迎えるため、いつ衆院選があってもおかしくないという議員心理が働く。自民党議員が浮足立ち、来年9月の党総裁選は次期衆院選を、誰をリーダーにして戦うかという「選挙の顔」選びとなりかねない。党内抗争が顕在化し、岸田内閣の支持率次第では「岸田降ろし」が始まり、解散カードを切るタイミングを失ってしまう。

 年内の衆院解散が既定路線となる中で、岸田は表向き防衛力の抜本的強化やエネルギー政策、賃上げを含む経済政策、子供・子育て政策などの重要政策に取り組む姿勢を崩していない。「重要政策の一つ一つを前進させ、結果を出す。いま衆院解散・総選挙は考えていない」と繰り返している。

永田町のジンクス

「年内解散」を裏打ちするような永田町のジンクスがある。

「日本でG7サミットが開催された年は衆院解散がある」というものだ。1975年に始まったG7サミットは毎年1回、加盟国が持ち回りで開催する。広島サミットは7回目の日本開催となった。

 日本で初めて行われたのは79年の東京サミット。その後、86年と93年の東京サミット、2000年の沖縄サミットと開催されたが、いずれの年も衆院解散・総選挙が行われている。

 5回目の洞爺湖サミット(08年)と6回目の伊勢志摩サミット(16年)の年には衆院解散はなかったが、日本で開催された年は3分の2の確率で衆院が解散されている。

 ある自民党関係者は「西暦の末尾が『3』の年はなぜか衆院解散があることが多い。やはり今年もあるのではないか」と語る。衆院解散にまつわる永田町のジンクスのひとつだという。

 確かに10年前の13年こそ衆院解散はなかったが、03年は当時の首相・小泉純一郎が10月10日に衆院を解散し、自民党を勝利に導いた。さらに遡ると、1993年(当時の首相・宮沢喜一)と83年(同・中曽根康弘)も衆院解散・総選挙が行われており、63年(同・池田勇人)や53年(同・吉田茂)もそうだ。

 データからみても年内の衆院解散はほぼ間違いない。だが、岸田はこれまで重要局面で大方の見方を裏切る決断を何度かしている。

 一昨年の10月に岸田が首相に就任した直後、翌11月に実施されるはずだった衆院選を急きょ「10月31日投開票」に前倒しした。衆院解散から投開票まで17日間という戦後最短のスケジュールだったこともあり、与野党を大きく驚かせた。

 昨年8月の内閣改造・自民党役員人事の時も、当初は「9月改造」が有力視されたが、岸田は与党内に根回しをせずに不意打ちで、8月に前倒しした。自民党幹事長の茂木が予定した出張を取りやめるほどだった。

 岸田は今回も想定外の決断をする可能性はゼロではない。与党内からは「解散は考えていないと言いながら不意打ちを仕掛けようとしているのかもしれない」との声も漏れる。

「宏池会」の看板にこだわる首相

「岸田首相は自民党の伝統派閥『宏池会』の看板に誰よりこだわっている。特に宏池会創設者の池田勇人(元首相)を意識している」。岸田に近いある議員はそう語っていた。

 実際、岸田は国会質疑で、手本にしている政治家は誰かを問われ、「地元の広島においても、政治活動においても参考にさせていただいている池田勇人首相を大きな目標としている」と答弁している。

 岸田は、首相在職日数で宏池会第3代会長・大平の554日を今年4月11日に抜いた。岸田が7月10日まで政権運営を続けていれば、第5代会長の宮沢の644日に並ぶ。

 もっとも、岸田が目指しているのは池田の通算在職日数1575日だとされる。池田に肩を並べるのは2026年1月25日だ。来年9月の自民党総裁選で再選されれば27年9月までの政権運営が可能になり、「池田超え」が視野に入る。そのため総裁再選を睨んだ解散戦略を綿密に練っているとみられる。

 自民党中堅は「年内に衆院解散・総選挙をすれば、来年9月の党総裁選の時に任期がまだ3年残っている。総裁選が『選挙の顔』選びにならず、岸田の総裁再選の可能性が広がる」と語る。総裁再選のためには年内解散は避けて通れないというわけだ。

 ただ、宏池会出身の首相とサミット開催年の衆院解散は相性が悪い。

 1979年6月の東京サミット後、当時の首相・大平は衆院解散・総選挙に踏み切ったものの、一般消費税の導入問題が争点となり、自民党は過半数を割り込んでしまう。また、93年7月の東京サミットは衆院選の最中の開催だった。首相は宮沢。衆院選の結果、自民党は初めて野党に転落している。

 広島サミットの今年はどうなるだろう。宏池会首相によるサミット開催年の衆院解散は、「二度あることは三度ある」となってしまうのか。それとも岸田が「奇襲」を仕掛けて「三度目の正直」を勝ち取ることができるのか。いよいよ岸田の決断の時が近づいている。(敬称略)