ロイヤルホールディングス会長・菊地唯夫「多店舗化による『規模の成長』とあわせて『質の成長』を志向する事業も」

コロナ禍で大きな影響を受けた産業の1つとなった外食業界。その中でファミリーレストラン「ロイヤルホスト」や空港内レストラン、ホテルなどを展開するロイヤルホールディングスは、かつて増収減益と減収増益を繰り返していた。そんな悪循環を断ち切るための戦略を講じたのが当時社長だった現会長の菊地唯夫氏だ。外食企業のビジネスモデルを分析した上で、これからの生き残り戦略を考える。

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外食の産業構造が変わる

 ─ コロナ禍3年を経て外食産業は厳しい状況が続いてます。コロナ禍の教訓とは何か。認識を聞かせてください。

 菊地 まずコロナ禍以前の外食産業がどうだったかを押さえる必要があります。私はコロナによって直面した現実は2つの見方があると思っています。

 1つは、コロナ前は順風満帆でコロナが来ておかしくなったというケース。もう1つはコロナ前から課題があったんだけれども、当時は景気も良かったのでその課題が見えなかった。それがコロナによって見えてしまった。私は後者の立場でした。

 前者の場合はコロナが終息すればよかったけれども、後者の場合は、コロナを通じて、いろいろなものを変えていこうというモチベーションにもつながるのではないかと思うのです。

 ─ どのような経営に関する課題があったのですか。

 菊地 大きな枠組みで考えてみると、外食産業は26兆円規模の巨大な産業になっていましたが、その世界は経済が成長し、人もたくさんいて、いかにお客様の胃袋をつかむか。つまり需要を見つけるために、新しい業態をどんどんつくるものでした。ここでは供給制約がありませんでした。アルバイトもどんどん採用できるし、食材も日本になければ海外から輸入できる。

 ところがコロナの前から段々人が採用できなくなって、今までは需要サイドさえ見ておけばよかったものが、供給サイドが制約になってきました。そんな最中にコロナによってサプライチェーンも苦難して、輸入もうまくいかなくなってきたのです。この供給サイドの制約を強く受け始めた初めての経験ではないかというのが私の認識です。

 ─ 外食の産業構造がガラリと変わり始めたと。

 菊地 ええ。ですから、これまでの延長線上ではなく、供給サイドを意識し、どんなテクノロジーを活用して、より少数で価値創造を行っていくかというステップを切っていかなければならない。それがコロナによって一気に動いたというのが私の今の認識です。

 ─ 菊地さんが社長に就任したのは2010年。当時からそういう意識はあった?

 菊地 2010年代の前半くらいですね。今までは人口が増加していく前提のビジネスモデルでしたが、今後人口が減っていく中にあっては、このままのモデルで未来があるのだろうかと。それを強く感じたのは、外食産業にまつわる諸問題が起きたことです。賞味期限切れや異物混入、虚偽表示、バイトテロ。最近であれば回転寿司さんでの迷惑行為などです。

 これらの問題が起きたとき、当事者だけでなく他の企業でも同様のことが起こりました。ということは、これらの問題は個別企業の問題ではなく、産業の在り方に課題があるのではないか。そのために歪みが生まれていると思ったのです。

 我々は30年間、デフレの中で経済活動を展開し、その間、価格はどんどん下がっていきました。しかしコストは上がってきた。製造業は工場を海外に移したり、一気にオートメーション化を進めたりして生産性を上げて利益を上げてきました。

ファミレスの店舗削減の意味

 ─ 生産性を上げるための工夫をしてきたわけですね。

 菊地 はい。ただし外食産業はなかなかそれができなかった。では、外食産業で生産性を上げて利益を上げ続けるためにどうすればいいのか。自分たちがコントロールできるコストをいかにコントロールするかしかありません。自分たちがコントロールできるコストとは何か。原材料費と人件費です。

コロナ禍でファミリーレストランの「ロイヤルホスト」は店舗数を280店舗から220店舗に減らした

 ただ、原材料費を圧縮し過ぎた結果が虚偽表示や異物混入につながってしまったのかもしれません。それならば原材料価格は落とせない。次は人件費を下げるしかない。ところがこれも過剰勤務やバイトテロの温床につながっているのかもしれない。

 つまり人口が増加していくときにつくってきた、お客様の需要をベースにチェーン理論でコピーして画一性、効率性、スピードをベースとしたモデルが、人口が減少し始めたことによって転機を迎えたのです。

 ─ では、生産性をどうやって上げようとしたのですか。

 菊地 私が意識したのは、それぞれの事業の成長の在り方で、ロイヤルグループで言えば、天丼のファストフード業態である「てんや」や空港や高速道路の内のレストランを運営する「コントラクト事業」で規模を伸ばしていこうと。これらは供給制約が比較的起きにくい事業になっていたからです。

 一方でファミリーレストランの「ロイヤルホスト」は逆に供給制約を受けやすいので規模を圧縮しました。店舗数を280店舗から220店舗に減らし、かつ営業時間も短くしました。店休日も設けました。規模を圧縮することによって付加価値を増やしていこうと考えたのです。

 生産性とは従業員の数を分母とすると、分子は付加価値になります。生産性を上げるということは分母を小さくするか分子を大きくするかしかありません。

 でもサービス産業の場合に難しいのは従業員の数という分母を減らすと、逆に価値が下がってしまうということです。分母を減らして生産性を上げたつもりが、それ以上に分子が小さくなってしまうケースがあるので、そこだけに依存してはならない。規模を圧縮することによって、より現場に余裕を持ってもらって付加価値を上げていこうと。これがロイヤルホストなどで意識していたポイントです。

 ─ 付加価値の向上がサービス産業の課題だと。

 菊地 ええ。そこで私が意識したのが「質の成長」です。横軸に規模、縦軸に価値を置いたとき、一定のサービス産業はどこかで頂点を迎えて右肩下がりになる放物線のようになります。店舗数が増えすぎると陳腐化が起きたり、顧客の奪い合い、もしくは特定の食材が使えなくなったりするからです。ロイヤルホストはここにいました。

 そこでまずは先ほど申し上げたように規模を圧縮したと。次に価値を最大化するポイントはどこなのかを探しました。ただし、圧縮するだけでは縮小均衡に陥ります。反転させるのはテクノロジーの力を使うしかない。我々が様々な実験をやってきたのはこういった背景からです。

従業員向け決算説明会を実施

 ─ 構造改革をするときには現場でも混乱が起きるものですが、現場の従業員にはどんな説明をしてきたのですか。

 菊地 社長になってから様々な施策を打ちましたが、一番良かったのが従業員向けの決算説明会です。決算が終わると全国を回るんです。各地の店舗で働く従業員に決算の中身を説明するのです。最初は初めて聞く話なので現場も戸惑っていました。専門用語も出てきますからね。そういったものも分かり易く説明するように努めました。

 すると、次第にフィードバックが増えてきたのです。そして内容も経済の仕組みや経営、株式市場の仕組みなども説明するようになり、私が講師を務める経営塾も始めました。実はこの経営塾を始めた狙いも、経営塾の中身というよりも、経営と現場の距離を短くすることでした。

 ─ 社員と問題意識を共有することにもつながりますね。

 菊地 そうですね。そもそも私が社長になったとき、当社では内紛のようなことが起きていました。その結果、現場は経営にそっぽを向いていたのです。やはり経営に信頼感がないと成り立ちません。我々は人が価値を直接的に生み出す産業であるからです。ですから、彼らともっと目線を合わせていかなければいけないと思いました。

 そして同時に「10年のビジョン」をつくりました。というのも、ロイヤルグループの1997年から2010年にかけての業績の推移を見ると、私は強烈な違和感を感じたのです。それは増収増益がほとんどないということでした。売り上げが上がると利益が下がり、売り上げが下がると利益が上がる。増収減益と減収増益を3年周期で繰り返していたのです。

 ─ この原因とは?

 菊地 この間、既存店が売上高の前年割れを続けていたからです。しかも、既存店が前年割れを起こしているのに全体の売り上げが上がっている。これは既存店のマイナス以上に新店を出しているだけだったからです。しかし、既存店の売り上げが下がっていると既存店の利益率は下がる。新店はすぐに利益貢献しない。そうすると増収減益となってしまい、最後は赤字です。

 赤字になれば不採算店を閉めて減損処理をし、新店の出店も凍結します。ただ、既存店がマイナスになっていて新店をやめれば売り上げは下がる。でもリストラして会社が軽くなれば利益は回復すると。これをずっと繰り返していたのです。

「10年のビジョン」の真意

 ─ 根本的な成長とは言えませんね。

 菊地 はい。ですから私もこれは持続性はあるのかと疑問を持ちました。過去の蓄積を食い潰しているだけですからね。ですから私のミッションは、とにかく2期連続赤字から黒字化すること。そしてもう1つはこのサイクルから脱却し、いかに増収増益を持続できるかでした。

 ─ それで10年単位でのビジョンをつくったのですね。

 菊地 最初は中期計画をつくろうと思ったのですが、増収減益と減収増益のサイクルが3年周期だったからです。このサイクルに惑わされないためにも、もっと長い時間軸で物事を考えようとしました。それが「10年のビジョン」だったのです。

 このビジョンの中身は「日本で一番質の高い食&ホスピタリティグループ」を目指すというものでした。その上で当社グループの目指すものとして、まずは既存店や既存事業において質を高めることによって持続的な成長の基盤を構築すると。

 外食事業のほか、少子高齢化社会においてニーズが高まるコントラクト事業や高い収益性を確保している機内食やホテル事業など、全てのセグメントにおいて新しい時代に対応した「日本で一番質の高い食&ホスピタリティグループ」を目指していこうと考えたのです。

 そして質の成長を実現させるためには、お客様が付加価値を認知して対価を払ってもらえるようなモデルをつくるしかありませんから、外食であれば国産の食材を使ったメニューやサービスではマニュアルを超えたホスピタリティなどです。

 また、大事なのは従業員の視点と顧客満足の視点は相似形になっているということです。我々は顧客の基礎的な満足と従業員の基礎的な価値の部分をテクノロジーで支えて、価値創造の部分に人が集中していくサービスを志向していきました。こうしたことを早くから考えていたのですが、やはりコロナ禍で時間軸をぐっと早めることになったのです。(次回に続く)