世界は再び「不安定な時代」に、日本の針路は?【私の雑記帳】

米中対立が深まる中で、日本はどう生き抜くか─。

 習近平・中国共産党総書記(国家主席)は異例の3期目入りを果たし、その権力基盤固めを行っている。

 世界の動きは、実に荒々しい。

 ベルリンの壁崩壊が1989年末に起こり、2年後の1991年にソ連邦が崩壊、30年余が経つ。この間、旧ソ連邦と同じ社会主義国であったチェコやルーマニアなど東欧諸国は一斉に体制転換を図り、市場経済、引いては自由主義、民主主義を志向してきた。

 社会主義を蹴っての自由主義陣営への転換である。旧ソ連邦の一員であったバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)も旧ソ連邦のくびきから離れた。

 帝政ロシア、ソ連の圧政を受けてきたバルト3国は2004年にはNATO(北大西洋条約機構)に入り、またEU(欧州連合)にも加盟した。自由主義、民主主義への参加である。

 ベルリンの壁の崩壊(東西ドイツ統一)、旧ソ連崩壊から30年余。東欧諸国の中にはハンガリーのように、政権党が専制主義的な様相を強めるところも出てきた。なかなか複雑な動きである。歴史は一直線には動かない。

 資本主義が勝って、社会主義が敗れた─。30年前はそう言われたが、資本主義陣営も波乱含み。

 自由主義陣営の旗頭を自認してきた米国内も『国のカタチ』をめぐって、激しい意見の対立が続く。建国(1776)の歴史を見ても、もともと欧州からの移民で出来上がった国。人種、宗教、価値観の違いを、話し合いの中で、つまり民主主義の中で物事を決めていくという風土である。

 しかし、トランプ前政権以来、国内の分断・分裂が激化してきたという印象を受ける。

 その米国の民主・共和両党とも、『反中国』では一致。GDP(国内総生産)で1位と2位の両巨大国が激しくぶつかり合う時代を迎えた。世界は再び『不安定な時代』に突入しようとしている。

 そうした状況下、日本の立ち位置と針路をどう決めるかという命題である。

『国のカタチ』に完成形はない。世紀末と言われた19世紀末。正確には1891年、時のローマ法王、レオ13世は〝回勅〟の中で、『資本主義の弊害(abuse)』と社会主義の幻想(illusion)という表現を使い、当時の世界の置かれた状況を指し示した。

 それから100年後の1991年には当時のローマ法王、ヨハネ・パウロ2世は新しい回勅の中で、『社会主義の弊害と資本主義の幻想』という表現で世界の現状認識を示した。試行錯誤はいつの時代も続くし、試練も続く。要は、その試練の中をどう生き抜くかである。

 1917年のロシア革命を経て、世界で初めて社会主義国となった旧ソ連邦は崩壊。1949年の建国以来、同じ社会主義国となった中国はどう振る舞っていったのか。

 中国は1992年には『社会主義的市場経済』という概念を持ち出し中国経済の成長を図ろうとしたのである。

 時の最高実力者・鄧小平は上海や重慶、広州などの諸都市を自ら行脚し、事業の育成と『実業家出でよ』と督励して回った。いわゆる『南巡講話』である。

 それにしても、『社会主義的市場経済』とは何なのか?

 市場経済は資本主義国の経済形態だと思っていたら、社会主義を標榜する中国がこれを取り入れてきたのには当時、びっくりさせられたものである。

 資本主義は、土地や建物、機械など生産設備の私有制の上に成り立つ経済体制を敷く。

 一方、社会主義国、引いては共産主義国は社会(国家)がこれら土地や生産設備を所有するというのが基本。

 そこへ鄧小平率いる中国は、社会主義的市場経済という概念をポンと打ち出し、それを党の主導で実行していくところが、実に中国らしい。

 例えば、土地は国の所有だが、企業はその借地権を購入して、使用権を売買する形で土地の取引を行うということ。こうした『社会主義的市場経済』で中国経済は成長に次ぐ成長を遂げた。

 2010年にはGDPで日本を抜き、米国に次ぐ世界2位の経済大国となった。そして今、習近平は最高権力者の党総書記3期目を迎え、国家主席として力を振るおうとしている。

 人口14億人を抱え、それが中国の成長の原動力となったが、今後は14億の民の生活をどう保障していくかという課題。都市と地方の格差是正を含め、中国も新たなステージを迎えている。日本としても、そうした中国とどう向き合うかという切実な課題である。

 国の安全保障上、日米同盟関係は最優先事項。同時に、日本の貿易相手国として、中国は輸出も輸入も最大の相手国という現状で、どういうカジ取りをしていくか。

 中国との関係づくりにおいて、経営者にも覚悟が求められる時代である。

 日本は敗戦から立ち直り、復興を成し遂げ、経済力もGDPで2位となった(1968)。だが、2010年に中国に抜かれ、今は3位というポジション。人口減、少子高齢化が進む中で、日本に求められる使命とは何か?

 哲学者で文化人の梅原猛(1925-2019)は著作『日本文化論』(第1版は1976年6月に刊行)の中で、「ヨーロッパ文明は明らかに行き詰まりを見せている」と記している。

 梅原は、新しい文明を創り出す必要を説く。そして、「ヨーロッパ以外の国には、今すぐ新しい文明を創り出す可能性を期待できない状態におかれている国もある」と記し、「一番チャンスがあるのは日本ではないか。新しい文明を創造するチャンスに日本は恵まれている」と日本の潜在力を評価。

 欧米文明の基礎にあるキリスト教。創始者・キリストは血を流しながら死んで行った。十字架像にその姿をわれわれは見て、キリストの生涯に思いを致す。

 日本の伝統的精神の礎にある仏教。仏教の開祖・釈迦はどこの仏像を見ても実に安らかな表情であり、穏やかな涅槃像である。

 この開祖者の像の違いに、梅原猛は〝戦争をする文明〟と〝平和を求める文明〟の違いを見る。

 日本人の人生観、世界観の根底にはもう1つ、神道がある。神道は、一木一草に心が宿るとして共生を説く思想。

「東西文明の総合というのが日本における今後の文明の方向になると思うのです。そういう課題を、今後、日本は果たしていかなくてはならない」という梅原猛の言葉に考えさせられるこの頃である。