【なぜ病院連携に成功したのか?】山形県・酒田市病院機構・栗谷義樹理事長に直撃!

くりや・よしき

1946年秋田県生まれ。72年東北大学医学部卒業後、東北大学第2外科勤務。88年酒田市立酒田病院勤務。98年同病院長。2008年地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構初代理事長、日本海総合病院院長に就任。

薬剤の貿易赤字はLNGに次ぐ

 ―― 産業界では急激に進む円安で輸出企業が恩恵を受ける一方で原材料価格の高騰といった余波も受けています。医療業界でも影響はあるのですか。

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 栗谷 日本の社会保障制度の保険料財源は6割弱程度で、4割は公費(国債)で賄われています。保険料収入の根幹となる被用者と使用者の負担能力、言い換えれば、日本企業の国際競争力と成長性、経営体力は持続的な社会保障制度の根幹です。

 一方、円の対ドル相場は昨年末から直近まで20円以上も下落し、今後も円安基調が続くと予想されています。かつては円安になれば製造業にとっては恩恵が大きいとの認識が一般的でしたが、円安で被る資源高や原材料高も大きくなっています。

 病院の医業費用について言えば、私の勤務する日本海総合病院の材料費(薬剤や診療材料)はこの5年間で診療材料で9億4500万円、薬品で2億7200万円とそれぞれ増加し、費用に占める材料費比率は3.7%増加しています。

 中長期的な円安が更に進めば、薬剤や診療材料が医療費に甚大な影響を及ぼす懸念があります。財務省貿易統計によると、医薬品の貿易赤字は6年連続で2兆円を超えているそうで、ここに新型コロナ蔓延が重なり、2021年は貿易赤字額が3兆円を超えるそうです。

 医薬品の貿易赤字の原因は2つ。日本企業が海外に生産拠点を移したことと、創薬力が落ちたことが理由ですが、海外発の超高額な新薬もこれを加速させています。薬剤の貿易赤字は液化天然ガスに次ぐ3番目の輸入超過品目で、これに円安分が上乗せされるので、中長期的な円安が今後も続けば影響は更に深刻になります。

 ―― 新型コロナワクチンにしてもファイザーやモデルナなど海外のワクチンを輸入していますからね。日本ではワクチンを作れず、製薬メーカーも研究開発機関を海外に移しています。

 栗谷 もともと1980年代までは日本のワクチン技術は非常に高く、海外へ技術供与までしていたようです。しかし、92年の予防接種の副作用訴訟で国に賠償義務判決が出され、その2年後に予防接種法が改正されて接種は努力義務になり、接種率も低下していきました。

 海外開発ワクチンの国内承認にも長い時間がかかる、いわゆるワクチンギャップが常態化して、国内メーカーも次第に開発から距離を置くようになったことが、現在の状況をもたらしていると言われます。

 ―― 日本の製薬業の置かれた現状が先ほどの数字に表れていますね。では、そこでどうすべきか。グローバル化する中で、自らの役割をどう追求していくが大事です。これは経済安全保障とも絡みますが。

 栗谷 世界標準医療の提供と経済安全保障は一体のものと思いますが、それが最近の世界的な地勢的不安定とグローバル経済の潮目が変わったことで、経済安保に係る薬品、医療デバイスなどの重要性はより高くなっていると思います。

 ―― 国の根幹に関わる話ですね。医療の安全保障という概念もまだありませんね。

 栗谷 患者医療情報や医薬品の医療データベースに関しては、経済安全保障を強く意識した捉え方になってきているとは思います。製薬も安定的な原薬調達先と地政学的状況は密接に関連していますし、画期的新薬などは今後、経済安保としての位置づけがより強化されていくと思われます。

「かかりつけ医」のメリット

 ―― 製薬メーカーは米国に拠点を置いていた方が世界に流通させられると聞きます。

 栗谷 近年は日本の研究者、技術は海外に流出していると聞きます。薬剤の開発承認や治験などに際し、日本は関連規則や手続きなどが多い一方、支援体制は貧弱で、薬価の決定も変更が多く、国内外のメーカーは日本市場をスルーしているともいわれます。

 高齢化が先進国最速で進む我が国では国民医療費が増大し、高額薬剤が薬剤費用に占める割合も高くなっていくことは確かなので、今後は、国、保険者による何らかの介入が焦点となるかもしれません。

 ―― 自己負担をどうするかという問題にもなりますね。

 栗谷 負担と給付の問題も制度改正を巡る様々の場面で出て来ると思います。例えば、「かかりつけ医」制度は今年度の「経済財政運営と改革の基本方針2022」に、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」と明記されています。

 ―― 家庭医が大事だと主張する声も聞きます。

 栗谷 諸外国では初診時に基幹病院に来ることは殆どありません。その意味では、日本の医療機関アクセスは非常に良いのですが、そのことが医療提供体制の効率化、適正化の阻害要因とも考えられています。

 英国ではゲートキーパーの役割を担う家庭医へ国民の登録を義務付けており、「家庭医」が初診患者への対応や専門医療機関への紹介を担っています。医療機関の選択肢は一定程度制限されますが、基幹病院と診療所との役割分担は明確です。財務省はかかりつけ医の要件を明確にし、英国と同じように利用者が自分のかかりつけ医を事前に登録する制度の導入を求めていると聞きます。

 ―― 欧米では診療所クラスの家庭医という概念が根付いているのですか。

 栗谷 英国の家庭医は「General Practitioner」と呼ばれるようですが、日本でいう総合医(General Physician)」とは少し意味が違うようです。

 初期診療の制度は英国やフランス、などがかかりつけ医制度を運用していますが、英国の家庭医は患者に対する初期の総合的診断・治療に責任を持ち、国民全員が1人、もしくは数人のGPなどからなるGP診療所を家庭医として登録しています。

 家庭医は患者、家族にプライマリケアを提供し、必要な場合に専門医を紹介するゲートキーパー、コーディネート機能を担っています。制度は微妙に違いますが、似たような仕組みはドイツ、オランダ、デンマークなども作っています。

 今後はかかりつけ医の認定制度や人頭払いなどに焦点が移っていくと思いますが、かなり揉める展開になると思います。

地域医療連携推進法人が機能、コロナ禍でのクラスター対応

 ―― さて、栗谷さんは18年に地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット(HCN)」を設立し、地域の医療連携を進めてきましたね。日本海HCNは山形県酒田市の日本海総合病院を中心に、地元の医師会や介護施設などの法人で構成されていますが、この再編からコロナ禍で役立ったこととは何ですか。

 栗谷 日本海HCNでは感染が始まって間もない令和1年4月の理事会で、参加法人で共通の感染対策を行うことを申し合わせました。各参加法人の面会制限徹底から始まり、首都圏からのフライト医師を一時停止するなど、各法人の業務運営に関する取り決めを申し合わせました。

 軽症患者がオーバーフローした場合の宿泊施設での受け入れ、この管理に地区医師会が輪番で当たることや、医療機関、介護施設の濃厚接触者PCR検査結果は、その都度情報共有しました。職員については接触履歴が無くても症状があれば、経過観察とせずに日本海総合病院でPCR検査を実施することも決めました。

 参加法人のマスク、消毒用アルコール、防御衣などの在庫状況、各施設の入所者数などの共有も行いました。物品の在庫情報共有と並行して不足している法人への供給まで含めた体制づくりも行いました。

 連携法人参加メンバーの精神科病院「山容病院」で発生したクラスターへの「日本海HCN」としての対応を述べます。

 医療法人山容会は職員数208名、4病棟220床の精神科単科病院とグループホーム、有料老人ホームを運営する社会医療法人です。急性期、重度慢性期、認知症、身体合併症の各病棟に分かれていて、クラスターが発生したのは、身体合併症のある精神科病棟です。

 2020年12月1日未明に夜勤の看護補助者が発熱し早退、3日にPCR陽性が判明し、翌4日に院内の有症状者のPCR検査が行われて患者5名が陽性と分かりました。この時点で山容病院からの日本海HCNへ報告が入り、翌日に対象を広げて検査したところ、患者7名、職員5名の陽性が判明、職員は日本海総合病院に入院。患者感染者については全員が軽症なので入院のまま対応していくことにしました。

 連携法人としての支援を即刻検討し、いくつかの項目に纏めてすぐ支援に入りました。初動時を中心に、①医療資器材の提供②ゾーニング③職員派遣④PCR検査の受託などを直ちに実施しました。第一報の翌日には感染病棟の間取りを取り寄せ、日本海総合病院からスタッフが機材を持ち込んでゾーニングを実施しています。

 ―― 精神科病院に感染対策の人材も機材も派遣したと。

 栗谷 そうです。結果として全ての感染者が重症化には至らずそのまま全員回復、新規感染者も12月18日の1名を最後に出現せず、28日には終息宣言を出すことができました。

 委託検査件数は多い時で1日70件を超え、通常業務に影響が及ぶようになったので、本間病院から日本海総合病院の検査部へ応援技師1名の派遣が行われました。接触者職員分は日本海総合で行いましたが、陽性判明までに時間がかかると濃厚接触者が爆発的に増えるので、可能な限り白黒を早急につけるよう徹底しました。

 ―― その本間病院は医者数やベッド数はどのくらいですか。

 栗谷 病床数は158床、うち一般病床108床、療養病床50床、医師数は5名です。

 ―― 本間病院も日本海HCNに参加していたから連携が取れたということですね。

 栗谷 その通りです。業務支援として精神科医師、専門看護師、事務職員、放射線技師などの人的派遣も行いました。他に事務3名を山容病院支援に専任し、実務調整などに当たらせました。

新たに不妊治療のクリニックも

 ―― 今でも地域医療連携推進法人に加入したいという医療機関などはあるのですか。

 栗谷 この4月から南庄内で不妊治療専門の医療法人が加わりました。8月から更に1医療法人と酒田市が自治体として初めて加入し、現在の参加法人数は12、自治体が1となります。

 ―― 自治体が加わることの意義はどこにありますか。

 栗谷 酒田市は山形県とともに独立行政法人の設置者です。加入理由は、日本海HCNの事業が多岐にわたっているので、設置者として情報共有した上で必要な支援や業務を行政としても行うという理由です。連携推進法人としても望むところと考えています。

 ―― 赤字の領域の当事者たちには採算性を高める必要が出てきますし、一方、地域医療連携推進法人全体で支えようというモチベーションも働きますね。

 栗谷 日本海HCNは事業の中に参加法人の経営支援まで含んでいます。医療、介護事業の経営環境が今後ますます厳しくなると予想される中、当地域の取り組みはやや綺麗事と映るかもしれませんが、地域を一つの共同事業体として運営していくためには未来図の共有が必要で、我々の地域の日本海HCNは期待した機能を果たしていると考えています。